それから重症三人は休息へと入るため、しばらくこのお屋敷でお世話になる事になった。
私は軽傷だし鬼殺隊員でもないので、手伝いを申し出たが「人では足りてますので」とアオイさんに丁寧に断られてしまった。
だからと言って、何もしないわけにもいかないので、三人の身の回りを少しくらいお手伝いはさせてもらうつもりで、今日も3人の間をウロウロしている。
3人とも酷い怪我なのだか、我妻さんが一番重症らしい。
どうやらこの前、腕が短いと感じていたのは本当で。
毒によって蜘蛛になりかけていたらしく、手足が短くなってしまったらしい。
身体のバランスが崩れるから、出歩くのは少し無理そうだ。
苦そうなお薬を毎日飲まないといけないらしく、その時は散々抵抗していた。
炭治郎さんも痛々しい傷が増えて、肉離れを起こしているとか。
嘴平さんの方は2人に比べれば元気な方かもしれないけど、細かな傷と喉の被害が大きい。
声はまだ枯れてはいるけど、少しずつマシになってきて、態度も段々前と同じようになった。
「我妻さん、ほら、あーん」
湯のみに入った薬茶を手に我妻さんの顔へ持ってくると、引き攣った顔の我妻さんが首を横に振る。
「じ、自分で飲める、から」
仄かに顔を赤く染め、また私から視線を逸らす。
最近我妻さんはこんな状態が続いている。
別に自分で飲めるならいいけど、貴方嫌がるからこうして飲ましてあげようと思ったのに。
「ではご自分でどうぞ」
ぽん、と我妻さんの萌え袖に乗せ、私は炭治郎さんの方のベッドへと向かう。
炭治郎さんに新しい湿布を渡して、古いものと交換した。
「ありがとう、名前」と笑顔で返してくれる炭治郎さんに癒され、私は「いいんですよ」と微笑む。
我妻さんもこう素直だったらいいのに。
ちらっと我妻さんを見たけど、まだ薬とにらめっこしていた。
先日の1件から、我妻さんと私はわりと気まずい雰囲気が続いている。
原因は分かっているし、あえてそれを口にはしないけど、私としては少し悲しい。
当たり前だけど気軽な気持ちで告白をしたわけではない。
まあ、別に我妻さんからどう思われてても平気なんだけどね。
私が傍に居たいだけだから。
視線の交わらない我妻さんを見ても仕方ないので、身体を反対に向けて今度は嘴平さんに話しかけた。
「お水は飲めてますか? まだ痛みます?」
「あぁ」
私の問いにぶっきらぼうに嘴平さんは答える。
最近嘴平さんは前より優しくなった。
初対面のある時から随分と付き合いやすい人になった。
私としては嘴平さんとケンカしたくないから、凄く嬉しいし。
「ねえ、我妻さん、私とお散歩しましょうよ」
一通り、落ち着いたところで我妻さんに声を掛けたけど、また顔を逸らされて「どうやって?」と聞かれた。
前だったら即答でOKしてくれたのにな、なんて思いながら続ける。
「私がおんぶしますので、一緒に」
「嫌だよ! 俺名前ちゃんにおぶされて行きたくよぉおお!」
「……あ、そうですか」
まあよく良く考えれば、男の人が女の人におんぶされているのは恥ずかしいとは思うけども。
それでも一緒に過ごしたいという、私の気持ちは汲んではくれないらしい。
…今だけなら私も我妻さんを背負えると思うんだけどな。
「名前、多分今の善逸でも、名前は背負う事は出来ないと思うぞ」
そんな事を考えていたら、苦笑いしながら炭治郎さんに言われた。やっぱり炭治郎さんはエスパーだ。
でもそうか、我妻さんと私の筋肉量が違うから、前より身体が小さくなったとしても体重差があるのか。
見た目からは分かりずらいから、そこは加味してなかったな。
「では残念」
我妻さんとお散歩したかったなぁ。
だって最近2人で過ごすことがないんだもの。
少し目を伏せて口を膨らませた。
「おい」
