34. がんばったよね

何が起こったのかと言われると、目を閉じていた私には全貌は見えなかった。
だけど鬼の苦しそうな声が聞こえて、ぼとりと鈍い何かが落ちる音で瞼を開けたら、
私と我妻さんの前にいた鬼の腕が一つ、土の上に転がっていたのだ。
ぼたぼたと水滴が止めどなく流れる。

「な、何が…」

思わず口に出してしまった。
でもそれよりもまず、腕の中にいた筈の我妻さんが居ない。
え、嘘。

ひらりと金色の羽織が私の顔に当たる。
我妻さんはいつの間にか私の前に立っていた。
手を伸ばして、私の顔の前に広げる。
まるで庇う様な仕草に私は目を見開いた。

「あの…?」

彼は意識を失って倒れていた。
なのに今は私を守るように立ち上がり、鬼と対峙している。
依然見た光景とのデジャブ感に襲われながら、私は再度口を開いた。



「善逸、さん?」



彼は何も言わない。
けれど、震えていた足もガチガチになっていた歯も今は静かだ。
迷う事無く再度技を出そうと刀に手を掛けている。
左足が後ろに下がり、彼の身体が前傾姿勢で停止した。

周囲の空気が変化した。
バチバチと私でも聞こえる電気が走るような音。
小さい雷が彼を中心に起こり、威圧感のある空気がそこにはあった。


「コイツ…ッ!何なんだァ!?」


鬼が慌てたように無くなった腕に手を当て、唾を飛ばしながら叫んだ。
そして一瞬で私達と距離を開けるため、後ろへ跳躍する。

でも私には分かってしまった。
それくらいでは逃げられない。
彼は雷の呼吸の使い手、一撃必殺の剣士。

考えるよりも先に善逸さんが動いた。


「雷の呼吸」


すうっと大きく息を吸った善逸さん。
次が来る、と思った時鬼は残った手を構え始めた。

「させるかァ!!」

一瞬、善逸さんの身体がフリーズする。
先程私がやられた術かもしれない。

でも、善逸さんは立ち上がったまま、刀を掴んだまま。
そしてプルプルと全身が震えたと思ったら、彼を固定していたものがはじけ飛んだように感じた。

その証拠に善逸さんはさっきと同じような姿勢に戻る。


「雷の呼吸 壱ノ型」


聞きなれた呼吸音が聞こえる。




「霹靂一閃」




私には技を出すまでスローモーションのように思えた。
でも、どれだけ目を見開いていても善逸さんの動きが途中で見えなくなった。
私の目に善逸さんが映った時には、鬼の体は2つに分かれていた。


技が当たる瞬間、鬼は自分の持てる能力を全て善逸さんに向け、攻撃を仕掛けていた。
先程までの余裕たっぷりの顔はどこへ行ったのか。
その顔は初めて対峙する自分よりも強い相手に対して、恐怖に慄いているそれだった。
全ての攻撃を避けたのだろう、一つも当たる事がなかったそれ達が、私の目の前でぼとぼとと虚しく落下した。
そして、あれだけ私達を苦しめていた鬼は、一瞬の内に倒れ込んだ。


首がころころ、と私の目の前に転がってきた。
鬼は自分が首を斬られた事について、理解が追いついていないような顔をしていた。


「ハァ?死ぬのか、俺が?」


驚き絶望した顔で鬼が言った。
腰が抜けていた私は、鬼の顔の前へ何とか身体を持ってくる。

鬼はキリっと私を睨みつけ、そしてにやりと笑う。



「まだだ…」




どう言う事?

鬼に問いただそうとした時だった。
鬼の体だけが立ち上がり、技を出して固まった善逸さんに向かって腕を伸ばしたのだ。
腕は鋭い鋭利な形へと変貌した。

それが目に入った瞬間、私は叫ぶよりも先に走り出していた。




フラフラだった私の身体でも問題なかったようだ。

善逸さんの背中に倒れるように被さった時、私の脇腹を鬼の腕が貫いた。




「…まあ、いい。どうせもう元の時代には帰れないんだ。俺と一緒にここで死ね」




クックック、と気味の悪い声だけを残して、完全に鬼の首は消えた。
それに伴い身体も消えていった。
私の脇腹のそれも。



「うぇ、重っ!!」



私が被さった衝撃で善逸さんが気付いたのか、慌てて振り返った。
善逸さんの肩に掴まったまま、私は何とか口を開く。


「女子に対して、失礼ですよ…?」


でも、限界みたいだ。
ずるり、と身体がゆっくり背中から落下する。
地面に激突する前に、善逸さんが優しくキャッチしてくれた。


「名前ちゃん…?は?何で?」


私の様子にやっと気付いたようだ。
ドクドクとやたら五月蠅い心臓の音が私の耳にも聞こえる。
私の脇腹と、顔を交互に見つめた善逸さんの顔が真っ青になっていく。

目の淵に大粒の雫がじわじわと溜まるのを目にして、私は理解した。

本当に正夢だったのかもしれない。
幼い頃から見てきたそれと幾分変わらない結末。
でも不思議と怖くない。
鬼に食われるのは怖いと思っていたのに、変なの。


「ぜん、」


声が上手く出せない。
もっとお話ししたい事、一杯あったんだけど。
残念だな。

さらさら揺れる金色の綺麗な髪。
これに焦がれて何年経っただろう。
幼い頃からだと覚えてないくらい前からかな。


「名前ちゃん、絶対助けるから!血、血をすぐに止めるから…!」


泣きながら私の脇腹を押さえつける善逸さん。
あーもう、泣き虫だなぁ。

声が出せないから、私はゆっくり首を振った。

意味が通じてくれたらいいんだけど。


それを見た善逸さんは、さらに目を細めてぽたぽたと雫を落とした。



「ま、まだダメだよ!家に、帰るんだろ!?」



悲痛な声に私は答えられない。

家には帰れない。
鬼が滅せられた今、もう術はない。
もう諦めてたからいいんだよ。
善逸さんが泣く必要はないよ。


「それに、俺…まだ、伝えてない事あるんだ、ねえ、名前ちゃん」



コクリと首を微かに動かす。
もう動くのも無理そうだ。

でも、ちゃんと聞くよ。
最期に。





「好きだ、ずっと。好きなんだよ!!」





だから、死なないでよ、と私の肩を優しく包む善逸さん。
あぁ、温かいなぁ。

善逸さんは欲しい時に欲しい言葉をくれる人。

手足がどんどん冷たくなっていくのを感じるけど、心はぽかぽかする。
私の手が動けば抱きしめ返すことが出来るんだけど。

残念だな。



「すき」



ぎこちなく笑って見せた。
何とか最後には言葉になったようだったので、これで満足しておく。

私、頑張ったよね?

ずっと頑張ったよ?

もう、寝てもいいよね。


家族の元には帰れなかったけど、魂だけなら帰れるかもしれないね。

まあ、もうどっちでもいいんだけど。



おやすみなさい。