10. 嫌な音


善逸さんの血が止まった。
本当によかった、どうやら頭の怪我は大したこと無かったみたい。
最後に手足の痙攣がないかどうか確認した。
脳には問題ないよね。

列車の中から乗客が降りてくる。
怪我をした人もいるけれど、見る限りは軽傷のようだった。
乗客同士で助け合いながら、中の人を外へ出している。
私もそこへ加勢しようかと思って、立ち上がろうとした。
気がついてしまった。

恐らく東の方角。
空の色が夜のそれから陽光が差し込めようとしている事に。
寝かせている善逸さんの元を離れ、ダッシュで私は列車の中へと戻る。

入口だか壁だったか分からない隙間から、なんとか中へ入ると、列車の中は乗客の荷物や血痕で、ぐちゃぐちゃだった。
幸い、中で動けなくなっている人は既に乗客同士で助けて貰っていたから、人はいないけど、ひっくり返った荷物がその辺に転がっている。
その中を一つ一つ確認しながら、目的のものを探す私。
中で自分の羽織とカバンも見つけたので、一緒に回収した。

客席と通路の間にそれはあった。
炭治郎さんがいつも背負っている木箱。
外見からは壊れているように見えない。
木箱を背中に背負い、私は来た道を戻っていく。

今日一日で着物ので山ほど動き回ったから、今度からどんなに動いても問題なさそうだな。
やっぱりセーラー服の方が動きやすいけどね。

何とか陽が出るまてに善逸さんたちの元へ戻ってくる事が出来た。
寝ている禰豆子ちゃんの横へ近寄る。

「禰豆子ちゃん、起きて…」

そっと肩を叩くと、禰豆子ちゃんはぱちっとすぐに瞼を開けた。
ゆっくり上半身を起こし、禰豆子ちゃんの頭から私の羽織を被せる。

「もうすぐ朝になるの、早く木箱へ」

木箱の扉を開けてあげると、自分で木箱の中へと潜り込んでいく禰豆子ちゃん。
幼女のように身体が小さくなり、すっぽり木箱に収まった。


「禰豆子ちゃん、お疲れ様。ゆっくり休んでね」


扉を閉める直前、微笑みながらそう言うと禰豆子ちゃんも笑ってくれたのが分かった。
パタンと閉めると、木箱の隙間から少しだけ顔を出す私の羽織。

取り敢えず禰豆子ちゃんはこれで大丈夫だ。
ほっとした後、すぐに私の顔に陽光が差した。
眩しい空を眺めながら、危なかった…と本気で安堵した。

善逸さんの方もあれ以上出血はないように見える。
私は見つけてきたカバンの中からガーゼ素材の布と水筒を取り出した。
布に水を染み込ませ、頭を私の膝の上に乗せてから、それで善逸さんの顔を拭ってやる。

「ぅ…」

水の冷たさに善逸さんが顔を歪める。
もうすぐ起きそうだな。
今度はちゃんと瞼を開けてくれるよね。
もう1枚ガーゼを出して、それを頭のハギレのと交換した。
やっぱりガーゼの方が傷にはいいね。

「…名前、ちゃん」
「…今度こそ、起きましたか。善逸さん」

うっすらと瞼を開けた善逸さんと目が合った。
私が分かるということは、意識混濁もないかな。

「状況は理解されてますか?」
「何となくね」

前までの善逸さんは、気を失った時の記憶は一切無かった筈だけど。
この人途中から起きてたのかな。

善逸さんの髪を撫でていると、善逸さんが何かに気づいたように声を上げた。

「禰豆子ちゃんは!?」
「今お休み中です。大きな怪我もないと思いますよ」
「…良かった」

何かあったら炭治郎に殺される、と言いながら自分の頭に触れる善逸さん。
多分、傷が痛いんだろうな。

「あれ、名前ちゃん、袖どうしたの?もしかして怪我した!?」

私のあられも無い着物の袖を見た善逸さんが、吃驚した顔でこちらを見る。
その目は少し揺れていて、不安そうに見えた。

「怪我してるのは善逸さんでしょ。私の袖は今、善逸さんの頭の下ですよ」

ほら、と善逸さんの血で汚れたハギレを見せると「うわぁ」と分かりやすく引きつった顔をする善逸さん。
でもすぐに視線を私に戻して「勿体ないな」と言った。

「折角、似合ってたのに」

そう言う善逸さんにクスリと笑って、私は首を振る。

「似合うなんて初めて聞きましたけど?」
「……言ってない、かも」
「ですよね」

わざとらしく視線を外した善逸さん。
でも少しだけ、似合ってるって言われて嬉しかったな。
私の音は善逸さんに筒抜けだから、言わないけど。






「……善逸さんは頭を怪我しているので、本当は動かして欲しくないんですけどね」


ここからは真面目な話だ。
私の声のトーンが変わった事に気づいた善逸さんが、こちらを見る。
不安を煽ってしまうかもしれないけど、私も同じ気持ちだ。



「…炭治郎さん達が見当たりません」



私は善逸さんの目から離さないで言った。
善逸さんの目が一瞬見開かれたけど、すぐに口を開く。

「誰1人?」
「はい。私は善逸さんと禰豆子ちゃんが居たので、ここからそんなに移動はしていませんでしたけど、それにしたって、誰も来ないなんて…」

とてつもなく嫌な想像だ。
炭治郎さんなら、真っ先に私たちを探しに来そうなものだ。
横転してから結構な時間が経っている。
炭治郎さん、伊之助さん、煉獄さん。
誰一人見かけないなんて、何かあったと思うしかない。


「探してくる」


がばっと私の膝から起き上がった善逸さん。
その顔は険しい。


「私も行きます。置いてかないで下さい」


よっこいしょ、と禰豆子ちゃんを背負おうとした。
それが横から伸びた手によって取り上げられ、代わりに私の右手が善逸さんの手の中に納まっていた。


「嫌な音がするんだ」


ぎゅうっと善逸さんが私の手を握る。
善逸さんの不安が私にも伝わってきた。



「みんな無事ですよね?」



私の問いかけに善逸さんは答えなかった。



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