夜は4人同じ部屋というわけにもいかないので(私が耐えられない)、隣の部屋をお借りして眠る事になった。
襖で仕切られているけど、隣の部屋の声が少し聞こえる。内容はわからないけど、楽しそうに3人お喋りしているのを聞いてると、少し羨ましく感じてしまった。
我妻さんにとっては初めてのお友達なんじゃないかな?
彼の口からそういうのは聞いた事がなかったので、とても新鮮だ。
隣の楽し気な会話を聞きながら、私はひとりぼっちの部屋で布団の上に横になる。
今になって凄まじい眠気が私を襲ってきた。
今考えれば私と我妻さん、完徹してたんだった。しかも寝てない内から2件の任務をこなしたんだから、精神的にも疲れてるに決まっている。
まあ、私より我妻さんの方が疲れてる筈だけど。
段々瞼が重力に抗えなくなってくる。
このまま、意識を手放してもいいかな、なんて考えていたその時。
ふと視界に一瞬だけ竹林の光景が映った。
一瞬で眠気が吹っ飛び、慌てて瞼を開けた時には部屋の天井だったので、単に寝ぼけていたのかもしれない。
でも、嫌な予感がする。
ずっと藤の花に守られていた旦那様の御屋敷から出た事で、いつ何時狙われても可笑しくはない。
とはいえ、この屋敷も藤の花に囲まれているのに。
考えれば考えるほどわからないから、明日我妻さんに相談してみよう。
炭治郎さん達にも聞いてみよう。何か知ってるかもしれないし。
なんて考えていたら、突然隣の部屋から爆音と我妻さんの叫び声が響いた。
凄まじい音だったので、さっきのこともあって、私は飛び起きて隣接している襖を勢いよく開けた。
「どうしました!?」
鬼の襲撃かと慌てて駆け込むと、なんとそこでは我妻さんが炭治郎さんに抜刀して追いかけっこをしていた。
追いかけっこなんて生易しいものではない。
我妻さんの表情は発狂したそれだし、炭治郎さんはどうしていいかわからない顔をしている。
そして傍らには見覚えのない髪を下ろした可愛い女の子が、その様子を見ていた。
え、女の子?
居るはずもない女の子に、思わず2度見してしまった。
何故か竹を口に咥えた桃色の着物の少女。どことなく表情は唖然として二人を見ている。
勿論私の頭の中は疑問符だらけで、今にも二人に問いただしたい気持ちでいっぱいだ。
が、
何故我妻さんが炭治郎さん相手に逆上しているのか、何となく分かってしまった自分が辛い。
「我妻さん!」
「は、はひぃっ!」
どうやら私は怒っているらしかった。
怒りに満ちた顔で我妻さんの名を呼ぶと、我妻さんはこちらに気づき、一瞬こちらを見て干上がりそうな顔へと変貌する。
少しでも敵襲かと心配した私の気持ちを返して欲しい。
「夜中に何してるんですか? 貴方重症なんですよ? ばかばかばか!」
抜刀してようと関係ない。むしろ大切な刀をこんなことに使わないでほしい。
つかつかと我妻さんに近づいて、我妻さんの胸板を殴り続ける私。
我妻さんは刀を足元に落として、顔の前に腕でカバーすると「やめて!」と声を上げた。
「ご、ごめん! だから、ちょ、やめて、名前ちゃ、痛っ」
「ざっけんな! ほんといい加減にして下さいよ! このスケベ」
「すすすスケベって何! 俺まだ何もしてないからっ」
「まだ?」
我妻さんの余計な一言を耳に入れた瞬間、すーっと体温が下がっていく。
しまった、という顔をして我妻さんが弁明しようと口を開くが、もう遅い。
後ろでは炭治郎さんが呆れた顔で見ていた。
「違っ、そうじゃなくて、炭治郎がっ…」
「……」
「何その目っ!」
「……私、もう寝ます」
呆れた。よくよく考えれば、こんな超スケベマンの我妻さんの事を気にするなんて、バカみたいだ。
もう疲れたし。こんな奴、ほっといて寝てしまおう。
くるりと踵を返して部屋の方々に「おやすみなさい」と冷たく言い放ち、襖をピシャリを閉めた。
我妻さんは呆然としていたが、我に返ったように襖をドンドン叩いて何か叫び始めた。
