あれから何日か経った。
お陰で休息としてはとても充実出来ていたと思う。
ひささん(藤の花のお家のおばあさん)のご飯は美味しいし、夜も安心して眠れるし。
あれから何を思ってか我妻さんも炭治郎さん達の部屋で寝てくれるので、精神的にも助かってる(同じ部屋にいるだけで、初日を思い出す)。
このままずっとここに居たいと思ってしまうくらい、穏やかな毎日だった。
あんなに重症だった三人の傷が癒えた頃、チュン太郎ちゃんと炭治郎さんの鴉が鳴いた。
チュン太郎ちゃんは相変わらず何を言っているのか分からないけれど、炭治郎さんの鴉ははっきり言葉を発するので次の任務について詳しく教えてくれた。
ちなにみ嘴平さんの鴉はどこにいるのかは分からないし、見た事もない。
鴉の話では今回の任務は三人で向かう事になるみたいだ。
次は那田蜘蛛山という、名前からしておどろおどろしい名前の山へ足を運ぶという。
お世話になったひささんにお礼を言って、四人(五人?)で藤の家紋の家を後にした。
この休息中に三人の仲は良くなったと思う。
我妻さんは認めようとしないが(特に猪相手に)、三人で会話している所を見ると微笑ましく思う。
次の任務も、三人とも無事であってほしい。
ひささんのお家を出て数時間。
陽がすっかり落ちた頃、那田蜘蛛山と呼ばれる山が見えてきた。
「あの山ですよね」と三人に声を掛けてみたけれど、三人の様子がどうもおかしい。
我妻さんが任務の時に態度が急変するのは知っているけれど、炭治郎さんも嘴平さんの方も無言で山をじっと見つめている。
首を傾げて三人を見ていたら、我妻さんがガタガタと震えながら私に「ここに残った方がいいよ、俺と」と言った。
一応私に山の中へ入れないよう配慮をしてくれたらしい、勿論後ろに続いた言葉は聞かなかったことにした。
炭治郎さんもその方が良いと同意する。
言われてみれば確かに過去二回の任務の時、私が役立った事はなかったし、居ない方が三人の邪魔にならなくていいかもしれない。
それに三人の顔つきが明らかに変わったことから、入る前から分かるくらい厳しい相手である事が予想される。
邪魔になるくらいなら、私は今回待っていた方がよさそうだ。
「残って待っています。皆さん、どうかご無事で」
山の入り口付近、立ち止まって三人を見送り何とか笑顔を作った。
……本当は危ないところなんて行ってほしくない。
折角傷が癒えたところだというのに、そんな危険なところに行かなくてもいいじゃないか、なんて。
それに何だか嫌な予感がする。
私の言葉に炭治郎さんも笑顔で答えてくれて、嘴平さんを率いて真っ暗な山の中へ入って行ってしまった。
二人の背中を最後まで見つめて、私は右手で隣に立つ人の腕をきゅっと捻った。
「痛っ」
「痛っ、じゃないですよ。何をしているんですか?」
「…だ、だって…俺まで行ったら名前ちゃん、一人になる…じゃん」
「そんなこと言って…任務に行くのが怖いんですね。私の事はいいのでさっさと行って下さい!」
唇を尖らせて抵抗する我妻さんに呆れつつ、私はその背中をトンと押して「ほら」と後押し。
我妻さんは嫌々ながらもやっと山へ入る決心がついたのか、何度もこちらを振り返って「そこを動かないでねえええ」と叫んで走って行った。
その背中が見えなくなるまでそこに立っているとちゅん、と私の肩に乗ったチュン太郎ちゃんが鳴く。
「チュン太郎ちゃん、私の為に残ってくれたの?」
「ちゅん」
「ありがとう。でも、あの人達に付いていってくれないかな?」
チュン太郎ちゃんの頭を親指の腹で撫でてあげる。
くすぐったそうにこちらを見つめるチュン太郎ちゃん。
優しい優しいチュン太郎ちゃん。でも私の傍にいるよりもきっと我妻さん達の傍に居る方が、きっと助けになると思う。
「私の代わりに、我妻さんを助けてあげて」
掌にチュン太郎ちゃんを乗せ、高く持ち上げる。
チュン太郎ちゃんは寸秒戸惑う姿を見せたけれど、私が「大丈夫」の意味を込めて笑うと可愛く鳴きながらチュン太郎ちゃんは山の方へ飛んでいった。
三人(四人?)と一匹が去った後。
ふう、と一息ついて私は腰に手を当てて空を仰いだ。
「さて、どうしようかな」
残る、とは言ったがここには何もない。
