「竈門炭治郎さん、とおっしゃるんですね。いいお名前ですね」
道歩く女の子にセクハラをかましていた我妻さんを、止めに入ってくれたのは竈門炭治郎という男の子だった。
歳はきっと私たちとそう変わらない。
ただ纏う雰囲気がとても優しくて、善意が服を着て歩いているような、そんな人だと思った。
竈門さんを間にして三人横並びで歩いていく。
右端には未だ狼狽えながらぐすぐす言っている金髪がいるけど、無視しとく。
「炭治郎と呼んでくれ。俺も名前と呼ぶから」
爽やかな笑顔を向けられて、私は心が安らぐのを感じた。
ああ、そうそう。こういうのをイケメンっていうのよ。
それに引き換え、あの金髪め。
未だに胸に燻る感情は癒える事はない。顔には出さないだけで。
「炭治郎さん。そう言えば炭治郎さんも鬼殺隊員なのですよね? こちらの方角に任務ですか?」
「ああ、鎹鴉がさっきまでこっちの方角だと鳴いてたからな」
「そうなんですね。もしかしたら、同じ任務かもしれませんね」
私が炭治郎さん、と言った瞬間。
我妻さんの顔が目に見えてショックを受けたのが分かった。
「な、なんで…炭治郎には、名前で…」とブツブツ言ってるけど、無視無視。
それを引き攣りながら見つめる炭治郎さんだったけれど、気を取り直して私の方を向いてにこりと微笑む。
「それより、名前は何で善逸と一緒に旅をしているんだ?」
「え? 偶々ですよ」
「た、たまたま…」
私の一言でまた更に顔色を失う我妻さん。
炭治郎さんは私が鬼殺隊員でないのにも関わらず、我妻さんと行動を共にしている事に疑問を持ったようだ。
私は基本丸腰な上、戦闘力0の非戦闘員。一緒にいても役に立たないのは、昨夜の戦いで存分に思い知った。
「名前?」
「いえ、ほんと大した理由はないんです」
ただ、我妻さんが私を守ってくれるから。
それだけの理由だっただけ。
湿っぽい雰囲気をかき消すように、炭治郎さんの鴉が鳴き始めた。
「炭治郎、善逸、共ニ向カエ! 次ノ場所マデ!」
我妻さんはサっと表情を青くした。
鴉の話では、どうやら目的地は近いようだった。
険しい山へと入り、木々生い茂る道を通っていく。
なかなかローファーで山道を歩くのは至難の業だ。
私が歩きにくそうにしている様子をキョロキョロと我妻さんは見ていたけれど、敢えて無視したまま私は何とか歩を進める。
暫く歩くと木と木の間に、木造の家が見えた。
普通のお家のように見えるけど、何だろう。どこか冷たい空気を感じる。
反射的に我妻さんを見たら、両耳に手を当てて音を聞いているのが分かった。
「あがつ「血の匂いがするな」」
いつものように、何の気なしに我妻さんに声を掛けようとしてしまった。
炭治郎さんが言葉を遮るように言ってなかったら、怒ってたことを忘れる所だった。
「えっ? 何か匂いする?」
我妻さんが声を上げる。
右に同じく。私にも全然わからない。
もしかしたら、炭治郎さんは犬の生まれ変わりなのかもしれない。
「それより、何か音しないか?」
「音?」
今度は我妻さんが耳を澄ませてそう答える。
左に同じく、私は全然分からない。この人達、本当に人間なんだろうか。
後ろの草むらから、カサっと音がした。
三人で慌てて振り返ると、小さな女の子と男の子が草木に隠れ、震えていた。
「子供だ…」
そう言う我妻さんの声が震えている。
この人何でも怖がりだな。
全く役に立たない金髪をよそに、私は幼い男の子と女の子にそっと近づいた。
「もし、どうしたの?」
私の後を炭治郎さんが続く。
なるべく怖がらせないように声色に気を付けて。
何故なら、彼らの表情は恐ろしいものを見たかのように強張っていたからだ。
そういう意味では私の後ろの金髪も同じような顔をしているけれども。
二人は何も喋らない。
さてどうしようかなと思った時、炭治郎さんが自らの掌にチュン太郎ちゃんを乗せ「手乗り雀だ!」と見せてあげた。
その様子に安心したのか、二人でへなへなと座り込んでしまった。
「大丈夫? 何かあったの?」
腰砕けになった二人の背中に手で摩りながら顔を覗き込む。
まず、女の子は静かに泣き始めた。
「そこは二人の家?」
「ちがう…ちがう」
炭治郎さんが後ろの家を指さしながら聞くと、男の子の方がハッキリそう言う。
そしてガタガタと震えながら「化け物の、家だ」と付け加える。
私と炭治郎んさんはお互いの顔を見合わせて、こくりと頷く。
十中八九、鬼の事だろう。
「兄ちゃんが連れてかれた。夜道を歩いていたら、俺達には目もくれないで、兄ちゃんだけ…」
男の子の言葉に驚愕する。
目の前で兄弟が攫われたのに、ここまで二人で追ってきたんだ。
男の子と女の子の頭を撫でながら、私は二人の横に座った。
「兄ちゃんの血の痕を辿ったんだ…」
絶望に打ちひしがれているような声色だ。
相当怖かっただろうに。
「大丈夫だ。俺たちが悪い奴を倒して、兄ちゃんを助ける」
笑顔でそう言い切る炭治郎さん。
この人の言葉には、まるで本当にそうなると思わせる力があるようだ。
二人の顔がさっきよりも晴れやかなのが、それを物語っている。
「炭治郎」
さっきまで黙っていた我妻さんが口を開いた。
顔は家の方へ向いたまま、手を耳に当てて。何かを聴こうと、集中するように。
「なぁ、この音何なんだ?気持ち悪い音……ずっと聞こえる。鼓か?これ」
鼓の音?
私の耳には何一つ聞こえはしないけれど、我妻さんには聞こえてるんだ。
ふと私も家の方に顔を上げたその時。
ポン、ポン、ポンと軽快に鼓の音が響く。
そして二階の窓から、血しぶきと共に人がダイブしてくるのが見えた。
「見ちゃだめ!」
反射的に私の後ろにいた子供たちに叫び、慌てて二人の顔を隠すように私が前に立つ。
ドシャァと嫌な音を立てて、人が地面へ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
とっさに炭治郎さんが落ちた人に駆け寄っていく。
流石だ。私たちは棒立ちで見る事しかできなかったのに。
二人の前に立ちながら私の下半身も震えている。
これじゃあ、我妻さんの事言えないよね。
「あ、あ…出られ…たの…に」
男性だろうか。
彼は絞り出すような声でそう言うと、静かに息を引き取った。
くたりと力を失った手を、炭治郎さんが強く握っている。
途端、その場に響く鼓の音とそして唸るような地響き声。
ビリビリと身体まで震えるような、そんな振動。
感覚で分かる、これは鬼だと。
昨夜退治した鬼と比較にならない鋭さを持つ声。
これは、本気で不味い状況かもしれない。
私は自分の羽織の裾をぎゅうっと掴んで、少しでも恐怖を紛らわせようとしたけど、
大した役には立たなかった。
あー…死にそうだな、私。
我妻さんが乗り移ったかのような思考になっている事に気付き、心の中でため息を吐いた。