私は我妻さんの情けない声と、煩い襖に背中を向けるようにして寝転がることにした。
……私って、本当にバカなんだから。
我妻さんのさっきの言葉を反芻しては、胸がズキズキと痛む。
悲しいなぁ。どうして、この気持ちは一方通行なんだろう。
まだ煩い襖を無視して布団を頭まで被り、こっそり泣いた。
「名前ちゃん? 寝た?」
襖が静かになって数分。
暫くして、物音しなくなった襖から今度は我妻さんの声が聞こえた。
勿論眠れないので起きてるけど、我妻さんに答えたくなくて無視する私。
お願いだからほっといて欲しい。
「そっち行ってもいい?」
いや、来んなし。当たり前だけれど、私は返事をしていない。
しかも一応私、女子なんだけど。女子の部屋に入ってこようとするな。
声には出していないけれど、心の底から思っている拒否の音くらい我妻さんならわかってくれるだろうに。
なのに、襖はすすす、と少しずつ開かれ、にゅっと隙間から我妻さんの頭が生えてきた。
私は枕を渾身の力で振りかぶり、思いっきり金髪頭に向けて投げた。
「痛っ」
「本日の営業は終了しました」
だから、お帰りください!と再度生えてきた頭を両手で押し出す。
我妻さんの後ろに見える炭治郎さんは、さっきと同じような顔で座っていた。
炭治郎さんも炭治郎さんで、後ろで見てないでなんとかしてほしい。
でも悲しいかな、私の力では鍛えてる男の人には叶うことはなくて。
ついぞ金髪馬鹿は私の部屋に侵入してきた。しかも侵入者は後ろ手で襖を締め切ってしまう。
逃げる場所が無くなってしまい、私はただ我妻さんを睨みつけることしかできなかった。
さっきまで泣いてたから、それもばっちりバレてるんだろうな、なんて思いつつ顔を逸らす。
今更隠してもこの人には無駄だけど。
「何で、泣いてるの?」
私の表情を見て驚いた我妻さんが言い放つ。
……正気かこの人。
仮にも女の子がこっそり泣いていたのだ。もっとオブラートに包んで言葉にしてほしい。
「目にゴミが入っただけです」
「そんな言い訳通じるわけないでしょ」
「うるさいこのスケベ」
スケベと言われて、ぐっ、と眉間に皺を寄せる我妻さん。
嫌がる女子の部屋に入ってきて、スケベではないとは言わせない。
早く隣の部屋に帰ってくれないかな。
「何で、怒ってるの?」
金色の瞳が僅かに揺れた。
次から次へとこの人は、なんで聞いて欲しくないことをズカズカ聞いてくるんだろう。
だからモテないんだよこの金髪、と心の中で悪態を吐く。
私は我妻さんから視線を外して背中を向けた。
「早く出てってください」
「ねぇ、名前ちゃん」
「もう返事しませんから」
相手をするだけこの人はずっと私の部屋から出て行かないだろう。
さっさと布団に入って無視することにした。
のそのそと布団に入り始める私。なのに何故か我妻さんも布団の横にちょこんと待機する。
……ほんと帰って欲しい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、我妻さんはまた口を開く。
今度は言いにくそうに口をモゴモゴさせて。
「俺の勘違いだったら嫌だけどさ、」
嫉妬した?
「…してません」
「あ、喋った」
反射的に否定してしまったので、鬼の首を取ったように我妻さんが指摘してくる。
どこか声色が喜んでいるような気させする。
「名前ちゃんに嫉妬して欲しかったんだけど、俺」
後ろでぼそりと聞こえた声に、私はどう反応していいか分からない。
…えっと、それはどういう意味?
布団の中で硬直してしまった私の肩に我妻さんが触れる。
「ねえ、」
ぐいっと無理やり我妻さんの方に身体を向けられた。
我妻さんは今まで見た事がないような表情をして、私から目線を逸らさない。
「俺の事、好き?」
普段は頼りなくてゆるゆるの瞳の癖に、少し笑みを含んだ瞳が私を射抜いた。