12

ごく普通の民家だった。
玄関の隣にある一輪車と小さなボール。
奥に物干しには洗濯物が干しっぱなしだ。ただ旅行に行ったとは考えられない。
虎杖くんの後ろに隠れるように歩いていたけど、その内玄関の前に着いて虎杖くんの足が止まる。
私も同じように足を止めて、ごくりと唾を飲んだ。

虎杖くんが玄関の戸に触れる。
戸はゆっくりと開いた。鍵がかかっていない状況、まさに異様な光景。
虎杖くんに続いて私も玄関の先へ足を踏み込む。

「…っ、」

玄関先に並んだ靴は、全部で4足。
ということはつまり、この靴の持ち主たちが中にいるという事。
電気さえついていないこの真っ暗な部屋の中に、四人が楽しく生活しているとは考えられない。
私達は靴さえ脱がずに家の中へ上がり込んだ。
ギィと音を立てて歩く。二人分の足音。一番近くの部屋を覗いても何も変化はなかった。
虎杖くんは更に奥へ向かっていく。私もまたそれに続いていく。
特に変化は見られない、人がいない事と、異様な空気以外は。

二つ目の部屋、どうやら客間のようだった。
こちらも人の気配は感じられないし、荒らされた形跡もない。
だとすれば、一体彼らはどこへ消えたのだろうか。
まさか洗濯物も放置して、靴も履かずに旅行に出たなんてことはないだろう。
そうであればどれだけいいか。

「奥に行こう」

本当は行きたくない。
けど、現状何も手がかりが見つからないなら、奥へ進むしかない。
促すように虎杖くんに言うと、虎杖くんはこくりと頷いて一歩先を行く。
私はその後ろを若干震えながら着いていく。
このまま何もなければいいのに。

そんな事を考えていた次の瞬間。

私の後頭部で突風でも吹いたかのような大きな音が響く。
慌てて振り返ると、眼前にあったのは真っ黒い渦巻。
黒い色をした煙のような水のような。
なんとも形容し難い禍々しいそれが、私の顔の前でぐるぐると円を描いていた。
そして中から、野球ボールのような大きさの何かを玄関方向へ向かって吐き出した。

「…いた、虎杖くん」

反射的に声が出た。
脳裏に響くは五条さんの声だった。


『君に向かってくる攻撃は全て力がリセットされる。だけじゃなくて、反動をつけて相手に返すことも出来るんだ』


確かそのような事を、あのイケメン目隠しは言ってなかったっけ。

まるでスローモーションのようにボールが飛んで行った先を見つめた。
ボールは一瞬で消え、消えたと同時に今まで聞いた事のないような化け物の吠える声が家の中に響く。
周りの家具たちがビリビリと響くくらいの爆音。
例にもれず私達二人の身体もその振動が伝わってきた。

「名前!」

慌てて、私の前に飛び出してきた虎杖くんが、何もない空虚に向かって大きく振りかぶる。
何かを殴りつけるような鈍い音と、凄まじい波動。
その影響で私の身体は近くの客間へ弾き飛ばされてしまった。
畳の上に滑り込んだ私は太ももに感じた擦れた痛みよりも、とてつもない緊張感で吐きそうだった。

きっとさっきのは、私への攻撃だった。
それを呪具が無意識に防ぎ、相手に弾いたのだろう。
さっきまでの何もなければいいという小さな願望は、この瞬間に打ち砕かれた。

「虎杖くんっ!」

私が客間へ弾き飛ばされ倒れている間。
その間も虎杖くんは何かに向かって超人的な体術で攻撃をしたり、躱したり。
慌てて客間から飛び出した時には、既に廊下の壁は半壊していた。

虎杖くんが、物理的に私から化け物を引き離そうとしてくれたのだとわかった。
姿は見えないけど、虎杖くんの叫ぶ声が聞こえる。

「ここは良いから、中の人達を助けてくれ!」

私も虎杖くんの元へ行かないと、と思った足がぴたりと止まる。
躊躇してしまった足を見つめていたら、虎杖くんから「早く!」と声が上がった。

「わ、分かった! 無事でいてね!」

決して無事では済まされない事が分かっていても、そう言う他なかった。


庭先で繰り広げられる戦いを横目に、私は一人で奥へ向かった。



「…あら?」


その時耳にした懐かしい声に、気づく余裕などなかった。

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