24. 何があっても、良いように

今日からやっと我妻さんも機能回復訓練に参加するという事で、こっそり私も見に行くことにした。
今まで旦那様の元でほぼ一人で鍛錬を続けていたから、友達と一緒だとさらにやる気に満ちているだろう、と呑気に思っていた、ただそれだけの理由だった。
……それが間違いだったと、ものの数分で気づいてしまったけれど。

アオイさんから訓練の内容を説明された我妻さんは少しの間フリーズしたかと思ったら、炭治郎さんと伊之助さんを連れて一旦道場の外へ出て行ってしまったのだ。
その時の様子が何だか普段と全然違うし、なんなら結構暴言吐くまくりで引きずるように二人を連れて行ったものだから、私も何かあったのかと後を追おうとしたくらいである。

結果的に言えばついて行かなくても良かった。
何故なら、道場の外で叫んでいる我妻さんの声は中までばっちり聞こえており、一字一句逃さず耳に入れる事が出来たからだ。


「女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけのくせに、何をやつれた顔してみせたんだよ! 土下座して謝れよ! 切腹しろ!」


言葉の意味を理解した瞬間、一瞬で私の顔が能面になる。
怒鳴っている姿は見ていないのに、何故かどんな顔で怒鳴っているのか容易く想像出来てしまう自分に腹が立つ。

「女の子に触れるんだぞ、体揉んでもらえて! 湯呑で遊んでる時は手を! 鬼ごっこの時は体触れるだろうがアア!」

氷点下まで体温が下がったような感覚になる。
果たして先日私を優しく抱きしめてくれた男と同一人物なのだろうかと、本気で問いかけたい。
そしてあの口を黙らせたい、今すぐに。
バールのような物で頭部を強打させたい、今すぐに。

「女の子一人につき、おっぱい二つ、お尻二つ、太もも二つ付いてんだよ! すれ違えばいい匂いがするし、見てるだけでも楽しいじゃろがい!」

「………」
「あの、名前さん…?」

私の様子に気付いたなほちゃん、きよちゃん、すみちゃんが声を掛けてくれた。
でも申し訳ない。私の頭の中はあの人をどうやったら、苦しませて昇天させる事が出来るかで一杯だ。
壁一枚で私の音が聞こえるはずなのに、あの人は興奮して全く気付いていないのが余計に腹が立つ。
ホント死んでほしい。

「アオイさん……」
「…はい」
「私に刃物を下さい」
「ダメです」

私のお願いはすぐ却下されてしまった。
残念だ、本当に非常に、残念だ。

そんな私の様子を知らないで、野郎の士気を高めるだけ高めて戻ってきた我妻さんを私は睨みつける。

ずんずんと威勢よく道場に入ってきたくせに、私の顔を見てカチンコチンに凍り付いたその姿。
何故か我妻さんの後ろにいた伊之助さんも、私の様子に気付いて、遅れて固まった。
炭治郎さんだけが「あちゃー」といった顔をして、少し離れたところへと移動する。

すすす、と我妻さんの前に立ち、ゆっくりと微笑んでやった。

「ヒュッ」

我妻さんの喉が鳴った。
その顔は蒼白で、ぱくぱくと口を開けたり閉じたり。


「女の子とイチャイチャしたかったんですか?」


私は薄っぺらい笑顔を貼り付けたまま問いかける。
怒りでさっきから腕が痙攣をしている。
我妻さんは「い、いえ…」と泣きそうな顔で目を逸らした。

「いいんですよ、我妻さんは女の子大好きですものね」

とん、と我妻さんの肩を優しく叩いた。
そして小声で「最低」と呟いて私はそそくさと道場を後にした。
ちなみに伊之助さんにも「雌でごめんなさいね」と小言を土産に置いていった。



「ちょ、名前ちゃあああんん! 違う、違うんだよオオオ! 戻ってきてえええ」

我妻さんの泣き声が後ろから聞こえたが、無視だ無視。
あとはアオイさん達にお任せして、私は一人のんびり過ごそうっと。
あの人たちといるとイライラして精神衛生上良くない。


◇◇◇



「名前さん? どうかしたのですか?」

私の足が向かった先はしのぶさんのお部屋だった。
とっても忙しいしのぶさんの迷惑になるつもりはなかったのだが、気持ちが整理できない。
我慢していたものが頬を伝ってポロポロと零れてしまった。

「あらら…女の子が泣くほどつらいものはありませんよ」

そんな私にそっとハンカチで涙を拭ってくれるしのぶさん。
爽やかな笑顔で丁寧にふき取ってくれた。

「あの金髪バカが悪いんですぅ…」
「まあ、善逸君ですか」
「どうせ私には満足のいくおっぱいもお尻もありませんよぉ…」
「あらら…」

よしよしと頭を優しく撫でられ、小一時間ほどしのぶさんに愚痴を聞いてもらった。


「名前さんの右手のそれは、鬼によるものですね?」

すっかり愚痴も吐き出して泣き止んだ頃。しのぶさんが私の右手首を指さしながら尋ねた。
これに気付いたのは旦那様だけだったから、少し驚いた。

「はい、そうです。分かるんですか?」
「確信はありませんでしたけど。でも、当たってたみたいですね」

すうっとしのぶさんの瞳細くなって、笑顔が消える。

「しかも結構厄介ですね」
「……まだこの鬼は生きています。まだ私を狙ってる筈ですから」

窓の外を見ながら言う私にしのぶさんは困った顔をする。

「皆さんはご存知なのですか?」
「いえ、ここでは我妻さんだけです」
「周知していた方がいいでしょうね」

なぜ、とは聞けなかった。
私自身良く分かっている。


「何があっても、良いように」


しのぶさんの重い言葉に私は頷くしか出来なかった。