12. それって


隠の人達が後始末をしてくれた後、私達はまた蝶屋敷でお世話になる事になった。
善逸さんは今回軽傷だけど、炭治郎さんが酷い。
自分で止血はしてたみたいなんだけど、それでも暫く安静にしてなきゃいけないくらい重症である。
伊之助さんは比較的元気。

でも3人ともあの後からどこか元気が無くなって、ぼーっとしていることが多くなった。
あの伊之助さんでさえ、何も言わない時があるくらい。
何故か、と言われれば理由は1つなんだけど、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。
彼らの気持ちは痛いほど分かるし。
今は無理する必要はないと思う。


「しのぶさん、これ、本当にありがとうございました」

しのぶさんの部屋。
椅子に座ったしのぶさんの前に座らせてもらい、懐に入れていた短刀を取り出してそう言った。
しのぶさんはこくりと頷きながら「役に立ったようで良かったです」と笑った。

「でも、やっぱり私には上手に扱えなくて…しのぶさんの都合のいい時に教えてもらっても宜しいですか?」

列車の中で沢山使ったけど、あれが正しい振り方なのかも分からなくて。
これからも使う事があるのなら、ちゃんと使いたい。
申し訳なさそうにしのぶさんに言うと、二つ返事でOKを貰った。
ただ、教えてくれるのはアオイさんに任せるとの事。
しのぶさんも煉獄さんの事があって、状況が変わり忙しいらしい。


「短刀の良き点はその手軽さです。女子供でも扱え、懐に忍ばせて不意をついて使用するのが一般的です」
「で、出来ますでしょうか…?」
「練習あるのみです。上手く扱えるようになれば、薙刀のような長い武器に対しても、互角以上に戦うことができますよ」
「…な、薙刀…!?」

しのぶさんがくすりと笑いながら説明してくれた。
けど、何を聞いても私に扱えるのか心配になってくる。
大体、薙刀とのリーチの差が大き過ぎて、本当に互角以上で戦えるの!?
無理だ、絶対。

「薙刀をすぐに相手にするのは無理がありますが、どんな相手でも対応は可能です。しっかり練習しましょうね」
「…はい」

しのぶさんの笑みに、私は苦々しく答えた。


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「善逸さん、炭治郎さん見ませんでしたか?」

3人の部屋を覗いたとき、炭治郎さんの姿が見えなかった。
善逸さんと伊之助さんはいっつも女の子追いかけに行くか、その辺に走り回ってるけど、炭治郎さんは重症だからベッドに横になっていたと思うけど。
珍しく部屋にいた善逸さんに聞いてみると、どこから取ってきたかわからない饅頭を食べながら「どっか行った」と答えた。

「何処へ!?怪我してるのに!?」
「そんな事言われても、俺も知らないよ。禰豆子ちゃん連れていったし、無理はしないと思うけど…」

クワっと目を見開いて善逸さんに言ったら、眉間に皺を寄せる。
外出することが既に無理してるんですけど!?
絶対安静って言葉を知っているんだろうか。

「多分もうしのぶさんも知ってるから、大丈夫だと思う」
「…それは、大丈夫ではないかもしれませんけどね」

めっちゃ怒ると思う、しのぶさん。
私は善逸さんの向かいに座って、善逸さんに向かって手を差し出した。

「何?」
「私にもお饅頭下さい」
「…欲しかったんだ」

はい、と私の掌に1つ白いお饅頭が置かれる。
お饅頭頂くの久しぶりだな。
にこにこしながらそれを1口頂く。
美味しい。

「名前ちゃん、藤乃さんには連絡したの?」

呆れたようにこちらを見つめる善逸さん。
ギク、とお饅頭を持つ手が止まってしまう私。

「え、えーと」
「藤乃さんから贈られた着物を尽く破いたり汚したりしてるんだからさ、連絡入れないと知らないよ?」
「……善逸さんだって隊服切ったり汚したりしてる癖に!」
「俺のは支給されるからさ。名前ちゃんのは違うでしょ。藤乃さん、また倒れるよ」

パクパクとお饅頭を口に放り込む善逸さん。
言われなくとも分かってる。
でも連絡したらまた卒倒するかもしれない、ホントに。
ただでさえ、心配させまくってるんだから。

はあ、とため息を吐いてお饅頭を持つ手を膝の上に置いた。
私の着物は、私が旦那様の所でお世話になっていた時に貰っていたお給金から藤乃さんが見繕ってくれている。
でもお給金以上の良いものを送ってもらってると思う。
多分藤乃さんがご厚意でやってくれてるんだよね。
余計に申し訳なくて、冷や汗が出る。

「どうしょう、善逸さん…」
「諦めて連絡しようよ。俺から伝えとくからさ」
「はい、とても有難いです」

ガックリと肩を落としてそう言うと、善逸さんがケタケタと面白そうに笑った。
何笑ってるんだこの人。
すぐに顔を上げて、目を細めながら善逸さんを見た。

「何笑ってるんですか?」
「いや、別に。なんか最近こんなにゆっくりしてなかったなって思って」
「最近は皆さん元気無かったですしね」
「そうかも、ね」

少しだけ、善逸さんの目が伏せられる。

「そう言えば、2人になるのも珍しいですよね。伊之助さんは何処行ったんですか?」
「伊之助は別にいいだろ」
「何それ」

唇を尖らせて声色が若干不機嫌になる。
この人、笑ったり機嫌悪くなったり忙しい人だな。
手元のお饅頭を1口サイズにちぎる。

「あ、そう言えば列車の中でどんな夢見てたんですか?」
「……え、夢?」

明らかに狼狽え始める善逸さん。
いや、何となく知ってるんですよ。
禰豆子ちゃんの名前言ってたからね。
善逸さんの反応が見てみたかったから、ちょっと意地悪して聞いてみただけなんです。

「夢、みたでしょ?」
「……言わない」

額から汗を流しながら私と目線を合せない善逸さんを見て、思わず笑ってしまった。
私は立ち上がって善逸さんの隣へ移動する。




「私の夢、見て欲しかったなぁ…」




顔を覗き込みながら言うと、善逸さんがぐ、と喉を鳴らした。
善逸さんの手が私の肩を掴む。

ぐっと善逸さんの顔が私の耳元に近付いた。



「それって、誘ってるの…?」



とんでもないセリフに私は、硬直したと同時に体中沸騰しそうだった。
でも善逸さん、貴方が顔真っ赤で言うセリフじゃありませんよ!


「違います!」


めちゃくちゃ恥ずかしくなって、私は勢いのまま部屋から出た。
善逸さんは追いかけてこなかったけど、お互い恥ずかしいから丁度いい。
少し、頭冷やそう…。

善逸さんって、いつもポンコツだけど偶にオス化するのやめて欲しい。

私の心臓が持たない。


部屋の扉の前で顔を隠しながら、私は暫くしゃがみ込んでいた。



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