暫く考えてみたけど、全然わからない。
何で突然羽織なんて出てきたんだろう。
深く考えてたら本当に遅刻するので、カバンを引っ掴んで部屋を出た。
廊下に出ると香ばしいパンの焼ける匂いが広がっていた。
ああ、朝ご飯食べないと。
階段を下りて台所の母と、ダイニングテーブルの父、ソファに座っている和樹に「おはよー」と声を掛けると、同じように返ってきた。
父に向かい合う様に座って、目の前に広がる美味しそうな朝ご飯を頂く。
「今度の週末に日帰りで旅行しようと思うんだけど、名前はどこか行きたい所あるか?」
「え、旅行!?行きたいなぁ。どこにしよう」
父は柔らかく微笑んで新聞を開いた。
いつも父は仕事が忙しくてあまり家にいないけど、週末の家族サービスはどこの家庭よりも徹底している。
たまにこうして旅行に連れて行ってくれるので、本当にありがたい。
私は自分の行きたい旅行先を脳内でピックアップしながら、口に出す。
「そうだねえ。温泉とかもいいけど、いろいろ観光地とか見たいんだよね」
「珍しいな。名前はいつも土産を買う事しか言わないから」
「確かにそうかも。今回はどこがいいかな」
うーん、とパンを一口頬張る。
「和樹はどこか行きたいとこないの?」
「飯が旨けりゃどこでも」
「それは当然」
和樹に話題を振ってみたけど、振り返りもせずにテレビに夢中だ。
前回の旅行では母の希望した場所に行ったので、今回は母は黙って笑っているだけだ。
「結構迷うけど…なんか、京都とか行きたいかも」
「京都?」
新聞から顔を上げて父が問う。
珍しいなとでも言いたげな顔だったので、理由を説明する事にした。
「うん。何か、着物とか…京都みたいな町並みが見たいかも」
普段はあまり着物とかに興味は湧かないんだけどね。
何かたまにはいいかもって思ってしまって。
「じゃあ、京都にしようか」
新聞を閉じて父が言った。
その言葉に嬉しくなって私は頬が緩んでしまう。
牛乳を口に含んで時計に目をやる。
そろそろ用意しないといけないね。
「俺先に行くわ」
「いってら」
和樹がさっさとカバンを手に取って、玄関へと向かう。
私も自分のカバンの中を確認した。
教科書も宿題もあるよね。大丈夫。
「それじゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
父と母が笑顔で見送ってくれる。
玄関にある姿見で最後、自分の姿を確認してからローファーを履いた。
今日は天気がいい。
玄関を開けると、眩しい日光が私を照らしている。
「今日も暑くなりそう…」
瞼をうっすら開けて太陽に目をやりながら、私は学校へと急いだ。
―――――――――――――――
「はあ、イケメンと付き合いたい」
「ずっとそればっか言ってるよ」
昼休みの休憩中。
前の席から身体だけこちらに向けている友達にそう言うと、友達は頭を抱えた。
「もうすぐ夏休みじゃん!なのに、男と遊ぶ予定がないなんて、青春じゃないじゃん!」
「男なら一杯いるでしょ、クラスに」
ほら、と試しに隣の席の男子を指さしてやる。
指された男子は一瞬ビクっとして、ぽかんとしていた。
友達に呆れたように「いや、違うじゃん。相手も私も困るからそれやめて」と言われてしまう。
とは言われても、私、恋愛なんて幼稚園くらいの時の幼馴染の男の子に「すき」って言ったそれしか知らないんだけど。
しかも恋愛ではなかったと思うし、それ。
もうすぐ高校生になろうかというのに、受験生が彼氏作る事に勤しんでどうするんだ。
「あんたも欲しいでしょ?どういうタイプがいいの?」
「タイプねえ…」
ニヤニヤしながら友達が聞いてくるもんだから、真面目に答えるのは気が引けるけど。
でも理想はあるから、言うくらいいいよね。
ポツポツ頭に浮かんだ容姿を口にしてみると、友達の顔が段々引き攣っていく。
「あんたそんなのがいいの?」
「え?そんなダメ?」
あまりの言われように私が吃驚してしまった。
目鼻立ちが良くてイケメン!って言ってないよ、私。
