33. 失神

「皆ももうすぐ来るよ。安心して」
「皆…?」

私を安心させるような声色で我妻さんは続けた。
少し微笑んだ我妻さんの顔を見て、私は更にほっとしてしまう。

「皆、名前ちゃんを助けに来たんだよ」

でも、俺が一番だったけどね!と自信満々の我妻さん。
何となく鼻がツンと伸びているような気がして、目の前の鼻を抓ってやりたくなった。

皆…炭治郎さんや伊之助さん達も来ようとしてくれているのか。
まだ皆完全に回復しているわけではないのに、私なんかのために。
心に温かいものが広がっていくのを感じた。

「我妻さんだって、こんなに怖がってるのに…」
「はぁぁああ?」

今度は私が我妻さんの頭を撫でた。
私より震えている癖に。
唇を尖らせた我妻さんは「そういう事言わないでよ」と拗ねてしまったけど。


我妻さんは私の両腕にハンカチを割いて応急処置をしてくれた。
触られるときに痛みが走って、顔を歪めてしまったら、我妻さんが暗い顔で「ごめん」と言った。

「別に痛みは大したことないんですよ」
「違う、痛みもそうだけど…」

俯きつつも手は止めない。
ハンカチを上手に固定しながら結んでいく。

「もうケガをさせるつもりは無かったんだ…」

まるでこの世の終わりみたいな顔で、そう言う我妻さん。
頭の片隅に伊之助さんにボコられた時の事を思い出した。
どちらも我妻さんの所為ではないのに、そんな事をずっと気にしていたのか。

本当に優しい人。炭治郎さんには負けるけど。



応急処置が終わったら、我妻さんは私の手を握り一方向に向かって走り出した。
私の様子を確認しながら走ってくれるので、私も先程よりは幾分楽だ。
我妻さんは耳が良いから、鬼の音が聞こえるんだろう。
鬼とは逆の方向へ向かって走ってると思いたい。



暫く走ったところで、我妻さんは急停止した。



つられて私も止まったけど、我妻さんは手を離して、私に後ろへ下がるように手で合図をする。
ちらっと顔を覗くとさっきよりも更に酷い顔をしていた。
真っ青を通り過ぎて青黒くなった顔色を見て、私も何となくだけど察する。
我妻さんの額には大粒の汗が滲んでいるし、そっと左の腰にある日輪刀に手を掛けようとしていた。


「お前、どうやって入ったんだァ?」


目の前の暗闇からそっと顔だけ露出させた鬼が、口を開いた。
もう追いついてきたのか。それともずっと見られていたのか。

私は我妻さんの背中に隠れるようにして、様子を伺う。


「クソ面倒な事しやがって。……お前も後で食うか」


ちっ、と軽く舌打ちをして鬼は私達を睨む。
そのセリフに我妻さんが小さく悲鳴を上げた。
やばい、またパニックになっちゃう。

背中に手を当てて声を掛けようとしたけど、我妻さんは歯をガチガチ鳴らして恐怖に慄いている。


「もう無理無理無理!頼むから誰か来いよぉおお!!」


突然大きな声を上げてぐずぐず泣き始める我妻さん。
ああ、嘘でしょ。

「はぁ?お前、鬼狩りじゃねえのか。とんだ腰抜けなんだなァ?」

その様子をあざ笑うかのように鬼が言う。
私は鬼を睨みつけたまま、我妻さんの肩に手を置く。

「我妻さん、私が前に行くから…その間に人を呼んできて」

耳元でそう囁くと、恐怖で顔が凄い事になっている我妻さんが叫んだ。


「名前ちゃんを残していくわけないでしょおおお!何のために俺が来たと思ってんの!?馬鹿じゃないの!?」


何で私が怒られてるんだろう。
だったらさっさと何とかしなさいよ。
少しだけイラっとしてしまい、ドン、と我妻さんの背中を鬼の方へ押し出した。




「は、はぁあああ!?…ぁ…」




大きく叫んだ我妻さんは、そのまま私の方へ倒れてきた。
うわ、まずい。と思った時には私の上に我妻さんの身体が降ってきて、それを受け止めようとした私も一緒に倒れてしまった。


「本当に腰抜けかよ、クソだな」


呆れた鬼の声に今だけ同意したくなったが、そんな状況ではない。
無理やり身体を捩って我妻さんの顔を見ると、見事に白目を剥いて失神していた。
このタイミングなのね!?このまずい状況でね!?

我妻さんの脇に手を入れて、少しでも後退する。
まずいまずいまずい。

鬼は面白可笑しそうに笑いながらにじり寄ってくる。


危機的状況であるのにも関わらず、私は別の事を考えていた。


そう言えば前も、こんな事あったな。

あれは初めての任務で病院の鬼と対峙した時だ。
同じように追い詰められた我妻さんが、恐怖のあまり失神してしまい。
それから、どうなったっけ?


背中に竹が当たった。
もう下がれない。
私は逃げる事をやめて、意識のない我妻さんの顔を見た。


『絶対、守るから』


そう言ってくれたこの人を、最後まで信じよう。


我妻さんの頭を庇う様に抱きしめながら、私は固く瞼を閉じた。




「雷の呼吸  壱ノ型」




「霹靂一閃」




その声は静かに響いた。