06

「あ、今日は皆いるみたい。失礼しまーす」

野薔薇ちゃんはそう言って、平気な顔をして二年生の教室へ入っていく。
私と言えば、目の前の光景に首を傾げることしか出来ず、きっと変な顔をしていたに違いない。
皆の視線が野薔薇ちゃんと私に向けられたのはよくわかったけど、私の視線は目の前のパンダから離れることはない。

パンダが、パンダが教室にいる。
だけでなく、二足歩行で二年生の先輩と思われる人たちの周りに立っていた。
え? え?
いつからここは動物園になったの?
なんて、馬鹿みたいに考えている間に衝撃的なセリフを目の当たりにする。

「誰?」

パンダの口が動き、野太い声が発せられた。
しかも、それは私達の言語によく似ていて、というかそのもので。
私の顔が間抜けな顔から、それはもうお化けや幽霊を見たようなものに歪んでいくのが自分でも分かった。

「ひっ、パンダが…喋った」
「名前。あのパンダは、パンダ先輩。れっきとした二年生」
「……パンダ先輩?」
「先輩たち、臨時で今同じ教室にいる苗字名前です。ほら、挨拶」
「え、えっと…苗字、名前です、よろしくお願いいたします」

何が何だか分からないうちに野薔薇ちゃんに促され、とりあえずご挨拶。
パンダ先輩? そのままじゃん、というツッコミはしていいのかわからなかったので、とりあえず触れないでおいた。
これまで色んなことがあったから、簡単な事では驚かない自信はあったけど、まさかパンダまで学校にいるなんて。
ビックリしている心臓を何とか沈めて、私はぺこりと頭を下げた。
その時初めて気が付いたけれど、パンダ先輩以外に、髪を高い位置でくくったポニーテールの女の人。
めがねをかけている様子がとてもクールでカッコいい。
野薔薇ちゃんとは違うかっこよさだ。
あと一人は、口元までのハイネックの制服を身に纏い、爽やかな雰囲気の男の人。
小声で「しゃけ」と聞こえたのは気のせいかもしれない。

「ほんとは後一人いるんだけど、今いないから」
「そうなんだ…」

二年生はこの三人(人?)とあともう一人の四人らしい。
どういう振り分け方で学年が分けられているのかわからないけど。

「ふーん…噂の一年って訳だ」
「真希さん、一応生徒じゃないんですって、先生曰く」
「……あ?」

真希さん、と呼ばれたポニーテールの先輩が口元を引きつりながら野薔薇ちゃんに返答する。
噂、と呼ばれるくらい私は有名なんだろうか。
何となくそんな気はしていたけど、目の当たりにして、気持ち的に少し引いてしまう。
そんな私の気持ちを察してからか、真希さんは私と野薔薇ちゃんに歩み寄り、ぽんと私の肩に手を置いた。

「後輩が出来るのは大歓迎だ。よろしくな、名前」
「…よ、よろしくお願いします!」

にこりと笑う姿が美人すぎて、声を失いかけた。
この学校に通う女性はみんな美人すぎてつらい。
私が余計な事を考えている間に野薔薇ちゃんが真希さんに、私の今後についてお話してくれていたようで、意識が現実に戻ってきた時には真希さんから「呪具を持つのか?」と私に問いかけてきた。

「らしいですけど…よくわからなくて」
「だろうな。呪具はどこでもあるものでもないし、持つ者も限られている」
「……」

どうやら思っていた以上に呪具というものは、気軽に扱える物ではないらしい。
真希さんはふう、と息を吐きながら首をコキコキと鳴らす。
そして自分の眼鏡を指さし「これも呪具の一つだ」と言う。

「…この眼鏡が?」
「私には呪霊を見る能力がないからな。この呪具を通してじゃないと呪霊と戦えないんだ」
「色んな呪具があるんですね…」

へえ、とまじまじ真希さんの眼鏡を眺めていたら、真希さんは野薔薇ちゃんに向き直り、口を開く。

「名前はどんな呪具を持つんだ?」
「さあ。先生が用意するらしいですけど」
「……五条が?」

ピクリと真希さんの眉が反応する。
それがどういう意味なのか分からないけど。

「まあ、五条が渡す物なら、ヤバイ物ではないだろうが」
「ヤバイ物?」
「ただ、普通の呪具とは違って、能力に差が出るかもしれんな」
「…あぁ、私の能力の所為で」

五条さんも同じことを言っていた事を思い出した。
つまりは呪具を扱う真希さんでさえも、私の能力が加味された呪具がどのような働きをするのか、わからないということ。
確かに五条さんも分からないって言っていたから、分かる人なんていないのかもしれない。
折角野薔薇ちゃんと真希さんが色々気を遣ってくれたけど、結局は殆ど成果は得られなかった。
それだけ私の存在がイレギュラーということなんだろうけど。


真希さんと野薔薇ちゃんに丁寧にお礼を言って、私は二年生の教室を後にした。
誰も歩いていない廊下を一人歩いていると、前から見慣れた長身が歩いてくる。
さっきの事もあって立ち止まって身構えてしまう私をよそに、あの憎らしい口元は弧を描いていた。

「思ったよりも早く用意ができたから、渡そうと思ってね」

私の目の前に立ち止まった長身…五条さんは、ポケットの中身を取り出してそれをそっと差し出した。
恐る恐る掌を覗き込む私に、目玉が飛び出るくらいの衝撃が走った。


「ね、ネックレス…?」


小さな石がついたシルバーのネックレスだ。
石が五条さんの瞳と同じ色をしていることに気づいたのは、その数秒後だった。

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