08

「練習をしようか」

ネックレスを貰った翌日。
教室に入った私ににこりと微笑みながらあのいけ好かない男は言う。
要はこのネックレスの使い方を教える、という事なのだがそれには実際に攻撃が必要だとか。
つまり、私はリアルに攻撃を受けるらしい。
顔面蒼白になっていたら、ブツブツと「僕が相手してもいいけど、そうなると呪具が壊れちゃうから〜」ととんでもない事を言われて、更に血の気が引いていく。
呪具が壊れる…? 五条さんが強い人だというのは何となく理解していたけど、先祖代々の呪いが込められている呪具があっと言う間に壊れてしまうくらい強いのか。
そんなとんでも最強さんが毎朝私の下着を物色しようと、洗濯物を取り込む役の争奪戦をしているなんて、誰が想像できるだろうか。

人の良し悪しと能力の良し悪しは必ずイコールではない事を知った。

さて、思考が逸れてしまったけど、問題はそれではなくて。
実際に私相手に攻撃する相手が必要だという事で、相手に上がったのは野薔薇ちゃんだ。
別に誰でも良かったのだけど、その場にいたということだけで決まった。
本人は少しやりづらそうだったけど、私にすれば野薔薇ちゃんでよかった。
虎杖くんは後頭部を掻きながら「俺だったら殴れねぇし」と言っていたし、伏黒くんは何も言わなかったけど、複雑そうな顔をしていた。

そういう訳で舞台は外へ移った。

私と野薔薇ちゃんの間は一定の距離が取られ、その中心部分に、ぽっけに手を入れた五条さんが立っている。
野薔薇ちゃんの手には物騒なものが握られているが、怖くて直視できない。

「野薔薇、手加減は不要だよ。本気で打ち込んでごらん。名前は、」
「……」
「そのままぼーっとしといて」
「…は?」
「じゃ、やっちゃって」

何を言われるだろうとドキドキしながら待っていたのに、まさかの突っ立っとけ発言。
まあ、何を言われても上手くできる自信はなかったけども。
ってことは、私は無抵抗で攻撃を受けないといけないという事か。
流石にそれは、と思い私は恐怖で歪んだ顔のまま五条さんに向かって口を開く。

「ご、五条さん…! 冗談…」
「ほらー、動いちゃダメだよ。遊園地のアトラクションみたいなものだと思って、じっと待ってて」
「意味わかんない! 意味わかんない!」

私の叫びはどうやら響かなかったらしい。
溜息を吐いた野薔薇ちゃんがトンカチ(だよね?)とヤバイ大きさの釘を高々と上げて、そして勢いよく振りかぶる。
目には見えない速さの釘が私に向かって飛んできた。
恐ろしさのあまり、私はぎゅっと目を瞑り、ただただ震えて立っていた。
頭の中には釘が刺さるイメージしかなかった。

が、何時まで経っても鋭い痛みなんてやってこなくて。
恐る恐る目を開けてみると、私の顔の前に黒い風船がぽやんと浮かんでいる。

「…え?」

風船の中に吸い込まれるように野薔薇ちゃんの攻撃が吸収されていき、そして消えた。
消えた、と思った数秒。

「さて」

立っていた五条さんが歩いて野薔薇ちゃんの前に立つ。
そして、口角が弧を描いた瞬間。
私の顔の前にあった黒い風船から勢いよく何かが飛び出した。
凄まじい勢いで野薔薇ちゃんと五条さんに向かって飛んでいくと、丁度五条さんの前でぽとぽとと地面に落ちた。
落ちたのは、野薔薇ちゃんが私に向かって打ったはずの釘だった。

「上出来だね」

落ちた釘を拾い上げて私に見えるように差し出してくる。
何があったのかまだ把握が出来ていない私はそのままゆっくりと二人に歩いて行って、それをまじまじと見つめた。
金属光沢があったはずの釘は、真っ黒に染まり、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

「…なにこれ」
「君に向かってくる攻撃は全て力がリセットされる。だけじゃなくて、反動をつけて相手に返すことも出来るんだ」
「……え?」
「まあ、完全じゃないよ。呪具の力より上回る力で攻撃されれば、意味はないし」
「うわ」

後ろからひょっこり顔を出した野薔薇ちゃんが自分の腰にあった釘と見比べて声を上げる。
私は何が何だかまだちゃんと理解は出来ていないけど、私に対する攻撃から守ってくれる…ってこと?

「すごい…」

思わず口に出していた。
こんなすごい呪具があったのに、どうして今までうちのご先祖様は負けてしまったんだろう。
思わずそう考えてしまうくらい、凄い威力だった。
私の反応で何を考えているか分かったのだろう、五条さんがふうっと息を吐いて続ける。

「何でもかんでも跳ね返すわけじゃない。基本的には物理攻撃なら大丈夫。だけど、それ以外はまともに受けるからね」
「えっと?」
「要は触れずに攻撃してくる相手には効かないってこと」

というわけで、どちらにしろ名前が死なないためには僕から離れない事が一番重要なんだよ。

そう言われても、私は前程暗い気持ちにはなれなかった。
ほんの少しでも五条さんの負担にならないのなら、それでいい。
自分の身は自分で守れるように。
このネックレスはその第一歩だ。

「…それでも、いい」

ぽつりと零した本音に五条さんは黙って頭をわしゃわしゃと撫でる。
不安と安堵が入り混じる。五条さんの大きな手が気持ちい。
そう考えていたら、


「ねえ、私がいるってこと忘れないで」


野薔薇ちゃんの凄く呆れた顔が間に入ったので、私は思わず顔を染めて離れることとなった。

トップページへ