35. 帰ろうよ

「すき」


そう言って弱々しく微笑んだ彼女は、大きく息を吸って瞼を閉じた。
彼女の音までもすぐに鳴りやみそうなくらい弱っている。
死なせるわけにはいかない、彼女だけは。
泣いてる場合でもない。


自分の羽織の袖を千切って、彼女の傷口に押さえつけた。
じわじわと染み込んでいく血の量に、愕然としながらも俺は次々に羽織を割いていく。
ここで止めないと、このまま帰るまで持たない。
内臓を傷つけているのかどうかは分からないけど、出血多量で死ぬことの方が可能性としてはある。

いい加減、誰か来いよ!
俺だけじゃ名前ちゃんが死んじゃうんだよ!

くっ、と自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
守るといいつつ、自分の手から零れ落ちるなんてしたくない。

俺の思いが通じたのかわからないが、遠くの方で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声は遠い、まだ距離はあるけど、それでも状況は打開出来た。


「炭治郎ぉおおお!!こっちだぁぁぁ!!」


出来うる限りのバカでかい声で叫んだ。
炭治郎なら匂いで場所を特定するだろうが、一刻を争うんだ。

段々名前ちゃんの体温が下がってきている。
袖が殆どなくなった羽織を彼女の身体の上へかけてやった。


「善逸、名前、血の匂いが…」


茂みから現れたのは木箱を背負った炭治郎だ。
その後ろには伊之助も見える。

俺と名前ちゃんの様子を見て炭治郎の顔色がさっと変化した。
そして、慌てて俺に近付くと名前ちゃんの傷口をそっと覗いた。

「血が、血が止まらないんだ、炭治郎……」

さっきから傷口を押さえても押さえても止まる気配がない。
情けないけど、縋りつくような声が出た。
眉間に皺を寄せて炭治郎が俺の顔を見る。


「善逸、落ち着け。血を止める方法がある筈だ」


俺の肩に手を置いて、俺の動揺をかき消すように穏やかに言う炭治郎。
伊之助の様子も普段よりも焦ったような様子で、名前ちゃんの脈を測っていた。


「やべぇぜ。時間がねぇ」


名前ちゃんの傷口付近の羽織を伊之助が裂く。
確かに思っていたよりもかなり傷は深そうだった。
伊之助の顔が「どうする?」と俺と炭治郎に問いかけていた。
炭治郎は意を決したように、一つの案を口にした。


「傷口を焼けば、血は止まる」


だが、と炭治郎が苦しそうに言葉に詰まった。
炭治郎の言葉を聞いて、俺は気が遠くなるのと同時に恐ろしくなった。


「名前ちゃんに、このまま傷口を焼けって言うのか!?」


思わず大きな声が出た。
年頃の娘なんだ。男じゃあるまいし、傷を作ってしまったら、彼女はどう思うか。
しかもこの場には麻酔すらない。
その状態で傷口を焼くとどうなるんだ。

でも、このまま放置して助からなかったら、俺は後悔するかもしれない。
どうしたらいいんだ。


血で染まった手で頭を抱えた。
助けたい、助けるに決まってる。
だけど、一生残る傷になる。

いいのか!?




「おい腰抜けども、誰もやらねェなら、俺がやるぜ」




俺と炭治郎の空気を読んだ伊之助が口を開いた。

慌てて伊之助の方を見る俺と炭治郎。


「伊之助、お前…いいのか、名前ちゃんが、」
「死なれるより恨まれる方がマシだろうが」


そのまま伊之助は自分の日輪刀に手を掛けた。
日輪刀を焼く気だ。


「待て、伊之助」


それを見た炭治郎が何か閃いたように、伊之助を止める。
キィ、と音を立てて禰豆子ちゃんが木箱からそっと顔を出す。
俺は禰豆子ちゃんを見て、炭治郎が何を言いたいのか悟った。
禰豆子ちゃんなら、名前ちゃんは苦しむ事はないだろう。
だけど、傷は…




「傷口を焼くなら、火傷の痕が残るかもしれない。善逸、いいのか?」



険しい顔で俺に問いかける炭治郎。
俺は自分の涙を隊服の袖で乱暴に拭った。



「傷が残って恨まれるなら俺だ。責任も取る」



彼女は俺を庇ったんだ。
全部の責任は俺にある。

彼女が一生傷が出来た事で苦しむなら、俺がなんとかする。

元より責任は取るつもりだ。


だから、お願いだ。

名前ちゃんを、死なせないでくれ。



「頼む、炭治郎。禰豆子ちゃん」



炭治郎の拳を俺は固く握って、頭を下げた。
こくりと炭治郎が頷き「禰豆子」と声を掛けた。

禰豆子ちゃんが自分の爪で指先に傷を作った。
そしてぽたぽたと滴る血をそっと名前ちゃんの身体に垂らし、両手で傷口を隠すように押さえつける。

一瞬の内に燃え上がる名前ちゃんの身体。
名前ちゃんの身体を支えている俺には全く燃え広がらないし、全く熱くない。

燃えている間、名前ちゃんの顔は穏やかで、一つも苦しそうに見えなかった。



「血が、止まった?」


禰豆子ちゃんの手が身体から離れると、傷口の出血は止まっていた。
慌てて名前ちゃんの音を聞くと、浅い呼吸音だが先程より安定していた。
俺はその音を聞いて、酷く安心しまた更に涙が込み上げてくる。


「さあ、帰ろうよ、名前ちゃん」


ぎゅうっと小さな体を抱きしめたまま、俺は鼻水やら涙やらが止まらない
ありがとう、と炭治郎と禰豆子ちゃんに言って俺は彼女を優しく抱き上げた。


一緒に帰ろう。