突然目の前にいた嘴平さんが口を開いた。
何だろうと顔を向けると猪の頭が「俺が行く」と声を発した。
「へ?」
「だから、俺が行ってやるって言ってんだ」
思わずぽかんと口を半開きにしてしまった私に、追い討ちをかけるように嘴平さんが続けた。
その嘴平さんの言葉を聞いて、我妻さんが驚きの声を上げる。
「は、はぁあああ!? い、伊之助何言って…」
「俺が行っちゃ悪いのかよ?」
「別にいいですけど、嘴平さんお散歩行きたいんですか?」
答えなくとも分かるだろ、と言いたげにフン、と鼻を鳴らす嘴平さん。
嘴平さんが散歩だなんて、珍しい事もあるもんだ。
まあでも折角付いて来て下さるというんだから、行きましょう。
私は立ち上がって、今の衣服の上から羽織を纏い、外に出る準備をする。
「え、え? 本当に行くの?」
そんな様子の私にこれまた驚いたのだろう、我妻さんが私と嘴平さんを交互に見つめながら言う。
……何なんだこの人。さっき私が誘ったら、瞬殺で断った癖に。
「え、そうですけど?」
「なんで、伊之助と?」
「嘴平さんが行ってくれるって言ってたじゃないですか」
「いや、そうじゃなくて!」
ぱたぱたと余った袖を振り回しながら我妻さんが声を上げる。
我妻さんの言われている意味が分からないけど、その様子が少し可愛くで心の中でこっそり笑った。
「では行きましょうか」
嘴平さんと一緒に部屋を出るとき、少し焦ったような顔をした我妻さんと目が合った。
でも今度は私からその目を逸らし、部屋の扉に手をかけてパタンと閉じる。
今日の我妻さんは良く分からない。
我妻さんの気まぐれに付き合うほど、私も大人では無いのだ。
溜息を零しながらも、私は嘴平さんと一緒にお庭に出ることにしたのである。
「それにしても、珍しいですね。嘴平さんが私と一緒に付いて来て下さるなんて」
「文句あるのかよ」
「ないですけど。むしろ我妻さんに断られて寂しかったんで、丁度良かったです」
そう言って嘴平さんに微笑むと、猪の頭が少し揺れた。
相変わらずその被り物の下の顔は、どんな表情をしているのかは分からないけれど。
このお屋敷のお庭はとても整備されていて、目の前の花壇からは色とりどりのお花が咲いていた。
私たちは綺麗な花壇の前に腰掛けて、お花に視線をやる。
「落ち着きますね。最近任務ばっかりだっから、新鮮です」
「そうかよ」
「まあ、嘴平さんには物足りないかもしれないですけど」
「おい」
「はい?」
突然、猪の頭がこちらを向いた。
猪にはお花はつまらなかったのだろうか、と思考を巡らせていると、ボソリと嘴平さんには珍しい小さな声で呟いた。
「伊之助って呼べよ」
言われた事が理解出来なくて、思わず瞼を数回ぱちぱちして固まってしまった。
……えと? この人、本当にどうしちゃったんだろう?
「伊之助、さん?」
「あぁ」
「名前で呼んで欲しかったんですか?」
「うるせぇ!」
フンフン、と猪の鼻が鳴る。
意外と可愛いところがあるんだなあ、なんて思いながら私もコクリと頷いた。
何だか凄く仲良くなった気がして、最初のケンカが少し懐かしく感じる。
私は男友達がそんなにいなかったから、こうして一緒に過ごしてくれる人がいるのは嬉しいな。
最近我妻さんが私を避けているのもあるけど、伊之助さんと仲良くなるのは嫌いじゃない。
「何か、伊之助さんも女の子と普通にお話するんですね」
私、吃驚しちゃいました。と言うと猪の頭がすっと剥ぎ取られる。
あ、久しぶりにお顔見たな。
端正な顔がそこにあった。
最初に見た時はあんなに衝撃だったけど、今はもう慣れたもんだ。
この時代にアイドルなんかあったら、こういう顔の人ばっかりなんだろうね。
「お前、だけだ」
先程よりも小声で何か言ったので、私には聞き取れなかった。