山の入り口ではあるものの、人の出入りはあまりないような場所なので、ゆっくり座って休憩しておくのも躊躇するくらい雰囲気のあるところだ。
枯れ木に溜まり池。近くに見える小屋も人の手が届かなくなって数年は経過しているようだった。
ひささんの家に戻ろうかとも考えたけど、そもそもここまで来るのに数時間掛かっている。
同じ時間を掛けて戻る気にはなれなかった。
……それに、皆が無事に戻ってくるまでせめて近いところに居たい、し。
仕方ない、近くの土手で座って待ってるか。
一人だと寂しいけど、そんな事も言ってられない。
彼らは命をかけた仕事をしているのだ。
私は座れそうな土手を見つけ、そこに腰かけることにした。
少し辺りをキョロキョロ見回してみるけれど、人っ子一人見当たらない。
久しぶりに一人になった気がする。それこそ、この時代に来て初めて。
自分の衣服を眺め、肩についた毛玉を摘まんで捨てた。
ひささんの家ではセーラー服は洗濯していたので、お客さん用の着物を出してもらってたのだ。
現代で言えば、私の今の年齢的にはもう制服は着れない。
悲しいかな、現代からやってきた当時から体格が殆ど変化なしのため、ちんちくりんではないけど。
……本当、長い時間をここで生きてきた。
いつか、帰る時が来ると信じて旦那様の屋敷を出たけど、正直なところ、最近は帰る事を意識しなくなってきている。
気持ち的に諦めているのもそうだけど、それだけじゃない。
あんなに帰りたかったのにね。だってここには残していきたくない人がいるから。
こんな時、泣き虫金髪バカの顔が浮かぶ。
恋愛とはこんなにも厄介だなんて知らなかった。
あの人との未来を夢見てしまうくらい、影響されるなんて。
あるわけないと分かっているけれど、いつか…そんな日が来るのだろうかと夢見てしまう。
私があの人の隣で笑って過ごす日が、来ると。
”無理だろうなァ?”
全身に悪寒が走った。
確かに私の耳に聞こえた私以外のはっきりとした声。
勿論ここには私以外誰も居ないはずだ。
青ざめた顔のまま私は慌てて立ち上がり、先程よりも入念に辺りを見回す。
…だめだ、何も姿は見えない。
心臓が今までで一番バクバクと五月蠅い。
まるでそれが警鐘のように全身に鳴り響く。
あの声が誰なのかなんて、思い出したくもなかった。
でも、わかってしまった、わかりたくはなかった。
…夢でしか会った事はないが、間違いない。
ぎゅうっと右手の痣を掴む私。
「呑気に待ってられないかも」
邪魔になるくらいならここで大人しく待つと決めたけれど、悠長に待っていたらもしかしたら私は私ではなく、ただの肉塊になり果てているかもしれない。勿論、そんなのはごめんだ。
辺りに誰も居ない事を確認して、私は三人が走って行った方へ駆け出した。
背後には人の気配を感じなかった、でも確かに奴の声がした。
気の所為だなんて簡単に考えたくない。この状況、私は今、一人だ。
あー…こんな事なら、最初から付いていけばよかった。
たった一人で山へ足を踏み入れながら、私は不安で一杯だった。
少しでも離れないと。あの場所から。
少しでも、あの人に近づかないと。
「我妻さん、どこ…っ…」
立ち止まれない、走らなければ。
合流しないと。
我妻さんと。
最初は夜目がきいていなくて、よく見えなかったけれど、月明かりに照らされて少しずつ辺りが見えてきた。
所々の地面に付着する血痕らしき血だまりに、息を飲んだ。
それは一人や二人のものではなかった。
…これは、あの三人の血痕じゃ、ないよね?
嫌な事を考えてしまう。あの三人は大丈夫だろうか。
「……早く、見つけないと」
一刻も早く我妻さんと合流して、先程聞こえた声について教えないと。
最悪、任務の鬼だけじゃなくて私の敵である鬼とも対峙しなければならないかもしれない。
そうなると私だけじゃなくて、あの三人にも危険が及ぶことだろう。
……お願い。誰か、気付いて。
素足の部分に鋭利な枝が擦れ、薄皮を抉った。折角洗濯してもらった制服もドロドロである。
でも、そんな事はもうどうでもいい。
「お願い、善逸さん。気づいて」
たった一人に出会うために、足を止めることは出来ない。
私の願いも虚しく、夜は更けていった。