16. 1番会いたい

どれだけ走ったかわからない。
山の中は想像以上に酷い有様だった。
血痕どころか人が沢山吊るされていたり、あらぬ方向を向いて倒れていたり。
こんな残酷な光景を目の当たりにして、余計に止まることは出来ない。
吊るされていた人達の服装が我妻さんと同じ隊服だったから、鬼殺隊の人だと思うけれど、私が近づいた時には既に事切れていた。

こんなにたくさんの人が、何故こんなことに…?
先日の任務以上の死傷者に自然と涙が溢れてくる。
この山には一体どれだけ強い鬼が潜んでるというのだろうか。
亡くなっている人の数からして、一匹二匹の問題ではないと思う。

今出来る最低限の弔いをして、私は先を急いだ。
一体どこへ向かって走っているのかも分からない。
それでも徐々に亡骸の数が増えている。この先に確実に何かいる事は明白だった。

「はぁ、っ…はぁ…」

本当に情けない事に。少し走っただけでこれだけ息が切れてしまった。
こんな事なら、本当に普段から運動するべきだった、と何度目かの後悔をしたところで近くの木を背にし、座り込んだ。
今のところ周囲には何もいない。

荒い呼吸を整えながら考えるのは、あの3人のこと。
これだけ亡骸が沢山ある中、彼らだと思われる者はいなかった。
きっと彼らは生きているだろうけれど、どうか無事でと願わずにはいらなれない。


”死んでるかもしれねェぜ?”


忘れていた所にまた突如として耳に入ってくる不快な声。
はっとして、私は視線だけを辺りを見回した。
この静寂な山の中で、その声だけはとてもクリアに聞こえた。

これだけ走っても声ははっきりと私の耳に届いている。
見えないけれど、鬼が私の近くにいることは確かのようだ。
ゾクゾクとした緊張で背筋がぴんと伸びる。
座り込んでいた重い腰をあげ、木を背中にしたまま周りを先程よりも注意深く見回した。

どれだけ目を凝らしても、この暗い山の中、私の視界にはそれらしい影は映らない。

”良く生き残ってたなぁ? 普通の小娘ならさっさと死んでたぜぇ?”

姿は見えないが、いる。
暗闇から聞こえる声に恐怖で今にも心臓が口から出てきそうだが、私はじっと唇を噛んで耐える。
殺される恐怖を、初めて現実で味わっている。

”俺としては待ちに待ったご馳走にありつきたい所だが…”

僅かだが、声が段々近づいている。
このままここにいれば危険だ。逃げないと、ここから。
でも身体が恐怖で動かない。

”こちらも実体化するほど余裕はないんでね。今日の所は顔見せって事で、勘弁しといてやるよ”

奴の言葉に私は思わず目を見開く。
実体化? 一体どういうことだろうか。
さっぱり理解が追いつかないが、今この時に命を取られる心配はないようだ。

”そうだなァ。最近、夢見てねぇだろ? お土産くらいは残していくぜぇ”

「一体どういう、い」


どういう意味?
そう続けたかった私の言葉は、最後まで続かなかった。

急に視界がブラックアウトし、一瞬のうちに景色が変化したのだ。
視界が慣れた頃、目の前の光景は先程まで立っていたそこは那田蜘蛛山のものではなかった。
自分の背丈よりも遥かに高い竹が生い茂った場所。
足元に落ちた笹の葉を踏み、私は天を仰いだ。

竹林の合間から見える月明かりだけが、私を照らしている。

ああなるほど。
断言出来る。ここは私の夢だ。

幼い頃から幾度となく見てきた夢。
いつも私の前に我妻さんが居て、何者かから私を守ってくれる。
そして、最後は私が怪我をして、目が覚める。

そんな夢だったはずだ。
でも、目の前には、鬼がいるわけでもない。
自分の足元から続く色の付いた水たまりに視線を辿り、私は悲鳴を上げた。

「いやぁあああっ、我妻さんっ!」

血溜まりの中に我妻さんがいた。腹部から血を流して。
ぴくりとも動かない我妻さんに駆け寄り、必死に肩を揺らした。
我妻さんはそれでも反応しなかった。
血の気がどんどん引いていく中、私は血で服が汚れる事も厭わず、血溜まりの我妻さんを抱き起こす。

嫌だ嫌だ嫌だ、なんで、どうして?
なんで、我妻さんが、うそ。

反射的に涙が溢れて止まることを知らない。

我妻さんの体温が異常に低い。
腹部からの出血が止まらない。

視界が全て絶望に歪んでいく。
いつもなら、いつもなら。この場で怪我をするのはわたしの筈だ。
我妻さんじゃない、紛れもない私なのだ。

どれだけ傷口を押さえても血が止まる気配はない。
このままではダメだ、そんな事分かっているのに、私ではどうすることも出来ない。
私はこんな結末にするために、我妻さんと旅をしてきたの?
何故私ではなくて、我妻さんが死ぬの?

今まで行ってきたことが、全て水の泡になるような感覚になる。

こんな事望んでない。こんなの認めない。
冷たくなりつつある我妻さんの身体を力の限りぎゅうっと抱き締める。

取り乱してはダメだ。これは夢だ。
ここで正気を失えば鬼の思うツボだ。
最後に聞いた鬼の言葉から考えると、きっと私はあのまま眠らされたのだろう。

そう言えば奴は実体化がどうのこうの言っていた。
数日前、旦那様の鴉が我妻さんの所に飛んで来ていたことを思い出した。
派遣された鬼殺隊により、鬼は見つける事が出来たが、確かトドメをさせなかったと。

その時の傷が原因で、まだ力が戻ってないんだ。
私を食べる力すら残ってないんだ。

そうと分かれば、目を覚まさないといけない。
こんな所でウジウジ泣いてる場合じゃない。

腕の中の我妻さんの頭を撫でる。


「いつも、助けてくれて有難う。絶対に、死なせないから」


傍に落ちていた我妻さんの日輪刀に手を伸ばした。
その切っ先がキラリと月明かりで輝く。
いつもこんなに重たい刀を振るっていたんだ、あの人は。

私は震える手で刀の柄を握ると、固く瞼を閉じて、それを迷いなく自分の胸へと突き刺した。


◇◇◇


瞼を開けたら、竹林は消えていた。

生い茂るのは竹ではなくて、木々。那田蜘蛛山だ。
空を見上げると、木々の間に見える蜘蛛の糸。

私はどうやら、夢から戻ってこれたらしい。

一かバチかだったけど、夢の中で死ねば起きれるんだ。
未だに心臓が痛いくらい鼓動している。もう二度とごめんだ。

「我妻さんを、探さないと」

すっかり冷たくなったお尻を上げて、私は走り出した。
今、1番会いたい人を探すために。