05. もう知らない

私達が鬼を退治してその場に呆然としていたら結構な時間が経過していたらしい。
暫くしたら、顔を布で隠した鬼殺隊の隊服を身に纏った人たちが病院内に入ってきた。
戸惑いながら気絶した我妻さんを庇おうとしたら、一人の女性が近寄ってきて優しく説明してくださった。
彼らは鬼殺隊の隠密部隊だそうだ。主に後処理やけが人の手当てなんかを目的としているらしい。
我妻さんは残念ながらまだ意識が無かったので、詳しい事情は私から説明しておいた。

その説明をしている最中、視界の片隅でサチコさんが彼らに連れて行かれるのが見えた。

「あの、サチコさん……」

連れていかれる寸前、思わず声を上げると、サチコさんは悲しげに微笑んだだけだった。


「この惨劇の中、ほぼ無傷だったことが信じられませんね」

隠の女性隊員にそう言われながら、私は右手の手当てを受けていた。
病院内だけあって、手当てに必要な備品は揃っているみたいだし。
自分の右手が包帯によってぐるぐる巻きになったのを眺めながら、私ははあ、と一息ついた。
隣のベッドでは我妻さんが寝かされている。

「そうですね。そう言えば、他に生存者は…?」

思い出したように尋ねると女性は言い辛そうに「一部の亡骸なら」と答えた。
それを聞いて胸が痛くなったけれども、どこかで「やっぱり」と思う自分がいた。
鬼は異能を使えたようだった。患者に暗示をかけ、一度家に帰してから書置きを残すようにしていたという。
その方が証拠が残りにくいし、患者自ら家を出ているため、捜索も出されにくいのだろう。
亡骸だけでも家族の元へ帰れますように、私は心の中で祈った。

チュン、チュン。
チュン太郎ちゃんが私の頭上を飛んで鳴き始めた。
そう言えばこの子、戦闘中いなかったなあ、と思いつつ、チュン太郎ちゃんに向かって指を差し出す。
そっと私の人差し指に飛び乗る様子が可愛くて仕方ない。

チュン太郎ちゃんが鳴き始めたという事は、早速次の任務になるのだろうか。
心労半端ないけど、仕方ないよねとまたため息を吐いて、私は隠の人にお礼を言った。

少し砂埃で汚れてしまった着物の裾を見る。
可愛い着物だけど、私が着物で動き慣れていないから今回は辛かった。
着物よりはセーラー服の方がまだ動きやすいし。
残念だけど、また着替えるしかないかもしれない。

折角上がっていたテンションもダダ下がりである。

可愛いと思ってくれていただろうか。

横で眠りこける人に視線を戻すと、相変わらず幸せそうに鼾をかいていた。
人の気も知らないで。はあ、むかつく。

無事だった部屋を一つ借りて、私はセーラー服へと着替えた。
若葉色の羽織だけを上から羽織って、スクールバッグに入れておいたローファを取り出した。
暫くはこれとお付き合いすることになるだろう。

我妻さんが寝ている部屋へと戻ってきたら、なんと我妻さんが起きていた。
また状況が読めていないみたいで、上半身を起こし、首をブンブン回していた。
隠の人もさっさと引き上げていたみたいで、一人ポツンだったみたい。

「起きました? 次の任務に呼ばれていますよ」
「ええぇ? さっき終わったばっかじゃん! さっきだよさっき!」

ガシっと私の肩を掴んで泣きべそをかく我妻さん。
ですよね、私もそう思いますけど。こればかりは仕方ないですよ。
我妻さんの頭をよしよしと撫でて「行きましょ」と声を掛けた。

ぐすんと涙を拭った我妻さんと一緒に私は病院を出ることにした。
我妻さんは鬼が滅せられた直後の記憶がないらしい。いつの間にかベッドの上に転んでいて、部屋の中は大暴れしたように崩壊していたから、血の気が引いたと。
記憶がない、というのは一時的なものなのか、少し気になるところではあるけれども。

「チュン、チュン!」

私達の前をチュン太郎ちゃんが先導していく。
ここからそう遠くないのだろうか。ふらふらと飛ぶチュン太郎ちゃんを見つめて、街を出て畑と畑の間の道を歩いていく。
すると来た時寄ったお団子屋さんが見えた。
店の前を通ろうとした時、暖簾の向こう側にいた奥様がこちらに気付いた。

