08. 言わせない


煉獄さんに近寄り、そっと肩に触れようとした。
その手は煉獄さんによって止められ、煉獄さんの大きな目が私を捉えた。

起きてくれたみたい。
よかった、善逸さんたちみたいに中々起きなかったらどうしようかと思ってたから。

「煉獄さん、起きましたか?」
「いつの間にか眠っていたようだな」
「鬼が…今、炭治郎さんと伊之助さんが前方の車両に向かっています」

手首を掴まれたままの状態で、状況を説明する。
煉獄さんは一通り話を聞くと、すくっと立ち上がり「柱として情けない!」と言いながら通路へ出た。
私の手首を掴んだまま。


「煉獄さん、あの」
「竈門少年たちは上に出たのか、では俺は下から行こう」
「あの、煉獄さんちょっと」


そのままの状態でツカツカと隣の車両へと行こうとする煉獄さん。
加勢するのはいいんですが、手を離して欲しい。
ずるずる引きずられそうになりながらも、必死で着いていく。

煉獄さんて、人の話を聞かない人なんだろうか。
困ったな、どうしよう。
なんて考えていたら、後ろから煉獄さんの手を制止する手が伸びてきた。


「ん?」


それに気づいた時にはすっと私の身体は金色の羽織に包まれていた。
羽織の隙間から顔を上げると、さらりと揺れた金髪が目に入った。

「これは失礼した、掴んだままだったか」

と、私に微笑んで煉獄さんは踵を返す。
そして床板を蹴りあげるようにして、目にも止まらぬ速さで駆け出してしまった。
その衝撃で軽く車両が揺れる。
だけど私の身体は金色に包まれたまま。
体勢が崩れる事もなく抱きとめてもらってる。



「…善逸さん?」



動かない善逸さんに声を掛けた。
禰豆子ちゃんが起こしてくれたんだろうと顔を見ると、信じられない事に瞼は固く閉じられていた。
気の抜けた鼾もひっそり聞こえる。

あ、寝てる!
この人、まだ寝てる!
嘘でしょ!?

善逸さんの肩から禰豆子ちゃんがひょっこり顔を出した。
心做しか困ったように眉尻が下がっている。
あぁ、起きなかったんだ。
まあでも、善逸さんは寝ている方がいいかもしれない。


「名前ちゃん、俺の後ろに…」
「後ろどころか善逸さんが私を捕まえてるんでしょ」


カッコイイ事言うわりに寝てるっていうね。
よっこいしょ、と善逸さんの腕から抜けて、私は心の中で悪態を吐いた。




突如、座席からにょきにょきとエイリアンの触手みたいなのが生えてきた。
それはウヨウヨしているだけでなく、近くで眠っている乗客の肩に乗り、そして彼らを取り込もうとしていた。
禰豆子ちゃんが自分の爪で触手を切り裂く。
だけど、よく見るとあちらこちらで触手が生えてきていた。

「き、きもっ、何これ…」

決して近寄りたくはないが、そうも言ってられない。
前にいた善逸さんが素早い動きで触手を斬っていく。
炭治郎さんが眠らせた子達の脇に触手が出てきたのを見て、私も駆け出した。

躊躇なく帯から短刀を抜くと、目に付いた触手を斬っていく。
善逸さんや禰豆子ちゃんみたいに上手ではないけれど、触手の動きは止まった。
安心している暇もなく、隣の席からも同様に触手が顔を出す。

起きている少年の手が触手に飲まれた。
少年の方へとなりふり構わず客席を乗り越え、何度も触手に短刀を突き刺す私。

「大丈夫!?」
「は、はい…」

怯えた表情の少年の安否を確認した後、また後ろの席に戻るため、席を乗り越えていく。
着物で行儀の悪い格好をしていると思うが、それどころでは無い。
しのぶさんからコレ、貰っていて本当に良かった。

前の方は善逸さんが、私の後方は禰豆子ちゃんが触手を相手にしている。
ある程度触手を裂いていたら、また列車がガクンと大きく揺れた。
思わず客席の背もたれに捕まり、体勢を整える。

「皆、大丈夫か?」

煉獄さんが刀を片手に戻ってきた。

煉獄さんが車両の前方で、刀を一振りする。
そこら辺で生えていた触手は一通り動かなくなっていた。

これが柱と言われる人の実力なんだと、今更ながらに理解した。


「先程竈門少年たちにも伝えてきたが、この列車の5両を俺が、残り3両を君たちで守って欲しい!」
「炭治郎さん達は…大丈夫なんですか?」

煉獄さんの言葉を聞いて尋ねずには居られなかった。
炭治郎さんと伊之助さんは、二人で鬼に向かっていくということ?

「無論、鬼の頸を取るだろう!それまで乗客を守って欲しい!」

出来るか竈門妹、と禰豆子ちゃんに尋ねる煉獄さん。
しっかり煉獄さんを見据えた禰豆子ちゃんが目を細めた。

「では、頼んだぞ」

そう言って、煉獄さんはまた前方の車両へと戻って行った。
禰豆子ちゃんはそのまま後方の車両に駆け出したが、善逸さんは前の車両とここの車両を行ったり来たりして触手を切り刻んでいく。
善逸さんは何も言わないけど、私を気にしての事だと分かる。
いつまでも善逸さんの足を引っ張る訳にはいかない。

また生えてきた触手に、私は無我夢中で短刀を振り上げた。


「お姉さん、前!!」


触手に錐を突き刺していた少年が、私の方を見て叫んだ。
その声で慌てて顔を上げたら、私の前に大きな触手が通路を塞いでいた。

逃げられない…!
後退しようにも足元で触手が私の足を捉えた。
駄目だ、と思った矢先。


「雷の呼吸 壱ノ型」


善逸さんの声が私の耳に届いた時、私は全力でその場にしゃがみ込んだ。




「霹靂一閃 六連」


車両内に稲妻が走り、何も見えなかった。
視界が見えた時には、
私の前にあった触手、そして周囲を囲むように存在していた触手までが、全て華麗に刻まれていた。
ボタボタとそれらが床へ落下した時に、前方で善逸さんが見える。



「ちゃんと前見て」



瞼を閉じたまま、カチャリと鞘に刀を収める善逸さん。

街で人混みに揉まれた時と言い、本当に今日は善逸さんによく窘められる日だな。
少しカッコイイのがまたムカつく。
でもさっきのはホントに助かった。

小声で「有難うございます」と言うと、善逸さんはまた前の車両へ向かって行った。


「あとで起きたら、ちゃんと教えてあげますから」


善逸さんがどれだけ私を守ってくれたか。
ちゃんと言葉にしないとあの人は、また気にしてしまうから。
自分では私を守れないなんて、言わせないんだから。


先方の車両を見つめて、私はポツリと零したのだった。



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