わりと見繕いやすいと思うんだけど。
「守ってあげたい系男子で金髪って、わけわからん」
ウェーイ系なのか草食系なのかどっちかにしてよ、と言われてしまい、困ってしまった。
そんなつもりは無かったんだけどね。
ただ頭に浮かんだのを言っただけなんだけど。
「ギャップがいいっていうじゃん」
「名前って、男を守りたいタイプなの?」
「いやー…わかんない」
「まあ、理想は所詮理想ですから」
はあ、と友達がため息を吐いた所で予鈴が鳴った。
後ろを向いていた友達も前を向いて次の授業の用意を始める。
私も同じように教科書を机から出しながら、さっきの発言について考えていた。
「守って欲しいタイプかも」
ぽつりと出た言葉にちらりと友達が反応したのが分かった。
友達の目は「何を言ってんの?」と言っていた。
私もそう思うけど。
自分でも良くわかんないわ。
何か今日は自分が自分じゃないような気がしてならない。
今まで考えた事なかった物とか、気になるものとか。
そんなのばかり頭に浮かんで困惑する。
疲れてるのかな。早く家に帰って寝よ。
私は放課後入れていた予定を全てキャンセルして、大人しく帰宅する事を決めた。
―――――――――――――
学校の帰り道、イヤホンを耳にさしてスマホで音楽を聴いて歩く。
いつも同じ曲のループなんだけど、気に入っているんだよね
曲に合わせて歩いてみたりして。
この曲を歌うのも好きだ。
家に帰ったら歌ってみようかな。
人に聞かせる気はあんまりしないから、もっぱら家でしか歌わないけど。
もっと上手になったら、友達とカラオケにでも行ってみたいかも。
『えー?俺には上手だと思ったけど』
突然頭に響く声。
ノイズのように走ったそれに一瞬の痛みを感じ、足を止めた。
誰か喋った?
慌ててイヤホンを外して周りを見たけど、道を歩いている人は皆私の事なんて気にしている様子はない。
おかしいな、声が聞こえたような気がしたんだよね。
こめかみをゆっくり擦ってから、またイヤホンを装着する。
何なんだ今日は。
やっぱり疲れてるんだ、勉強のし過ぎかな。
勉強疲れなんてなった事ないんだけどな。
それにさっきと同じ曲を聴いている筈なのに、何だか違って聞こえるし。
何だろう、前はこの曲を聞いてスッキリしていたのに、今は懐かしいような、寂しいような。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。
ずきん、ずきん
あまりの痛さに思わず顔を歪めた。
でも、思考は止まらない。
気になるもの、何で気になったんだっけ?
そう言えば何か懐かしいなって思っちゃったんだよね。
何でだっけ。
友達との会話だってそう。
前は男の趣味なんて全然なかった。
なのに結構はっきり特徴を言ってたし。
テレビのドラマとかで見たんだっけ?
金髪の、
守ってあげたい男子。
『絶対、守るから』
ザザっと頭の中でノイズが走る。
ノイズと一緒に男の子の声が響いた。
昔、誰かに言われたんだっけ…?
洒落にならなくなってきた頭痛に、私はその場に座り込んだ。
イヤホンの音楽も耳に入らない。
何なんだ、これ。
強く頭を押さえ、目の前のコンクリートを睨む。
頭だけじゃなくて視界も揺れ始める。
ぐにゃりとコンクリートが歪んで、違う光景がちらつき出した。
「金色の、」
まるで麦の穂のような鮮やかな金色。
それは横に居た時もあったし、後ろに隠れている時もあった。
でも、ここぞという時には私の前に居て。
最初は頼りない背中だった。
段々筋肉が付いて来て、私と同じくらいだった身長も伸びてしまった。
そんな人が、私を庇う様に前に居た。
ああ、誰だっけ。
視界から金色が広がる。
長い間ずっと見てきたのに、忘れてしまった。
雷に打たれて髪色が変わってしまったんだった。
女の子が好きすぎて、気が付いたら求婚するような人だった。
怖い事があったら泣き喚いて動かなくなるし。
それでも、私を守ると言ってくれた。
「ぜん、いつさん」
思いついた言葉を口にした瞬間、私の世界は崩壊した。