14. 単独任務


伊之助さんが任務に出て三日、善逸さんにも単独任務の指令が届いた。
今度は山の中の小さな人里だという。
山にはいい思い出が無いから(鼓の鬼だったり、那田蜘蛛山だったり)心配ではあるけれど、一人での任務だったら、そこまで難易度は高くないのかな?なんてフラグを作ってしまいそうになる。
指令が出たと同時に私も善逸さんと同じく、任務の準備急ぐ事にした。
何があるか分からないから、応急処置セットは持って行っておこう。
この為に隠の人から、簡単に応急処置の方法を聞いているんだよね。

「名前、忘れ物はないか?」

心配そうな顔で炭治郎さんが私のカバンの中を覗き込む。
それに笑顔で「大丈夫です!」と答えて私は立ち上がった。
私の準備より、善逸さんの方が心配である。
準備足らなくて大変な事になったりしないだろうか。

「善逸さん、準備出来ました?」
「うん。俺よりも女の子の準備が時間かかるだろ。男はどうとでもなるし」
「ま、そう言われればそうなんですけど…」

善逸さんは一人隊服もバッチリ着込んで、あとは羽織を纏うだけの状態だった。
私、善逸さんが羽織を着る動作が地味に好きなんだよね。
何も言わずに善逸さんが羽織を着る所を見ていたら、善逸さんが不思議そうに「何?」と尋ねてきた。

「いえ、どうぞ私に構わず着て下さい」
「見られてたら落ち着かないんだけど…」

顔を引き攣らせながら、羽織に袖を通す善逸さん。
私はそれだけで満足なので、にこにこと自分のカバンを肩に通した。

「行ってくるわ…禰豆子ちゃんの髪を一房おくれよ…それで頑張れるから」
「炭治郎さん、では行ってきますね」
「あぁ。善逸、名前、気を付けて」

門の前で皆がお見送りに出てくれた。
皆が善逸さんのセリフを無視してるのが笑える。
なほちゃんがおずおずと紙の包みを私に差し出した。

「後でお二人で食べてください。お握りです」
「わぁ、ありがとう!道中で食べさせてもらうね」

両手でそれを受け取り、私はなほちゃんの頭を撫でた。
少し恥ずかしそうになほちゃんが身を捩る。
可愛い、可愛すぎる。

「名前さんも、着物と一緒に無事に帰ってきて下さいね」
「あ、はい。今度は破らないようにします」

きよちゃんからグサリと来る一言を貰って、私は思わず表情が固まってしまった。
今日のお着物は青と薄鼠色の素敵な一品。
帯は白地に黒のポイントで物凄く可愛い。そしてこれも藤乃さんのコーデ。
これ以上着物を悲惨な状態にしないように、と旦那様の所から来た鴉から釘を刺されているのだ。

今回、髪はサイドにシュシュで纏めて流している。


「お見送り有難うございます。それでは」


蝶屋敷の皆に手を振りながら、私達は歩き始めた。
依然として善逸さんの顔は暗いけど、以前ほど鬼退治に拒否反応は示していない。
善逸さんの成長が感じられて、私は少しだけ嬉しくなる。




「今回は、少し遠方なんですね」
「だね。人が少ない所で人が消えてるっていう話だからね。でも、わざわざ人が少ない所で鬼が人を食べるのかな?」
「確かに、そうですね。でも、また鬼にも趣向があるんじゃないですか?私の時みたいに」

誰も歩いていないあぜ道を二人で話しながら歩いていく。
最近はずっと4人(5人)一緒だったから、善逸さんと二人で任務っていうのが凄く懐かしくなる。
いつ以来だっけ、病院の鬼以来だったかな?
思えばあれが初任務だったんだよね。あれから善逸さんは更に強くなった。

蝶屋敷でお世話になっている間、三人で真面目に鍛錬をしていたからだ。


「二人っきりって何か静かですよね」


そう口にすると、善逸さんは呆れたように「あいつらうるせぇからなぁ」と呟いた。
私からしたら、善逸さんも五月蠅いの部類に入ると思うんだけどな。
それは口にしないでおいた。


「旦那様のお屋敷を出て以来だから、懐かしいですしね」
「あー…もうそんな経つか。時が流れるのは早いね」
「オジサンみたいですね、善逸さん。まだ十代なのに」
「名前ちゃんはこの数か月でさらにオカン化が進んでるよ」


二人でどうでもいい話をしながら、歩いていると善逸さんの手に私の手の甲が当たる。
あ、当たったなぁ、なんて思っていたら、すぐに善逸さんが私の手を握ってきた。


「最近、よく手を握りますね」
「……名前ちゃんが人混みに消えるから」
「人混み、ねぇ?」


目を細めながらわざとらしく、辺りを見回す私。
人っ子一人歩いていないけど?

それを見て善逸さんがそっぽを向いた。




「冗談です。私も繋ぎたいなって思ってたので」




空いている手で善逸さんの頬をツンツンしてやる。
少し気まずそうな目がこちらを見た。

偶にはこういう日があってもいいだろう。
最近は特にお疲れだったんだから。
これからの事を考えると気が重いけど、道中を楽しむことにした。



――――――――――――



「え、これ道なんですか?」
「こっちだって、チュン太郎が言ってる」


山の入り口。
明らかに獣道という奴が顔を出しているんですけど。
着物で通る場所ではないと思うんですけど。
整備されていない草木に、引っかけたら痛そうな枝。
しかも足元もボコボコだし。

私達の数メートル前を行くチュン太郎ちゃんが、ちゅん、と可愛らしく鳴いて私達を待っている。
わかってるけど、ここしか道がないの!?
本当にここを通った先に人里なんてあるんですか…。


「危なくなったら俺が引っ張るから、行くよ」
「何だか善逸さんが頼もしく見える」
「普通に失礼だよね、名前ちゃん」

善逸さんに前を歩いてもらい、私達は山の中へと足を踏み入れたのだった。
入ればまだ夕方だというのに、暗かった。
草木の背が高くて葉が大きいから、日の光が入らないんだ。
余計に不気味さを増す空間に、私は金色の羽織を握りしめる事しかできない。




結構な時間、歩き始めたと思う。
日が入らないから時間がどれだけ経っているのか分かりづらいし、景色も変らないからだ。
足元のボコボコも少し慣れてきた。
でも、虫がそこらで這うのは無理。

それでも善逸さんは息一つ上がっていない。
流石としか言いようがない。


とか考えてたら、善逸さんが突然立ち止まった。
私は急に立ち止まれなかったので、善逸さんの背中に鼻を強打した。

「いたぁっ」

ぶつけた鼻を擦りながら、善逸さんに「止まるなら、止まると言え」と小言をお見舞いしようと思った時、前方から声がした。


「こんな山の中に人が歩いているなんて…」


善逸さんの背中からひょっこり顔を出すと、そこには頭を布で覆って、背中に籠を背負っている少女が居た。
年のころは十代中ごろ、私達と同じくらいだと思う。
少女は私達の様子に驚きながら「村に御用でしょうか?」と尋ねた。




「君、可愛いねぇ〜年いくつ?俺、我妻善逸って言うん」




少女を見て、明らかに態度が急変した金髪に背中からパンチをお見舞いする。
お蔭で善逸さんは言葉の途中で咳き込んでしまって、続かなかった。


ざまぁ。



< >

<トップページへ>