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何とも言えない顔の五条さんが頭から離れない。
きっと私の事を心配してくれているのはよくわかっているから、だから心配させないように無理やり笑顔を作った。
軽く説明を聞いて、それから伊地知さんの運転する車に虎杖くんと乗り込む。
到着するまで時間があるというし、微妙な空気のまま任務に向かいたくなんて無かったから、無い頭で必死に考えながら口を開く。

「大丈夫だよ、虎杖くん。五条さん、ああ言ってたし、すぐに駆けつけてくれるよ」
「…あー…まあ、そうだと思うけど」
「それに私だって、五条さんから貰ったコレがあるから、そうそう攻撃を受ける事もないと思うから、虎杖くんは心配しないでね!」
「……あのさ、名前。大丈夫?」
「えっ? 何が?」
「無理しなくていいよ」

自分の首にぶら下がっているネックレスを軽く持ち上げて、隣に座る虎杖くんに話しかけると、虎杖くんは引きつった笑いを見せた。
余計な事を考えたくないから、ぺらぺらと中身のない会話を続けたけれど、虎杖くんには分かってしまったらしい。
ネックレスを持つ私の手が微妙に震えていることに。
だって、今まだ五条さんと離れた事なんて無かったんだもの。
居なくたって大丈夫だ、って。
簡単に考えることなんて出来ない。

「…ごめん、虎杖くん。私怖いかも」
「当たり前だろ。名前は呪術師じゃないしさ。誰だって、怖いもんはあるよ」
「ごめんね、そんなこと言ってる場合じゃないのに」

あの五条さんが、あれだけ切羽詰まった表情をするのだ。
この任務はそれだけ何かしらの思惑があるという事。
きっと私と虎杖くんにとって都合の良くない、意味の。
無理矢理作っていた笑顔は、あっと言う間に剥げてしまった。
虎杖くんは心配そうな顔をして、私の方を見て眉を下げた。

「名前は何で先生に笑ってたの?」
「…それは、」

虎杖くんの言葉はきっと、伊地知さんの車に乗り込むときの事を言っているんだ。
今にも死んでしまいそうな顔をした五条さんを励ましたくて、なんとか笑顔を作った。

『また後で、助けに来て下さいね』

そう言って、普段なら絶対にしないのに、ぴょんぴょん跳ねてツンツンと上を向く五条さんの頭を撫でた。
撫でると言っても、頭にちょんちょんとしか触れていないと思うけど。
私はその時の事を思い出しつつ、虎杖くんに嘲笑じみた笑みを見せた。

「五条さん、泣きそうだったから」
「先生が?」
「泣いてるとこなんて見た事ないけど、あの人、私が危ない目に合ったらいつも泣きそうな顔になるの。私よりも大人なのにね」
「……」

病院で一人呪霊に襲われた時も。
熱にうなされていた時も。
自分の行く末を知って、絶望した時も。

「自惚れだと分かってるんだけど、きっと五条さんは私の事になると、自分の事よりも心配してくれるの。私の事になると、ストーカーみたいに執着するし、時々鬱陶しいけど、あの人が苦しんでいるとこは見たくないなぁって」
「…それ、自惚れじゃないよ、絶対」
「私も同意します」

虎杖くんに続いて、運転していた伊地知さんまでが声を上げた。
振り返りはしなかったけど、どんな顔してそう言ってくれているのか分かって、私は心が暖かくなる。

「名前は、先生の事好きだもんな」

ぽつりと車内に響く虎杖くんの言葉。
私は一瞬何と答えようかと迷ったけど、心の中で首を振った。


「五条さんの…好きな人の悲しむ姿なんて、見たくないの」


初めて自分以外の人に気持ちを吐露したのかもしれない。
虎杖くんも少し驚いた顔をしたけど、すぐにくすっと笑って「だよな」と一言。
さっきまでの恐怖心がちょっとだけ緩和されて、自然とネックレスの石を握りしめていた。

私が死んじゃったら。
五条さんは、泣いてくれるかな?

あの飄々とした顔が子供のようにビエンビエン泣く姿を想像して、心の中で笑った。



◇◇◇



「どう考えても普通のお家にしか見えないんだけど」
「…少なくとも、一週間前までは人が住んでたらしい」

伊地知さんの車は、山の中にあった一軒の家の前で止まった。
都会とは違って、隣家まで距離のある大きな一軒家。
門扉は昔ながらの木製で、屋根まで付いている上等な代物。
お庭は車が三台くらい止められるくらい広い。
典型的な田舎のお家と言われればその通りなんだけども。

ただ、一歩。
門扉に足を入れた瞬間、ゾワゾワと身体に走る寒気。
すぐに足を引っ込めて、虎杖くんの後ろへ下がった。

「一週間まえ?」
「一週間前から、この家から人の気配が消えています。目撃情報もありません」

伊地知さんが帳の準備をしながら、家に向かって鋭い視線を向ける。

「お家の人が旅行に行っているとか」
「そんな簡単な話ならよかったんですが」

明らかに人ではないモノの気配がしています。

と、聞きたくない一言を耳にして。
やっぱり高専に戻りたいなぁなんて、思ってしまった私は間違っていないと思う。
虎杖くんの背中が少しピリピリしているような気がして、私はごくりと唾を飲んだ。

「帳が完成したら、中に入って状況を伝えてください。もし、敵わないと感じたらすぐに逃げてください」
「…分かりました」

OK。何となく自分の身に危機が迫っている事を理解した。
普段そんな危機感ある事言わない伊地知さんが言うんだもの。きっと簡単に済まない。

帳が完成し、私達の任務がスタートする。
私と虎杖くんを見つめる伊地知さんに「行ってきます」と手を振って、虎杖くんと足を踏み入れた。
私達の任務は、中に入って状況と住民の安否の確認。
敵地に乗り込む私の足は最後まで震えていた。

「先生が来るまで、守るから」

私の前を歩く虎杖くんの声に、自分が少し情けなくなる。

「さっさと終わらせて、伏黒くんや野薔薇ちゃんと一緒に美味しいものでも食べに行こうね」

叶うのか分からない夢を呟いて。
私達は帳の中へ消えて行った。

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