泣き顔を望まれているのなら、喜んで差し出しましょう
「うぜえ、消えろ」
そう言って、何度突き放されただろうか。
カミソリのような鋭利な眼差しも、心臓に突き刺さる言葉の数々も。
これが初めてなどではないし、ほぼ毎回顔を合わせる度に凍えるような態度で接されているのに。
時には我慢をしていた涙がぽろりと頬を伝う事もある。
そうして私が泣いたことを確認すると、棘のある言葉を辞めてくれるのかと言ったら、そうではなくて。
ただただゴミを見るような視線で一瞥されるだけなのだ。
「名前ちゃんさぁ、あんな奴のどこがいいの?」
彼の弟弟子である我妻善逸くんは、私が差し入れに持ってきた羊羹を口に含みながら呆れたように呟く。
あんな奴、と言うのは冒頭で罵られた私の想い人、獪岳の事で二人はおじいさまの弟子である。
毎日厳しい修練に励んでいる彼らに、適度なところで差し入れを持っていくのが私の日課だ。
でも獪岳は目の前に持って行ったところでいつものように「消えろ」としか言わないし、それに同情した善逸くんだけが、こうして休憩に付き合ってくれる。
私は力なく笑いながら「本当にね」と同意する。
いつも泣かされてばかりの獪岳とは、おじいさまのお屋敷に来た時から知っている。
年の近い男の子が来た日の事、昨日のように覚えているし、そこらへんを歩く同世代の男の子なんかよりもずっと大人で恰好よく見えたものだ。
けれどそんな獪岳に笑いながら近づこうものなら、容姿や性格をバカにされ、そして最後に「何へらへら笑っていやがる」と気に障るような言い方をされてオシマイ。
一度だって私に優しくしてくれた事なんて無いのだ。
そんなことを毎日されれば、夢を見ていた私だっていい加減夢から醒めると思うのに、何故だか数年たった今でもやっぱり格好いいなぁと思ってしまう。
近くで見ると怒られてしまうから、木の影に隠れたり、お屋敷の角からひょっこり顔を出して、覗いている。
善逸くんはそんな私を見て気づいたのだろう。
だからこうして、偶に「あんな奴のどこがいいんだ」という談義は始まる。
私も心の底からそう思う。思うけれど、こればっかりは仕方ない。
人の気持ちなんて思うようにいかないし、私だってできることなら、もっと優しい人を好きになりたい。
まかり間違って獪岳に「好きだ」と言ってしまったら、そしたら本当に私は立ち直れる気がしない。
だって断られる前提の告白なんて、しない方がいい。
「……根は真面目だと思うの」
獪岳は私や善逸くんに対しては本当にゴミを扱うような態度だけれど、それでもおじいさまのことは尊敬しているし、真面目に日々鍛錬をしている。
だからきっと、私達は彼にとって邪魔でしかないのだ。
「誰もいないところで鍛錬をしている横顔なんて、人を殺しそうな目をしているけれど、凄く格好いいし」
「……もう一度言うけど、人を殺しそうな目をしている奴のどこがいいの?」
最後のひとかけらを口に放り込んだ善逸くんは、目を細めて頬を引きつらせている。
そんなことを言われても、私にとっては彼の良い所であるのだ。
「オイ」
ふと聞こえた声に私と目の前の善逸くんが同時に肩を揺らした。
まさか、今の今まで噂をしていた人の声が聞こえると思っていなかったからだ。
善逸くんは慌てて目の前のお茶を口いっぱいに含んで「名前ちゃん、ご馳走様! 俺、修行に戻るね!」と言って、お屋敷から飛び出してしまった。
善逸くんが走っていった方向からは、おじいさまの怒鳴り声が微かに聞こえて、思わずくすりと笑ってしまった。
「何を笑っている」
だけど、そんな笑いも絶対零度のような言葉によって遮られてしまう。
私は一瞬のうちに笑う事をやめ、恐る恐る振り返って声の主を見た。
木刀を片手に獪岳は扉の前に立っていた。
部屋にはいつも入ってこない。だから、今日もきっと私の事を罵倒するだけしたら、さっさと修行へ戻っていくだろうと思っていた。
なのに、一向に獪岳はその場から動こうとしない。
というかいつもならば、私が見るだけで「見るな」と言って舌打ちまで零してくる始末なのに。
「…どうしたの、獪岳。怪我でもしたの?」
まさか、修行中にケガでもしたのだろうか。
それはいけない、と慌てて立ち上がり、扉の前に立つ獪岳に近づくと、獪岳は私を見下ろし、鼻で笑う。
「誰が怪我なんぞするか。したとしてもお前なんかに施してもらう筋合いはない」
「……そ、そうだよね」
無駄だと分かっていても、獪岳に伸ばそうとしていた手を引っ込めて、私は俯く。
そんな私に追撃とばかりに言葉の暴力を飛ばしてくる獪岳。
「俺が怪我でもすればいいとでも思ったか?」
「そんなこと、ないよ!」
「はっ、どうだか」
どこまで黒く、闇のように深い瞳が私の瞳を射抜く。
単純に心配しただけなのに、そんな事を言われるなんて。
まるで胸を釘で刺されたような痛みが広がる。
嫌われていると思っていたけれど、そんな風に思われていたなんて、どうしたらいいんだろう。
私の気持ちを素直に伝えてもきっと悪く捉えられる。
どうしようもない状況に私はまた自分の涙腺が緩むのを感じていた。
「ごめん、私邪魔だから、引っ込むね」
泣き顔を見せたらまた何を言われるか分かったものではない、と私は慌てて顔を逸らして先程まで自分たちが口にしていた羊羹の空き箱を片付け始めた。
きっとその間に獪岳はどこかへ行ってしまうだろう、むしろ、どこかへ行って欲しいと願いながら。
なのに、何時まで経っても獪岳はそこから動かなかった。
とうとう羊羹の食べた後片づけが済み、私も部屋から出て行こうとしてもまだそこに居たのだ。
まだ私に文句を言い足りないのか、と覚悟して獪岳の隣を抜けて行こうとした。
すると、私の食べ終わったお皿を持つ手を、獪岳の筋肉質な手が掴んだ。
驚いて反射的に獪岳の顔を見ると、獪岳はぺろりと自分の唇を舐めて、恍惚とした顔で私を見ていた。
とても怖いと思うと同時に、なんてカッコいいんだと思ってしまう。
惚れた弱みなのか、私はその表情に目を奪われてしまった。
「あのカスにも、そんな顔させてんじゃねぇだろうな」
「……え?」
「言っとくが、俺の前以外で泣いたら、殺すからな」
恐ろしい。
今までで一番酷い言葉を言われているのに。
どうして私の心臓は、未だかつて無いほど鼓動しているのだろう。
これもまた惚れた弱みなのだろうか。
自分の中の恐ろしい感情を目の当たりにしながら、私は自分の気持ちとは裏腹に獪岳に向かって緩く微笑んだ。
そして、私の頬にはまた一滴の涙が伝っていた。
泣き顔を望まれているのなら、喜んで差し出しましょう
それで貴方が笑ってくれるのならば。
あとがき
しえみさま、この度はリクエストありがとうございました!
ずぇんずぇん甘くない!!!ごめんなさいっ!!!
しかも結構サイコな感じですね、こっわ。
めちゃくちゃ獪岳視点を書きたかったお話。
でも、ヒロインちゃん側からの、獪岳に対する気味の悪さを書きたくてヒロインちゃん視点でお送りしました。
こんなものでよければお納めくださいませー!!
ではでは、本当にありがとうございました(*'ω'*)