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「…え…?」

家人を探すため、廊下を走っていた足を止めた。
振り返ってみるも人の気配はない。
ただ、庭で虎杖くんが戦闘している音と振動だけ。
不意に名前を呼ばれた気がしたけれど、気のせいだったらしい。

リビングにははっきりとこの家に人がいた形跡が残っていた。
ダイニングテーブルの上にある、放置されたお皿達。
食べ物の腐った臭いでとんでもないことになっていたけど、鼻を衣服の袖で押さえながら、舞飛ぶ無視を手で叩く。
周辺を見て誰も居ないことを確認したら、戸惑う足取りのまま、階段を駆け上がる。

1階にいないなら、2階しかない。

階段を上がった先は、1階よりも不穏な空気が漂っていた。
私自身の能力が上がって、見れるはずのないものまで見えるようになっている影響が強いのだろうけど。
一瞬最後の1段を上がるのを戸惑ったくらいだ。
特に奥の部屋の空気が澱んでいる。

「うっ、」

思わず口元に手をやった。
胃の中のものがせり上がってきそうだったけど、何とか耐えた。
情けないと思う。外では虎杖くんが命をかけて闘っているのに。
私が家の人を見つけるまで、時間を稼いでいるのだ。
こんな風にヘタっている場合じゃない。

「行かなきゃ」

奥の寝室だと思われる部屋、そこに何がいるのかは分からないけど、絶対にここの家の人もそこにいる気がした。

他の部屋なんて目もくれず、一直線に1番近づきたくない最奥の部屋へ。
ドアノブに恐る恐る触れ、あまりの冷たさに一瞬手を引っ込めた。
まるで冷蔵庫にあった金属に触れたような冷たさ。
一体何がそうさせているのか分からないけど、引っ込めた手で覚悟してドアノブを回す。

低い音を立ててドアは開いた。

自分の身体だけが通るくらいだけ開けて、私は中の様子を確認する。
なんだろうか、部屋の中なのにまるで霧が立ち込めたように白い。
目を凝らせば見えるので、きっと良くないものなんだろうけれど。

ゆっくり足を踏み入れる。
部屋は夫婦の寝室のようだった。
目の前に見えるダブルベッドの布団が大きく膨らんでいるのを見て、私はごくりと唾を飲んだ。
自然と手はその布団へ伸ばしていた。
指先で布団を摘まむと、ゆっくり、そうゆっくりと布団をはぎ取る。
まず目に入ったのは、人の足だった。
一瞬バラバラかと血の気が引いたけど、ちゃんと足の先があって、そして胴体があった。
女性と男性が縮こまるように小さくなっていて、二人の間に小さな兄弟が抱きしめられていた。

皆が瞼を固く閉じているので、私は慌てて全員の脈拍を確認する。
自分の心臓の音と間違わないように、深呼吸をして確認をすると、全員脈は弱いが生きていた。

「…よかった」

この世知辛い世の中を知って、初めて心から安堵した瞬間かもしれない。
探していた家族がちゃんと生きていた、これだけは本当に喜ばしい事。
虎杖くんが外で戦ってくれている間に、この人達を家から脱出させなければならない。

「あの、大丈夫ですか…?」

軽くゆすってみたが、誰一人瞼を開ける様子はない。
本当に寝ているだけ…?
それとも眠らされている?
よくはわからないけど、私一人で4人を抱えるのは不可能だ。
でもモタモタはしていられない。先に運びやすい子供たちの方から背負って降りようか。

冷静にいろんなことが頭を駆け巡る。
目の前の生きている人を見て、希望が見えたからだ。

抱えられている子供たちの身体に触れようとした、その時だった。


「寝ている子を起こすなんて、野暮なことしちゃだめよ」


酷く聞きなれた声だった。
一瞬、何が起こったか分からない。
この声の主が誰なのかはわかりきっているけど、そんなことあるはずがないと脳が叫んでいる。
この世に存在するわけがないのに、なのに身体は声の方へと自然と向いていた。

「なでちゃん…?」

もう2度と呼ぶ事がないと思っていた、そのあだ名を呼ばずにはいられなかった。


「なでちゃんじゃなくて、伯母さんでしょう?」


昔と何一つ変わらない姿で、部屋の端に立つその人を見て、私は口を目を見開き固まった。

「ありえない」

だって、なでちゃん。
なでちゃんは死んでしまったんでしょ?

その光景を確認はしていないけど、五条さんが言ってたもの。
冷静に考えればあり得ないとしか思えないのに、今すぐに眠っている彼らを抱いて逃げないといけないのに。
私の足は完全に止まってしまった。

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