19. お返しだばーか

結局私と我妻さん、そして無数の蜘蛛にされた人たちと共に、隠の人に連れられ山を下りる事となった。
既に日は高く昇っていて、この長かった夜がやっと明けたのだと理解した。
動けない我妻さんを担架に乗せてもらい、その横を私は歩く。

ある程度歩いたところで、今度は私が歩けなくなり、結局隠の方の背中を借りる事となってしまった。
一晩気を張っていたのが、限界を迎えたらしい。

心地いいテンポで揺れる背中から、私の斜め前で寝ている我妻さんを見つめた。
……本当に良かった。助かったんだ。
安心からか、段々と私の瞼は重く下がっていく。

次に夢を見ることがあれば、それは我妻さんと一緒に過ごす夢だといいと願った。


目が覚めたら、どこかのお屋敷のベッドの上だった。
ベッドなんて現代で過ごしていた時以来だったので、あまりの気持ち良さに眠りこけていたらしい。
私の着ていたセーラー服はいつの間にか白いワンピースのような洋服へと変わっていた。
近くのサイドテーブルに、折りたたまれた制服がそっと置かれていた。
私のベッドの周りには数台のベッドがあるが、誰もいない。

窓から差し込む日の光でポカポカ心を癒されていると、コンコンと部屋のドアが鳴った。

「ああ、もう起きていたんですね」

知らない少女だった。
隊服の上から白いワンピースを着た、ツインテールの女の子。年は私と変わらないと思う。
そして頭にはあの助けてくれた鬼殺隊の女性と同じような蝶の髪飾りがついていた。
少女はつかつかと私の横までやってきて、私のおでこに手を伸ばした。

「私はアオイと申します。もう熱はないようですね」

手際よく体温を測ると、私に水をコップに入れて差し出してくれるアオイさん。
それを受け取り「有難うございます」と言うと彼女はいくつかの錠剤を用意した。

「もしかして…私、熱があったんですか…?」

隠の人の背中で眠ってしまった覚えはあるが、熱があったなんて初耳だ。
今は全然辛くもないし、体調的にも問題なさそうだが。
アオイさんはコクリと頷いて続ける。

「一時期は高熱だったようですが、今はすっかり良くなりましたね。あまり動かれるとぶり返すかもしれませんが」

見舞いたい方はいますよね?とアオイさんが尋ねる。
一瞬ぽかんとしてしまったが、頭に浮かんだ三人を思い出し、私は笑顔で「ええ」と答えた。

「それにしても、こちらは…どなたのお屋敷ですか?」
「ここは柱の一人、胡蝶しのぶさんお屋敷になります。ここにいるのは貴方と他三名です」
「三名…」

やっぱり。
その三人が誰か、なんて聞かなくても分かる。

それを聞いて、私は心が温かくなった。

「あまり歩かれるとまた倒れてしまうかもしれませんので、長時間はダメですよ」
「何から何まで有難うございます。アオイさん」

心からのお礼を伝えると、アオイさんはスタスタと部屋を出て行ってしまった。
胡蝶しのぶさん。こちらも聞いた事がないお名前だが、恐らく我妻さんを助けてくれたあの女性の事だろう。
確か柱、って言ってたよね。
旦那様も昔柱だったと言っていたから、相当凄い役職の方なのだろう。

頂いた薬と飲み干すと、私は身支度を軽く整え、部屋を出た。


「静かになさって下さい!」

廊下を歩いていた人に尋ねながらやってきたある部屋の前。
先程のアオイさんの声が中から聞こえて、私は扉に手を掛けるのを一瞬躊躇する。
そしてアオイさんに怒られている人に半ば呆れながら、再度手を掛けた。

