09. 横転


時間が経つにつれ、触手がドンドン肥大化していっている。
私の短刀では切り捨てる事が出来なくなってきた。
例えこの刀が折れたとしても、止めるわけにはいかない。
誰一人死なせない。

炭治郎さん達が鬼に攻撃を仕掛けているんだと思う。
その度に列車全体が大きく揺れて、車両の壁に身体をぶつけてしまった。

「いったぁ…」

肩を背もたれにぶつけてしまったが、何とか立ち上がる。
あれ、でも本当に洒落にならないくらい列車が揺れているんだけど。
ぐわんぐわんと視界が歪んでいるような感覚になるが、私がおかしいのではなくて、
現実に列車がそれだけ揺れているんだろう。
斜め横でしゃがみながら錐で応戦してくれている少年も、口を押えて客席の足に掴まっている。

もしかして、横転するんじゃないの…?

事実、触手は肥大化してはいるが、思った以上に耐久性は大したことがない。
それにもう殆ど攻撃らしい攻撃もしてこない。
触手までに力を分散出来ないんだ。
それだけ炭治郎さん達が強い攻撃を仕掛けているということが、ここからでもわかる。

ただ、この列車が横転するとなると状況はまずい。
現代の電車で考えると横転=乗客の死に直結する。
電車ほどスピードが出なかったとしても、無事で済まないかもしれない。

まずい。


物凄い勢いで良くない想定が頭を駆け巡る。
何が、出来る?この状況で。
全然正解なんて分からないけど、出来る事をやろう。

ぐらぐらと揺れる車内で、私はゆっくりと前へ進む。
私の羽織を被せた少女をゆっくり背中に担ぎ、少年の所まで連れてきた。

「お願い、この子たちを…」

こくりと少年が頷く。
顔色が悪い。相当無理している事が分かる。
それでも、彼を頼らずにはいられない。
私だけではきっと無理だ。

あとは他の乗客、善逸さんと禰豆子ちゃん達の様子も、確認して…

なんて考えて立ち上がったその時だった。



「ギャァアアアア!!」


思わず耳を塞ぎたくなるほどの断末魔が列車全体に響く。
それだけではない。
これまでの比ではないくらい、列車が揺れる。

あまりの揺れに通路から、窓付近まで吹っ飛ぶ私。

視界の端に禰豆子ちゃんがこちらに駆けてくるのが見えた。
だけど、禰豆子ちゃんの身体も列車の揺れに抗えず、客席に叩きつけられてしまう。
痛みなんて関係ない、気が付いたら身体が動いていた。


「禰豆子ちゃん!!」


禰豆子ちゃんの倒れた通路までやってくると、私は禰豆子ちゃんの身体の上に被さった。
意識を失った禰豆子ちゃんに代わって、必死に客席の足にしがみ付く。

少年が私を呼ぶ声も聞こえたけど、反応できない。
身体が無重力にいるような感覚になった時、列車が横転したんだと理解した。



その時、禰豆子ちゃんを庇う私の背中にふわっと何かが添えられた。





手だ。





揺れる視界の中、無理やり瞼を開けたら、善逸さんがそこに居た。
私と禰豆子ちゃんを抱きしめながら、頭を低くしている。

私も片手で善逸さんの羽織をぎゅうっと握りしめ、腕に力を入れた。
そんな努力も虚しく、大きく列車が跳ねた拍子に私達は、壁を突き破り外へと吹っ飛ばされてしまった。


何が起こっているかわからない状況の中で、善逸さんの腕が私達を強く抱きしめていた事だけは分かった。







―――――――――――――




乗客たちの悲鳴で私は目を開けた。


上半身を起こすと、そこは土の上で私たちの横には列車が横転したまま、転がっていた。
中からは眠りから目覚めた乗客の声が聞こえ、ケガをした人も窓から確認できた。
外に放り出された際に色々ぶつかった様だが、私自身には特に目立ったケガは見当たらない。
私の横にいる禰豆子ちゃんも同様だ。

だけど


私達を抱きしめていた善逸さんは、顔を上に向けた状態で気を失っている。
頭から出血しているようだ。地面にじわりと広がる小さな血だまりに、取り乱しそうになる気持ちを必死で押さえて、善逸さんの顔の横へ移動した。

「善逸さん、善逸さん!」

声を掛けても返事がない。
頭は動かさないほうが良いだろう。
着物の袖を短刀で裂き、軽く頭に巻いてやる。

着物って全然血を吸わないから、意味があるかわからない。
でも土の上にそのまま頭を置くよりはいい筈だ。

頭には沢山の血管があるから、ちょっとした傷でも大出血のように見える。
取りあえず、止血をしないと。

禰豆子ちゃんを横に寝かせて、善逸さんの身体をゆっくり横へ倒す。
傷口が見えたので、適当な大きさに切った袖を傷口に押し当て強く押さえた。

「ぐ、」

善逸さんの口から声が漏れる。
痛いと思う。ごめんね、もう少し我慢してね。

暫くその状態のまま、血が止まるのを待った。
大丈夫、大した傷じゃない。
自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。


善逸さんの頬にぽたぽたと雫が落ちる。
私の涙が頬を伝っていた。
鬼を倒したであろう事への安心なのか
善逸さんがケガをした事への不安なのか。

恐らく後者だ。

善逸さんは昔と比べると凄く強くなったけど、私は全然変わらない。
精神的にも。
雷に打たれて心臓が止まってしまった善逸さんを必死で助けようとした、あの時から。
貴方がケガをするだけで、こんなにも心臓が抉られたように痛い。

出来る事なら、代わってあげたい。


守られてばかりの私で、ごめんね。



< >

<トップページへ>