03

「やだ、五条さんってほんとお上手〜」
「いえいえ、本心ですよ。名前さんのお母様がお綺麗だから、名前さんも綺麗なんですね」
「……」

なんだこの空間は。

母はまるで少女のように頬を染めているし、その向かい、私の隣に座る五条さんはキラキラした笑顔を振りまいている。
対して私はというと、自分の母親の照れている姿と、五条さんのいつもとは全く違うスマイルにポカンを通り越して、薄気味悪さまで感じる始末だ。
私を置いてけぼりにして、二人はハート飛び交う雰囲気の中、上品な笑いを続けている。

「五条さんとこうしてお話するの初めてでしたけど、本当にイケメンねぇ〜。名前もイケメンが傍にいていいわね」
「…お母さん?」

ピクピクと頬が痙攣までしてきた。
自分の母親が頬に手を当ててうっとりと五条さんを見る姿を、誰が想像しただろう。
いくら五条さんが連れてきてくれたとは言え、これならば帰ってこなかった方がよかったまである。
まあ、確かに分からなくもない。
いつもの五条さんは綺麗な目を隠すため、布を当てて髪もバッサーと無造作になっているから。
今日は私の家に行くからと、布を外し、ご自慢のサングラスをかけているため、レンズの隙間から見える綺麗な瞳に母はもう撃ち抜かれている。
イケメンであることが強調されるような装いなのだから、仕方無いと言えば仕方ない。

ただ私にとっては面白くないだけで。

テーブルの下にあった五条さんの手を親指と人差し指で力いっぱい抓ってやった。
ふふん、痛がればいい。なんて思ったけれど、隣の五条さんは素知らぬ顔、営業スマイル。
そして、一瞬私の方をちらりと見たかと思うと口パクで「覚えててね」と言ったのだ。
いや、声には出ていないけれど、確かに口はそう言っていた。
私はすぐさま、五条さんの手を抓っていた指を離し、嫌な汗を背中に流しながら、目の前のお茶を流し込んだ。

「…これからは、僕と一緒ならば家に帰ってこれますから、心配しないで下さい、お母様」
「まあ、お気遣いありがとうございます。……本当のところ、ずっと心配だったので」

母が染めていた頬を元に戻し、今度は私の方を見た。
くすりと穏やかに笑って、もう一度五条さんに視線を戻す。

「気の利かない娘で。五条さんの足を引っ張ったりしていませんか?」
「とんでもない。いつも僕の世話を焼いてくれるんですよ、まるで奥さんのように」
「……五条さん!」

ハハハと乾いた笑いで場を濁す五条さんに、私は耐えきれなくなって声を上げた。
この人はイチイチ余計な一言を残していくんだから。
そのおかげで、母がさっきから「まあ!」と驚きの声を上げてニヤニヤしていることに気づかないのか。
いや、気づいている上に、私の反応を楽しんでいるに違いない。
この男は。

「名前も」
「…え?」
「楽しそうで、安心したわ」

そう言って母は、五条さんに頭を下げた。
「娘を守ってくれて、ありがとう」と、「そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします」と。
五条さんはその時だけ、営業スマイルを剥がし、掛けていたサングラスをテーブルの隅へ置いた。

「僕からも、よろしくお願いいたします。名前が、僕にとってかけがえのないものとなったのは、貴方達が名前を愛し育ててくれたからです」

声が出なかった。
私の膝にあった手をテーブルの下で五条さんがぎゅっと繋いでくる。
私はそれを拒否することなく、ただ俯いて繋がれた手を見ていた。

家族に想像できないくらいの心配をかけた。
きっと本当には一緒に暮らしたいと思ってくれていることも、ひしひしと感じる。
だけどその気持ちを押し殺して、五条さんに託しているのだ、私を。

その後の会話は正直覚えていない。
私は涙が出そうになるのを必死に堪えて、俯くことしかできなかったから。


◇◇◇


「何もあんな言い方しなくても良かったんじゃないですか」
「んー?」

久しぶりの我が家を出て、伊地知さんが停めている車のところまで、二人で歩く。
母と五条さんの会話を思い出して、唇を尖らせそう言うと、五条さんは少し面白そうに口元を緩める。

「プロポーズみたいで、恰好良かったでしょ?」
「…誰もそんな事望んでません」
「つれないねぇ」

家を出たらまたあのサングラスをかけてしまったけれど、レンズの向こうの目が悪戯っ子のような目になっているのを知っているんだから。
高い位置にある顔を精いっぱい睨みつけて、私はぷうっと頬を膨らませる。
あんなことを言ったから、絶対にお母さん、勘違いをしている。
またどこかで誤解を解かないとと思うけれど、頭の片隅で、誤解したままでも悪くないかななんて思い始めてる。
……このままじゃ、駄目だってわかってるのに。

いつまでも五条さんの足枷にはなりたくないのだ。

でも、まだ私にはどうすることもできない。
否が応でも五条さんの足枷として、過ごしていかなくてはならない。


「…そんなの、いやだな」


守られる人になんてなりたくない。
せめて五条さんの隣に、自信を持って立てるようなそんな強い人になりたい。
遠い遠い未来に、それが叶うかどうかはわからないけれど。

「何か言った?」
「いえ」

私の小さく呟いた独り言は、五条さんの耳には入らなかったらしい。
聞こえてなくて良かった、とこっそり安堵した。

「あ、そうだ名前」
「何ですか」
「帰ったら、お仕置きするから、何がいいか考えておいてね」
「……は?」

視界の先に伊地知さんが見えた所、突拍子もない一言が隣から発せられて、私は思わず足を止める。
発した当の本人は、口笛を吹きそうな表情で足取り軽く私の前を歩く。

「君が仕掛けてきたことだよ? あの場でお仕置きを求めなかっただけ、感謝してほしいね」
「だ、だって、それは五条さんが悪いから…!」
「僕が悪いの? どうして?」

くるりと身体を翻し、私の顔を前で、ぴたりと自分の顔を持ってくる。
ほら、やっぱり悪戯っ子の顔じゃないか。
楽しそうに顔を歪めた五条さんに、素直な気持ちを言うのは恥ずかしくて、私は無理やり顔を逸らした。

「教えない」
「ふうん」

つまらなそうに五条さんの顔が引っ込んだ。
その様子に安心していたら、五条さんが私の腰に手を回し、思いっきり抱き寄せる。
五条さんの身体の向こう側に見えた伊地知さんは、持っていた飲み物を口からダバーっと吐き出していた。


「君の方が悪い子なんじゃない?」


ぼそり、と耳に囁かれた声にびくりと身体が反応した。
身動きの取れない私を見てほくそ笑んだ五条さんは、そのまま私をお姫様抱っこをすると、ゆっくり歩いて伊地知さんのところへ向かおうとする。
勿論私は突然の事に声が出ず、ただ抵抗しなければと軽く暴れてみたが、びくともしない。
結局はそのまま車へ乗せられてしまったのだけれど。


伊地知さんにばっちりお姫様抱っこの過程を目撃されて高専に向かう車内は、伊地知さんからの意味深な視線を浴び、拷問とも思える空気で過ごす事となった。

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