04

「私、勉強苦手なんだよね」
「何を今更。授業中の態度で分かるわよ」

漫画のように鼻と唇の間にシャープペンシルを挟んでいる授業態度を見られたのか。
今更恥じらいが湧き出てきたけれど、目の前の野薔薇ちゃんはさも当然の様に溜息を吐いただけ。
私のおでこを人差し指でツンと押すと、私は痛くもないけど「いたっ」と反射的に言った。

「だって、難しい話ばかりだから」
「まあ、この前まで一般人だったアンタはね」
「虎杖くんもそうでしょ?」
「あー…まあ、そうだけど」

野薔薇ちゃんの後ろにいた虎杖くんが、後頭部を掻きながらこくりと頷く。
前に虎杖くんから聞いたのだ。
ちなみに伏黒くんは任務に出ているらしい。
ほんの数か月前に虎杖くんはなんやかんや大変な事が起きて、今こうして高専へ通う事になっているという。
そう言う意味では私も同じ立場だと思うんだけどなぁ、と呟いたけど虎杖くんは苦笑いを見せただけだった。

「虎杖くんも私も、爆弾を抱えてるのは同じだよねぇ」
「爆弾って言わないでよ」
「……」

ねー、と首を傾けて虎杖くんに同意を得ようとした。
やっぱり虎杖くんはハハハ、と乾いた笑みしか見せてくれない。
そんな反応に困る話題だったかなぁ。


「ちゃんと勉強しないと、すぐ死んじゃうよね」


冗談のようで本気の話。
私の能力をちゃんと理解しないと、きっと私は化け物の餌食になる。
それが分かっているから、逃げずにこうして毎日教室の椅子に腰を下ろしている。

「死なないよ。僕がいるからね」

野薔薇ちゃんと虎杖くん以外の声が聞こえて、私達三人は声の方へ顔を向けた。
いつの間にか教室の中に五条さんが立っていた。
足音も立てずに近づくの、本当にやめて欲しい。
当の本人はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたまま私達を見ている。
腹立つ。カッコいい事を言ってるけど、事実なのがまた腹立つ。

「……早く授業してください。可愛い生徒が待ってますよ」
「授業はするけど、僕は名前の先生になった覚えはないよ」
「どういう意味ですか?」

五条さんの言葉に私はぴくりと瞼が痙攣する。
その言い草だと私は生徒ではないのだろうか。
五条さんに連れてこられて、皆と同じように授業を受ける様に言われて。
五条さんのことを前に「先生」と呼んだら、本気で嫌がられたのを思い出した。

そんな私たちを見て野薔薇ちゃんと虎杖くんが「また始まった」というような顔をする。
違う、そういうのじゃないんだから。

「それはねー…」

私の握っていたペンを掻っ攫って、五条さんはペンの頭に口づける。


「生徒と教師って、イケナイ事できないから」


そんな色気を含んだ声色で、気持ち悪いこと言わなくてもいいですから。
奪われたペンを力づくで奪い取って、私はドスンと元の席に座り直した。



◇◇◇


今日の五条さんの授業は一段と難しい。
呪具の意味と等級について力説されたけど、もう本当に訳が分からない。
せめて普通科高校で習いそうな単語は出てこないものかと、思考を巡らせていると、突然五条さんがにっこり笑って「というわけで、名前にも呪具を使ってもらうよ」と一言。
不意打ちを突かれ、私はすぐに反応が出来ず、ただ手で回していたペンが机の上を転がった。

「呪具?」
「ねえ、名前。僕の話、ちゃんと聞かないと、またお仕置きだからね」
「……」

お仕置き、と言いながらもとっても楽しそうな顔でこちらを見ている癖に。
野薔薇ちゃんなんか汚物を見るような目で五条さんを見つめているのに。

そう言えばこの前のお仕置きとやらは、本当に大変だった。
五条さんの家に帰るや否や、私の膝の上に頭を乗せて眠ってしまったのだから。
すぐに起きてくれるかな、なんて思ってたらそのまま数時間経過して、私の膝がしびれてしまった。
それだけじゃなくて、起きたら起きたで「今日のパジャマは僕の服を着て、彼シャツしてね」まさに変態としか思えない要求を出してこられて。
反抗しようにも後々面倒なことがわかっているから、とりあえずワンピースのようにして五条さんの服に着替えると、真顔で寝るまでずっと凝視され続けた。
あんな気持ち悪い思いは二度とごめんである。

なので、私は忘れかけている五条さんの話をなんとか思い出しつつ、神妙な顔で五条さんを見つめる。

「力のない子でも呪具は使える。それに、呪霊のエナドリである君が呪具を使うと、呪いの力も増幅するんじゃないかって思うんだよねぇ」
「……思うだけですか」
「そ。確定ではないからね」

顎の下に手を置いて、少し考える素振りを見せる五条さん。
何となくだけど、五条さんの言っている意味は分かるような、分からないような。
呪具があるだけで、私も一般人から少しはパワーアップしてくれるならいいんだけど、望みは薄そうだ。

んー、と一呼吸置いて。
私は転がしていたペンを拾いつつ言葉を紡ぐ。


「そうすれば、五条さんの手を煩わせずに済みますか?」


ぴくり、と五条さんの頬が僅かに痙攣した気がした。

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