「すき」
そう言って弱々しく微笑んだ彼女は、大きく息を吸って瞼を閉じた。
彼女の音までもすぐに鳴りやみそうなくらい弱っている。
死なせるわけにはいかない、彼女だけは。
泣いてる場合でもない。
自分の羽織の袖を千切って、彼女の傷口に押さえつけた。
じわじわと染み込んでいく血の量に、愕然としながらも俺は次々に羽織を割いていく。
ここで止めないと、このまま帰るまで持たない。
内臓を傷つけているのかどうかは分からないけど、出血多量で死ぬことの方が可能性としてはある。
いい加減、誰か来いよ!
俺だけじゃ名前ちゃんが死んじゃうんだよ!
くっ、と自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
守るといいつつ、自分の手から零れ落ちるなんてしたくない。
俺の思いが通じたのかわからないが、遠くの方で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声は遠い、まだ距離はあるけど、それでも状況は打開出来た。
「炭治郎ぉおおお!!こっちだぁぁぁ!!」
出来うる限りのバカでかい声で叫んだ。
炭治郎なら匂いで場所を特定するだろうが、一刻を争うんだ。
段々名前ちゃんの体温が下がってきている。
袖が殆どなくなった羽織を彼女の身体の上へかけてやった。
「善逸、名前、血の匂いが…」
茂みから現れたのは木箱を背負った炭治郎だ。
その後ろには伊之助も見える。
俺と名前ちゃんの様子を見て炭治郎の顔色がさっと変化した。
そして、慌てて俺に近付くと名前ちゃんの傷口をそっと覗いた。
「血が、血が止まらないんだ、炭治郎……」
さっきから傷口を押さえても押さえても止まる気配がない。
情けないけど、縋りつくような声が出た。
眉間に皺を寄せて炭治郎が俺の顔を見る。
「善逸、落ち着け。血を止める方法がある筈だ」
俺の肩に手を置いて、俺の動揺をかき消すように穏やかに言う炭治郎。
伊之助の様子も普段よりも焦ったような様子で、名前ちゃんの脈を測っていた。
「やべぇぜ。時間がねぇ」
名前ちゃんの傷口付近の羽織を伊之助が裂く。
確かに思っていたよりもかなり傷は深そうだった。
伊之助の顔が「どうする?」と俺と炭治郎に問いかけていた。
炭治郎は意を決したように、一つの案を口にした。
「傷口を焼けば、血は止まる」
だが、と炭治郎が苦しそうに言葉に詰まった。
炭治郎の言葉を聞いて、俺は気が遠くなるのと同時に恐ろしくなった。
「名前ちゃんに、このまま傷口を焼けって言うのか!?」
思わず大きな声が出た。
年頃の娘なんだ。男じゃあるまいし、傷を作ってしまったら、彼女はどう思うか。
しかもこの場には麻酔すらない。
その状態で傷口を焼くとどうなるんだ。
でも、このまま放置して助からなかったら、俺は後悔するかもしれない。
どうしたらいいんだ。
血で染まった手で頭を抱えた。
助けたい、助けるに決まってる。
だけど、一生残る傷になる。
いいのか!?
「おい腰抜けども、誰もやらねェなら、俺がやるぜ」
俺と炭治郎の空気を読んだ伊之助が口を開いた。
慌てて伊之助の方を見る俺と炭治郎。
「伊之助、お前…いいのか、名前ちゃんが、」
「死なれるより恨まれる方がマシだろうが」
そのまま伊之助は自分の日輪刀に手を掛けた。
日輪刀を焼く気だ。
「待て、伊之助」
それを見た炭治郎が何か閃いたように、伊之助を止める。
キィ、と音を立てて禰豆子ちゃんが木箱からそっと顔を出す。
俺は禰豆子ちゃんを見て、炭治郎が何を言いたいのか悟った。
禰豆子ちゃんなら、名前ちゃんは苦しむ事はないだろう。
だけど、傷は…
「傷口を焼くなら、火傷の痕が残るかもしれない。善逸、いいのか?」
険しい顔で俺に問いかける炭治郎。
俺は自分の涙を隊服の袖で乱暴に拭った。
「傷が残って恨まれるなら俺だ。責任も取る」
彼女は俺を庇ったんだ。
全部の責任は俺にある。
彼女が一生傷が出来た事で苦しむなら、俺がなんとかする。
元より責任は取るつもりだ。
だから、お願いだ。
名前ちゃんを、死なせないでくれ。
「頼む、炭治郎。禰豆子ちゃん」
炭治郎の拳を俺は固く握って、頭を下げた。
こくりと炭治郎が頷き「禰豆子」と声を掛けた。
禰豆子ちゃんが自分の爪で指先に傷を作った。
そしてぽたぽたと滴る血をそっと名前ちゃんの身体に垂らし、両手で傷口を隠すように押さえつける。
一瞬の内に燃え上がる名前ちゃんの身体。
名前ちゃんの身体を支えている俺には全く燃え広がらないし、全く熱くない。
燃えている間、名前ちゃんの顔は穏やかで、一つも苦しそうに見えなかった。
「血が、止まった?」
禰豆子ちゃんの手が身体から離れると、傷口の出血は止まっていた。
慌てて名前ちゃんの音を聞くと、浅い呼吸音だが先程より安定していた。
俺はその音を聞いて、酷く安心しまた更に涙が込み上げてくる。
「さあ、帰ろうよ、名前ちゃん」
ぎゅうっと小さな体を抱きしめたまま、俺は鼻水やら涙やらが止まらない
ありがとう、と炭治郎と禰豆子ちゃんに言って俺は彼女を優しく抱き上げた。
一緒に帰ろう。