「あ、お嬢ちゃん! そんな疲れた顔してどうしたのさ。良かったら、これを持っていきなさい」

大慌てで店から出てきたと思ったら、小さい袋を用意してくれる奥様。
さっきまでの悲しい気持ちが少しだけ晴れるようだった。

「我妻さん、私ちょっとお店に行きますので、待っててください」
「あー…うん」

まだ眠気が取れない様子の我妻さんにそう声を掛けて、私は店へと入った。


「こんなに頂いていいんですか? お金払います!」
「いいのいいの。…それにあんた達なんかあったんでしょ。子供がそんな顔してちゃダメよ」

渡された袋にはずっしりとした重みがある。
それだけで少なくない量のお団子が入っている事が分かった。
奥様に会計を固辞されてしまったので、できうる限り丁重にお礼を言って私は店の外へと出た。


「お待たせしました、って…あれ?」


さっきまで店の外にいた筈の金髪がいない。
厠かしら?と首を傾げていると女性の悲鳴に似た声と、良く知る泣き声が聞こえてきた。

「頼むよ! 結婚してくれ! 助けてくれよぉおお!」
「ヒィイイ…!」

お店から少し歩いた道の先、お下げの女の子に縋りついて求婚しているバカがいた。

その光景を目にして一瞬で血の気が引いていく。
思わず手に持つお団子を落としそうになったが、ぐっと堪えた。

あ、あの人…なにしてるの?

ふらふらと金髪バカに近づいていく私。
その間も女の子に、気色悪い言葉を吐きながら結婚を申し込む金髪バカもとい我妻さん。
周りの音が全く聞こえなくて、我妻さんの声だけが耳に入ってくる。

「助けてくれ! 結婚してくれ!」

結婚してくれ…? え? 何を言っているの、あの人。
全身から力が抜けていく。衝撃的な光景すぎて頭の理解が追い付かない。

もう一度我妻さんが叫んだ時、急にぐいっと我妻さんの身体が持ち上がった。

「何してるんだ道の真ん中で! その子は嫌がっているだろう!」

緑の市松模様の羽織を着た男の子が、我妻さんに怒鳴っていた。
その背中には大きい木箱が背負われており、よく見ると腰には日輪刀が刺さっている。
だけどもそんなことを考える余裕は私にはなかった。

「その子は俺と結婚するんだ、俺のことを好きなんだから!」

その男の子と我妻さんが言い合いをし始めたと思ったら、
ひと際大きな声でそう叫んだ。

バリン、と心のガラスが割れたような音がした。


「我妻さん?」


気が付くと私は我妻さんの後ろに立っていた。
ヒッ、と小さく声を上げて我妻さんがゆっくり振り返る。
その顔は恐怖で固まっているように見えた。

「なに、してるんですか」

自分でもこんなに低い声が出るとは思わなかった。
ばっと横にいた男の子が更に横へと退いた。
彼に手に持っていたお団子の袋を無理やり託して、私は我妻さんに詰め寄る。

「何を、と聞いているんですが?」

目と鼻の先まで近づき、我妻さんの目を見つめる。
ぎょろぎょろと眼球が暴れているのが良く分かった。

「い、いえ…あの、名前ちゃん? こ、これは、あの、冗談…」
「冗談?」

まるで母親に叱られる子供のように、その場でわかる嘘を見繕う我妻さん。
私は我妻さんの襟を掴んでもう一度問う。

「何をしていたのですか?」

自分の身長が足りない事をここまで悔やんだことはない。
私に筋力があれば、この金髪バカを持ち上げて晒し首にでもしてやるのに。
邪な考えが頭を過った時「落ち着いて!」と横にいた男の子が私を羽交い絞めにする。

いつの間にかお下げの女の子はこの場から消えていた。
市松模様の羽織の彼が逃がしてくれたようだ。
男の子の力で私は自由がきかないが、我妻さんの目から視線を外さずにいた。


「……もういいです」


ふっと自分の力を緩めると、男の子も羽交い絞めから解放してくれた。

この金髪バカ。もう知らない。