11. お別れ


横転した列車に沿って歩いていく私達。
所々で車両から抜け出せない人を助けたりしながら、やっと最前方の車両が見えた時。
善逸さんが私の手を握ったまま、走り出した。
私も一緒になって走る。

横転した列車横の土手。
そこに彼らは居た。

炭治郎さんと煉獄さんは向かい合って座っていて、その横に伊之助さんが刀を手に立っていた。
ああ、よかった三人とも無事だ。

ほっとして走る善逸さんに話しかけようとしたけど、
善逸さんの顔は苦しそうな、泣き出しそうな、そんな顔をしていた。
何でそんな顔をしているの?
何が聞こえてるの?

三人の前で善逸さんは止まった。
私も一緒に立ち止まり、そこでやっと気付いたのだ。
煉獄さんの座っている場所が大量の血で濡れているという事に。

誰も何も言わない。
善逸さんの手を離して、ゆっくり私は煉獄さんと炭治郎さんへ近付く。
炭治郎さんは下を向いているけど、呼吸をしているのが分かった。

煉獄さんは…


しっかり前を向いて、穏やかな顔で眠っていた。


そこら中傷を負っていて、一つ一つが重症であることは理解した。
吐血し、額と片目からの出血、そして腹部の傷。
それを見て血の気が引いていく。


「れ、煉獄さん…」


震える手で煉獄さんの頬に触れた。
まだ、暖かい。
でも息はない。

ああ、嘘だ。
だって、さっきまで私達を助けてくれたじゃない。
私の手を引っ張ったまま、炭治郎さんのとこへ向かおうとしていたじゃない。
うまいうまい、って言いながら駅弁を大量に食べていたじゃない。

「なん、で…?」

私達が来るのが遅かった?
私がもっと早く善逸さんを起こしていれば良かった?
煉獄さん達と一緒に行動していれば、


色々な後悔が湧き出てくる。
善逸さんが私の隣にやってくると、黙って背中に手を添える。


「……列車の鬼の頸は斬ったんだ。列車が脱線して、その後に上限の鬼が…」


ずっと黙っていた炭治郎さんが口を開いた。
その言葉に私は驚愕する。

上弦の、鬼…?
炭治郎さん達が那田蜘蛛山で相手にしたのは下弦の鬼じゃなかった?
それよりも圧倒的に強い上弦?

そんな鬼を相手に、煉獄さんは…

眠っている煉獄さんを見つめ、私はカバンの中からガーゼを取り出した。
それで顔についた血を拭き取っていく。
段々視界が涙で歪んでいくのが分かる。
私は自分の涙を拭いもせずにひたすら、煉獄さんの顔を綺麗にする事だけを考えていた。



「汽車が脱線する時…煉獄さんがいっぱい技を出しててさ、車両の被害を最小限にとどめてくれたんだよな」


重苦しい雰囲気の中、初めて善逸さんが話し始める。
そうだったんだ。
そう言えばここに来るまで、乗客一人も亡くなった方はいなかった。
煉獄さんは全員守ったんだ。

「そうだろうな」

炭治郎さんは顔を上げずに答えた。


「死んじゃうなんて、そんな…ほんとに上限の鬼来たのか?」
「うん」
「なんで来んだよ、上弦なんか…そんな強いの?そんなさぁ…」
「うん…」


炭治郎さんの肩が震える。
そして、ぽたぽたと膝の上に落ちていく雫。

「悔しいなぁ、何か一つ出来るようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁があるんだ」

それを見て、善逸さんの目からも涙が零れる。

「凄い人はもっとずっと先の所で戦っているのに、俺はまだそこに行けない。こんなところで躓いているような俺は、俺は…」

炭治郎さんの言葉と、善逸さんの嗚咽を聞きながら私は目を伏せた。

「煉獄さんみたいになれるのかなぁ……」

炭治郎さんがそう言って、また頭を下げた時、
一言も発していなかった伊之助さんがブルブル震えながら声を荒げた。


「弱気な事、言ってんじゃねぇ!!」


「伊之助さん…」

私は伊之助さんを見つめる。

「なれるか、なれねぇなんてくだらねぇこと言うんじゃねぇ!!信じると言われたなら、それに応える事以外、考えんじゃねぇ!!」

刀を持つ伊之助さんの手が、さらに強く握っているのが分かる。
ミシミシ、と刀から音が聞こえる。

「死んだ生き物は土に還るだけなんだよ、べそべそしたって戻ってきやしねぇんだよ」

伊之助さんは震えながら続ける。
誰も口を挟めない。

「悔しくても泣くんじゃねえ!!どんなに惨めでも、恥ずかしくても、生きてかなきゃならねえんだぞ!!」

「お前も泣いてるじゃん……かぶり物からあふれるくらい涙出てるし」
「俺は泣いてねぇ!!」

善逸さんが泣いている事を指摘した途端、伊之助さんの頭突きが炸裂した。
そして、ブンブンと両方の刀を振りながら炭治郎さんに近付き「こっちに来い、修行だ!!」と肩を引っ張る。
ポコポコと大泣きして炭治郎さんの肩を叩く姿に、私は居てもたってもいられなくて、煉獄さんから離れる。
そして伊之助さんと炭治郎さんの前へ出て、伊之助さんの腕を押さえる私。

「伊之助さん、もう…いいんです、みんな分かってます」
「うるせぇ!!離しやがれ!!」
「…みんな同じ気持ちですよ、伊之助さん……」

力を込めて、伊之助さんの手首を掴む。
伊之助さんなら私の手くらい、すぐに振り解ける筈だけど、彼はそうしなかった。


隠の人達が来るまで、私達は皆黙って泣いていた。



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