07

「五条さん、これは…?」

まさか五条さんからネックレスを渡されるなんて、夢にも思っていなかったから私の頭の中は混乱した。
それにくれるならくれるで、こんなロマンチックの欠片もないような廊下で渡さなくてもいいだろうに。
ポカン顔だった私がすぐにむ、と唇を尖らせていることに気づいた五条さんが首を傾げる。

「どうかした? やっと呪具の用意が出来たから、持ってきただけなんだけど」
「…へ、呪具?」

今まさに私の顔は間抜けを通り越して、ただの馬鹿となり果てた。
無意識に期待していた自分に気づいて、羞恥心が凄まじくて死んでしまいたい。
……違うもん。呪具っていうから、どれだけおどろおどろしい物かと思っていたのに、ネックレスだったから、勘違いしただけ。
別に私は悪くない。黙ってこれを寄越す五条さんが悪い。

無理矢理自分を正当化しても、期待した事実は消えない。
恥ずかしさでブンブンと頭を振ったら、五条さんは私の反応の意味に気づいたみたい。
ニヤニヤとあの口角が上がる瞬間を見てしまい、更に恥ずかしくなった。
五条さんがぽっけに手を入れて、私の顔に自分の顔を近づけてくる。

「へぇ? それ、僕からのプレゼントだと思ったんだ?」
「違…違います、呪具ですよね、わかってましたよ、私は」
「ふーん?」

完全に疑いの眼差しである。
しかも口元は緩んでいるし。
私の言い訳が通用しないのは分かっているので、あえて黙って五条さんを睨みつけておいた。
くすりと笑う五条さんが「つけてあげるよ」と言う。

「いいです、自分でつけられます」
「彼女にネックレスをつけるのは、彼氏の役目だからね」
「誰が彼女か!」

私の言葉は意味を成していなかったらしい。
肩を押され、くるりと回転させられた私の身体は、そのまま五条さんに背を向けて立っていて。
まだ恥ずかしさ残る顔のまま、自分の首に五条さんの手が回るのを見ていた。
男の人の中では細い指だと思うけど、それでも女の自分よりも大きな手が私の掌からネックレスを掬い、それをそっと首に回していく。
かちゃ、と後ろで小さく聞こえたと思ったら「はい、おしまい」と軽く肩を叩かれる。

私の首には青い石のネックレスが輝いていた。

「それの説明もしないといけないね。それは、君の伯母さんがつけていたもの。正確に言えば君のご先祖様が皆死ぬまでつけていたものだよ。ぶっちゃけ、形はその時代に合わせて変化はしているけど、使われている金属鉱石が同じだ。ずっとずっと君たちが持っていたんだ」
「……伯母さんが、」

ドクン、と心臓が冷たく鳴る。
死ぬまでつけていたもの。
今まで私のご先祖様が犠牲になった時に、傍にあったネックレス。

「文字通り、呪われてそうですね」

私の言葉に五条さんが息を吐く。

「そりゃあね。不憫な死に方をしてる人の念がビックリするほど込められているよ。その度に力も強くなってる」
「でも、結局は殺されちゃうんですね」
「まあ、今までは。今回は大丈夫、だって」

五条さんが私の前に出てきて、トン、とネックレスの石を指でつつく。


「僕の愛が籠ってるからね」


しかも、自分の目を隠している布を外して笑う事も忘れずに。

「自分がキザな事言ってる自覚はあるんですか?」
「これも愛ゆえに、だよ」

少なくともそのふざけた愛の言葉によって、私の冷めた心臓が息を吹き返したのは純粋に腹が立つ。


◇◇◇


名前にあのネックレスを渡すのは、正直気が進まなかった。
実際、今まであれを身に着けていた者が最終的にどうなったかは言わずもがな。
勿論僕としては名前をそんな目に合わせる事はしないけど、それでも感情的な事はどうしても。
でも、名前に持たせる呪具としては、あれが一番最適だ。
それ以外の呪具を持たせたら、増幅した呪いが名前にどんな作用を引き起こすか分からない。

『最期だと思うから』

そう言ってこのネックレスを渡したあの人。
あの人の首にはいつもこのネックレスが下げられていた。
地面に出来た血だまりの中心。その中に、彼女は横たわっていた。
もう首から外す力も残っていなかった彼女から、ネックレスをはぎ取ったのは僕だ。
彼女の身体が彼女の血で汚れている中、このネックレスだけは返り血を浴びることなく光り輝いていた。
きっと彼女の呪いもこのネックレスのものになるのだろう。

『お願いね』

最後にそう言い残して、彼女は目を閉じた。
決して綺麗な最期なんかじゃなかった。
それでも、眠った彼女の表情は今まで見た中で一番綺麗だった。

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