28. 暗転

それからは大変だった。
次の日から我妻さんは機能回復訓練に参加せず、私の傍を離れない。
最初は何でずっと付いてくるんだろうと不思議だったが、その日の夕方に炭治郎さんから「実は…」と教えられて驚愕した。
慌ててアオイさんに謝りに行ったが「来ないのは本人が悪いんです!」と言われてしまい、恐縮してしまった。
本当にすみませんでした。

知らない間に伊之助さんも行ってなかったらしく、私は二人を正座させ、コンコンと説教する羽目になった。
炭治郎さんは有難がっていたけど、私も責任の一端はあるかもしれない(我妻さんね)ので、喜んで説得する。

炭治郎さんが先に訓練を進めたことで、炭治郎さんの呼吸法が若干変化していた。
どうやら日中ずっと全集中の呼吸を行っているらしい。
私は呼吸が一切出来ないから、その苦労は分からないけど、我妻さんが中々マネしない所を見ると相当難しいようだ。

最初は上手に出来なくて、夜中に皆にたたき起こされる炭治郎さんの声が聞こえてたりしていたけど、それも無くなり、今では道場で機敏かつ俊敏に走り回っていた。
流石炭治郎さんだ。

それを見てやっと焦った馬鹿二人は、遅れながらも訓練に参加するようになり、
少しずつ練習を進めている。

もっと早く取り組んでいればよかったのに。
唇を尖らせてそう言うと、我妻さんは「名前ちゃんと一緒に居たかったんだよ」とにやりと笑った。
この人、最近なんか気持ち悪い。

でも、私知ってるんだからね。
中々参加しない二人にしのぶさんが声を掛けてくれたことで、積極的に参加するようになったんでしょ。
本当に最低だわ。


「長い事、しのぶさん達にはお世話になりましたね」
「まあ、そうなるね。重症だったから」


我妻さんとお茶を飲みながらのほほん休憩。
ぽかぽか陽気につられて眠気が襲ってくるくらい、とても天気はいい。
お屋敷の花壇には綺麗なお花に加え、沢山の蝶が飛んでいる。
落ち着いた場所だ。

「もうすぐ任務に出れるんですよね。また忙しくなりますね」
「だね。もう当分鬼には会いたくないけどね」
「またそんな事を言う…」

決して冗談とは思えない発言に、私は目を細めて我妻さんを見る。
まあ、気持ちはわからんでもない。
危うく蜘蛛にされそうになり、手足が短くなったんだしね。


「外に、行くんですよね」


ぽつりと呟いた声を我妻さんは拾ってくれたようだ。
「あー…うん」と言葉を濁して頭をかく我妻さん。

しのぶさんのお蔭で、私の事情は鬼殺隊に知れ渡る事になった。
炭治郎さんなんて話を聞いてすぐ飛んできてくれて、私の頭を黙って撫でてくれた。
本当に優しい人なんだよね、炭治郎さんって。

伊之助さんも遠目からジリジリ寄ってきていたけど、我妻さんがいる事に気付いて、二人でまたケンカし始めるし。
何がしたいんだこの二人は、と呆れてしまった。

しのぶさんは我妻さんが任務に復帰したら、私にここに残るよう提案してくれた。
その方が我妻さんも任務に集中できるし、私の身の安全もある程度保証されるだろうと。
凄く有難い話なのだけど、私は少しだけ躊躇してしまった。
我妻さんと一緒に付いていくことが出来ない。

勿論、私は何も出来ない戦えないの使えない人材だから、いくら何でも付いていくのは難しいだろう。

それでも、気持ちが納得してくれない。

私も呼吸が使えたらよかったのに。
我妻さんと一緒に、傍に居れるのに。

「私も剣術初めてみようかな」
「無理無理無理。やめて。生傷だらけになるなんて、俺はごめんだから」
「……」

言ってみただけです!と顔を背ける。
そんなに否定しなくてもよくない?
まあ、事実無理だろうけどね!


「はぁ…」
「何?」


盛大に吐いたため息に我妻さんは反応した。
何?じゃないです。私は自分の無能さを嘆いているんです。

そんな考えを振り払おうと、お茶を口に含んでゆっくり味わう。


「俺が居なくて寂しい?」


突然の我妻さんの言葉に、お茶を吹き出すところだった。

見たらいたずらっ子みたいな顔してるし。
楽しそうですね、我妻さんは。
私をからかって楽しいですか?


「冗談は顔だけにしてください。もうすぐ休憩終わりますよ」
「うわぁああ…もう少し、だけ…」
「ダメです」


私的にはさらっと流して、嫌がる我妻さんの背中を両手で押す。
その時強い風が吹いて、私のポケットから顔を出していたハンカチが舞い上がった。
あ、と思ったら花壇の上空をゆっくり降下してくるハンカチ。

慌てて我妻さんの背中から離れて、ハンカチへと手を伸ばす私。

このまま落ちてきたら、届く。

ハンカチが私の指先に触れた瞬間、私の身体が黒い何かに包まれた。





「名前ちゃん!!」



完全に包まれる直前、我妻さんがこちらに手を伸ばしている姿が見えた。
私も手を伸ばしたけど、届く事はなかった。



そうして私の意識は完全にシャットダウンしてしまったのである。