「…ほんと、すみません。アオイさん」

部屋に入って早々、アオイさんに私が代わりに謝罪すると部屋にいた人たちが揃って私を見た。

「名前!」
「炭治郎さん、ご無事だったんですね」

何故か隠の人に背負われている炭治郎さんが私を見て顔がぱあっと明るくなった。
私もその様子を見て、とても安心した。

「名前もケガをしたのか?」
「いえ、私のは大したことなくて…山に入ったときにこけたくらいです」
「入ったのか?」
「……え、ええ」

私の言葉に、途端心配そうな顔で驚き叫ぶ炭治郎さん。
…いやでも、私よりも貴方の方が重症そうなんですけど。
私凄く軽傷なんです、そんな心配しないで下さい。本当に恥ずかしいです。

炭治郎さんに乾いた笑みを見せていると、その後ろに見える金髪に気付いた。
金髪、我妻さんにわざとらしくにこっと微笑んだけれど、瞬殺で逸らされる視線。
思わずむぅっと頬を膨らませた。

「……何ですかそれ。凄く腹が立ちます」

故意で逸らされた視線に苛立ち、炭治郎さんの横を抜けて、我妻さんが座っているベッドの横へ腰かけた。
変わらず彼は私から視線を外して「ベ、別に」と答えている我妻さんに、私は膨れた頬のまま顔を覗き込む。
目を細めて暫くじーっと見つめてやると、我妻さんの顔が段々高揚していくのが分かった。

「……ふーん」

私は少し満足気に笑って、我妻さんの手を袖の中から探し出す。
あれ、気のせいか腕の長さ短くなってない?
やっと見つけた掌をぎゅうっと包み込んで、ぽつりと「良かった」と呟いた。
我妻さんは何とも言えない顔をしていた。

「伊之助は? 村田さんは見なかったか?」

そう言えば、と炭治郎さんが我妻さんに尋ねると、我妻さんは少し不思議そうな顔をして「村田って人は知らないけど、伊之助なら隣にいるよ」と答える。
その言葉で私もやっと気づいた。我妻さんの横のベッドに確かに猪はいた。
信じられないくらい静かに、規則正しく布団に入っている。

「伊之助! 無事でよかった…! ごめんな、助けに行けなくて…!」

炭治郎さんさんが、ベッドに乗り上げながら言う。
きっと炭治郎さんも嘴平さんも那田蜘蛛山で大変な目にあったんだろう。
二人とも無事で本当によかった。私もその言葉にうんうんと頷いた。


「イイヨ、気ニシナイデ」

え?

猪が喋ったと思ったら、想像の一オクターブ低い声が私の耳に届いた。
そして…何か素直だ。

「嘴平さん…? どうしたんですか? 頭打ったんですか?」

吃驚しすぎてつい声に出してしまった。
ナチュラルに失礼な事を言ってしまった気がするけれど、すべて本心なので許してほしい。

「なんか喉潰れてるらしいよ」

我妻さんが平然と答える。
炭治郎さんと二人で驚き、問いただした結果。
首を鬼に捕まれたりして喉にかなり負担を掛けていた所、大声を出してしまい炎症してしまったと。

「落ち込んでんのか、すごい丸くなっててめちゃくちゃ面白いんだよな」

何がそんなに楽しいかわからないが、ケタケタと鼻水を垂らしながら笑う。
……この人クズだ。

「なんで急にそんな気持ち悪い笑い方をするんだ? どうした?」

正確に炭治郎さんが突っ込んでくれたので、私は思わずくすりと笑ってしまった。
そして我妻さんの横から、嘴平さんのベッドへ移動する私。


「ゴメンネ、弱クッテ」


再度潰れた声を出す嘴平さん。
何だか可哀そうになって、私は猪の頭を撫でてあげた。

「嘴平さんは弱くなんかないでしょ? 今の嘴平さんは少し可愛いけど、いつもの嘴平さんの方が私は好きですよ」

早く元気になってくださいね、そう言うと私の後ろで分かりやすく金髪が慌て始める。
何だか嘴平さんの纏う雰囲気が柔らかくなった気がして、私は少し嬉しくなった。

「え、え、名前ちゃん? あの、伊之助に何て言ったの…?」
「我妻さんには関係ないでしょ」

フン、とわざとらしく顔を逸らせる私。
さっきのお返しだばーか。