09

その日、いつものように高専の教室でみんなとお喋りをしていた。
最近の会話はもっぱら私の呪具について。
野薔薇ちゃんが体験したことを虎杖くんや伏黒くんに話していて、二人とも感心したように私のネックレスに視線を向ける。
虎杖くんは「すげー」と思ったことをそのまま口にだしていたけど、伏黒くんはどこか険しい表情。
野薔薇ちゃんも気づいたのか「言いたいことがあるなら、言いなさいよ」と伏黒くんの背中をドンと叩く。

「痛ぇ。……いや、確かに凄い威力の呪具らしいが、やけに簡単に手渡すなと思って」
「どういうこと?」
「それほど威力のある呪具なら、高専預かりだったものじゃないのか」
「……なるほど」

伏黒くんの考えていることが分かった。
つまり、五条さんが簡単に私に渡す様な代物ではないということだ。
何故五条さんがそれを持っていたのかは不明だけど。
それだけヤバイ物だっていうことは、よくわかった。

ネックレスの石を手の上に乗せて首を傾げる。
すると、教室の扉が開き、ニコニコと口元を緩めた五条さんが入ってきた。
伏黒くんがそれを見て私達にしか聞こえないくらい小さい声で「機嫌悪いぞ」と言う。
それに反応する間もなく「早くすわれー」という間延びした声がして、私達は定位置に腰を下ろした。

機嫌が悪い、そう言われて五条さんをまじまじと見つめると、なるほどその通りだ。
表情はニコニコしているけれど、纏うオーラが機嫌のよいものとは正反対だ。
皆もそれに気づいたらしく、引きつった表情を見せていた。
こんな真逆の表情を貼り付けている五条さんの口から何が飛び出すのか、その場に居た全員は息を飲む。

「…名前と、悠仁。この後、任務だよ」

先程までの間延びした声とは裏腹に、酷く重々しい声だった。
明らかに抑えられていない怒りが込められているような気がしなくもない。
任務、それは以前ぶっ倒れた病院から初めてのことだったけれど、そんな事を考える余裕よりも、目の前にいるこの人の機嫌が何故こんなにも悪いのかを考えるので精一杯だ。

「とても、不本意だけど、ね」

言い聞かすように絞り出された声。
それが本音なんだろうなとその場に居た全員は理解した。
きっと五条さんの権限ではどうにもならない相手から指示されたことなんだろう。

「大丈夫ですよ、五条さん」

なんとなくだけど。
五条さんは私の為に怒ってくれているんじゃないかなんて、自意識過剰で考えてしまった。
だからぽろっとそんな言葉が出たけれど、五条さんは何も言わない。

「先生、俺名前の傍を離れないから」

虎杖くんもそう言ってくれるのが、申し訳なくて、そして嬉しくて。
すると五条さんも幾分オーラが柔らかくなった気がした。
すぐに話は変わり、少しだけ授業をしたあと、虎杖くんと私だけ教室に残されて、任務の話になった。
野薔薇ちゃんと伏黒くんが出て行ったあと、五条さんははあ、と重めの溜息を吐いて舌打ちを零す。
相当苛ついていたらしい。
そんな五条さんを見るのも珍しいな、なんて思いながら私は苦笑いを零す。

「不本意だけど、二人には任務に出てもらう。不本意だけど」
「望まない事だというのはよくわかりました」
「大丈夫だって、さっきも言ったように名前の危険になるような事させないから、俺」
「虎杖くん、ありがとう」

虎杖くんにお礼を言うと、優しく笑ってくれる。
五条さんはぼりぼりと後頭部を掻いて、何ともいえない顔だ。

五条さんの説明では、私と虎杖くんで任務に出てもらうということ。
勿論私は戦力外であるだろうが、場慣れする必要があるということで、今回簡単な任務を振り分けられたらしい。
虎杖くん一人で問題ないらしいので、私は邪魔にならない様にしておかないといけない。
それにきっと、今回も

「五条さんもいるんですよね?」

当然の様に、そう言えば五条さんは一瞬言葉に詰まった。
それまでへらへらしていた私は、次の瞬間には血の気を引くことになる。

「…僕は、今回傍に居れない」

その言葉でどれだけ心臓が冷えたか。
きっと今、青白いを通り越して、白い顔色と化しているに違いない。
五条さんが、居ない?
前の病院の時は一時的に傍から離れた事はあったけど、同じ敷地内には居た。
任務についてこないなんて、そんなこと今まで一度もなかったのに。
焦り始める私を見て、五条さんがふいっと顔を逸らす。

「悠仁、名前、この任務は悪い予感がする」

決して笑う事もしないで。
真面目なトーンでそんな事を言われれば、私も以前の恐怖が蘇ってくる。
足元が震えているような気がするし、このまま泣き出してしまいそうな気がする。
でも、そういう訳にはいかない。
だって、誰よりも泣きそうな顔になっているのは、五条さんなのだ。
いつも私を守ってくれるという五条さんが、私の傍に居てくれない。
それに散々抵抗してくれたのは、態度で分かる。

これ以上心配をかけるわけにはいかない。

「私、大丈夫です。だって、五条さんから貰った呪具もあるし」
「名前、でもね」

大丈夫と言いつつ、声が震えている。
情けないと思いつつも、嘘の笑顔を見せた。

「虎杖くんも強いし、今回の呪霊は弱いんですよね? じゃあ、何の問題もないですよ」
「名前、ねぇ」
「私、いつまでも五条さんのお世話になっているわけにもいかないですし」
「名前」

ドン、と五条さんが机を叩く。
思わず声が引っ込んだ。
五条さんはしゅるりとおめめの布を外して、その綺麗な瞳で私をじっと見つめる。
こうやってみると、本当にネックレスの石と同じ色をしている、なんて思わず考えてしまった。


「……絶対に、助けるから」


それまで、君たちには耐えて欲しい。
苦しそうに呟く声に、私も虎杖くんもこくりと頷くしかなかった。

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