「あー姉ちゃん、また俺のプリン食っただろ」
「うん、食べた」
「ふざけんなよ、自分で買って来いよな!」
今まさに食べてる途中です、とプリンの蓋に残ったカスまで食べようとしていた。
ソファの上で呑気に体育座りでプリンを頂き、テレビのバラエティ番組を見る。
最高の時間だ。
冷蔵庫の扉を開けて怒鳴る弟の小言を耳にしながらも、手は休めない。
残念ながら、弟の物は姉の物なのだ。
「どうせいつも余ってるじゃん。食べれる量を買ってこないから、私が食べてあげるんだよ」
ちらりと弟、和樹の顔を見てそう言うと、ちっと小さく舌打ちをした。
乱暴に冷蔵庫の扉を閉めて、和樹は台所の母に私の所業を訴える。
「ありえねえーだろー」と文句を垂れているのを母が優しく慰めていた。
「名前、あんたまた和樹のプリン食べたの?」
「ごめんごめん。次は私が買ってくるからさー」
「いつもそう言うじゃん! 次はホントに買って来いよ!」
彼らのいつもの小言を受け流して、私は至福のひと時を味わう。
もうすぐ父が帰ってくる時間だ。いつも週末になると父は家族全員分のおやつを買ってきてくれる。
優しい父なのだ。
勿論父が買ってきたおやつも私が頂くけどね。
「にしてもさー、姉ちゃんも長い間帰ってこなかった癖に何なんだよ」
「ん? 今日は放課後そのまま帰ってきたけど?」
さっさとプリンは諦めることにしたらしい和樹がブツブツと文句を言うもんだから、私は反論した。
誰かと間違えてるんじゃない? だって私は寄り道せずに家に帰ってきたし。
そんな私をきょとんとした顔で見つめる和樹。良く見ると母も同じ顔をしていた。
「何言ってんだよ。姉ちゃん、何年も俺たちの事忘れてたじゃん」
「え? 何のこと?」
「本当の事だろー? いつまで経っても家に帰ってこないと思ったら、なんやかんやであっちに馴染んでさー」
あっち? 馴染む?
思わずプリンを落としそうになった。
和樹の言ってる意味が全然分からない。
どう言う事?
「仕方ないわよ。名前は私たちの事なんて、綺麗に忘れているんだから」
母の言葉を聞いて、私ははっと目を覚ました。
視界に映ったのは、家のリビングでも台所でもない。
蝶屋敷の天井だった。
まだ外は薄暗くて日は登ってないようだ。
全身でかいた汗のせいで服が肌に貼り付いている。
気持ち悪さを感じるよりも前に、私は先ほど見た夢に身体の震えが止まらない。
「忘れてなんか、ないよ…」
家族の顔で、家族の声で突き放すように言われた言葉。
一つ一つが私の胸に深く突き刺さった。
私は、ずっと帰りたかった。
でもいつまで経っても帰ってこない私に、家族は呆れかえっていたのだろうか。
家族の事を綺麗さっぱり忘れて、なんて。
「忘れた事なんて、ない」
会いたかった。夢でもいいからと、ずっと思っていた。
でも、家族からはそう思われてなかったとしたら。
私が今までやってきた事って、全部無駄だったのかな。
「なんて夢なの…」
私の家族があんな事言うはずないってわかる。
でも、それでも心に傷を作るのには十分だった。
「何がしたいの、私を食べたいんでしょ」
原因は一つだろう。
私をこの時代に連れてきた鬼。
那田蜘蛛山で見せた夢のように、今度は家族を私に見せてきたのだろう。
ここは柱の一人であるしのぶさんの屋敷だ。
軽々と私に夢を見せつけられるほど、容易い場所ではない。
いよいよ鬼との戦闘が近いという事だろうか。
明日一番に私は我妻さんに相談しよう。
なんやかんやで那田蜘蛛山での事、お話出来ていなかったし。
「でも、今日は…夢を見たくないや」
あんな怖い夢を見るくらいなら、眠らないほうがマシだ。
私は久しぶりに夜が怖いと思ってしまった。
こっそり物音を立てないようにして、布団を畳んだ。
そーっと廊下に出て目指すは我妻さん達が寝ている部屋だ。
片手に枕を持って、私は真っ暗な廊下をゆっくり歩いていく。
一人で寝るのはごめんだ。
貸し一つあるんだし、許してもらえるでしょ。
なるべく音を立てないで扉を開けた。
三人とも寝ているようだった。
もう少ししたら炭治郎さんが起きてしまうかもしれないけど。
そっと一番近いベッドに近付き、ゆっくり布団を捲った。
我妻さんは私と逆の方を向いて寝ている。
背中合わせになるように、こっそり私は布団へ忍び込んだ。
あ、温かいなぁ。
我妻さんの体温を感じつつ、眠れないかもしれないけど、私は瞼を閉じる。
寝れなくても人は寝転ぶだけで休息になるというし。
少しくらいいいよね。
おやすみなさい。
数時間後、我妻さんの絶叫で私は再び目を開ける事になるのだった。