17. お断りします


「我妻さん、起きてらっしゃいますか?」


早苗さんの声に、私達は目を見合わせ硬直してしまった。
完全にスイッチが入っていた善逸さんが、戸惑う表情を見せ、そして思い出したかのように顔を赤く変化させる。

「名前ちゃん、か、か、隠れて!!」
「まずは善逸さんが退いてください!」

力強く胸板を押すと、今度は簡単に善逸さんを剥がす事が出来た。
そして私は善逸さんの布団に頭から被り、息を潜める。
私が完全に隠れた事を確認した善逸さんが、呼吸を整え「どうしたの、早苗ちゃん」と襖に向かって口を開いた。

布団の中に隠れているとはいえ、私は先ほどの事で心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。
善逸さんが善逸さんが…
急になんか大人の男の人みたいになった。
いや、みたいじゃないな。色気ムンムンお化けだった。
布団の中にいるのに顔を両手で隠す私。
頬も熱を帯びている。そりゃそうだよね、私あんなレディースコミックみたいな経験ないもん。



「え、早苗ちゃん、今なんて?」



そんな私を余所に、善逸さんと早苗さんは会話を続けていた。
あ、ちゃんと聞いてなかった。
こんな夜更けに何の話をしてるんだろう、と耳をすませたが嘘みたいな単語が聞こえてきた。


「ですから、我妻さんとご一緒しても、宜しいですか?」


何を!?
被っていた布団から勢いよく飛び出した。
早苗さん、今なんて言った!?
私が動揺している以上に善逸さんも動揺している。
まだ開いてない襖の前で「え、え、えぇぇええ!!」と叫びながら首をブンブン振っている。

いや、無いでしょ。
突然何なんだ。
何を言い出すんだあの少女は。
さっきまでのドキドキが一瞬で戸惑いへと変化する。
そしてジワジワと怒りへ。


「私みたいな子供で満足させられるか存じませんが、どうかお願いします」
「は、は、はへぇ!?」


縋りつくような声で早苗さんは善逸さんに請う。
聞き間違いでも勘違いでもなさそうだ。
早苗さんは善逸さんにお誘いをしている。
それを理解した瞬間に私は我慢できなくなった。




「お断りします!!」



とびきり大きな声が部屋全体に響き渡った。
善逸さんも襖から目を離して、私を見ているし。
襖の向こう側では早苗さんが驚きながら「名前さん!?」と声を上げた。

布団から立ち上がり、ずんずんと襖に向かって歩いていく。
バタン、と大きな音を立てて襖を開けると、怯えた表情の早苗さんがそこに居た。

「名前、さん…?」
「どういうおつもりですかね。説明して下さいますよね?」

きっとお誘いするために着たのであろう可愛い一張羅。
それを着てどうするつもりだったのかと、夜明けまで問い詰める気マンマンである。
鼻息荒く早苗さんを見つめると、観念したように早苗さんの口から「ごめんなさい…」と謝罪が漏れた。




――――――――――――――




「まさか、我妻さんと名前さんが恋仲だったとは…誠に申し訳御座いませんでした」


深々と私と善逸さんに頭を下げる早苗さん。
善逸さんは隣でアワアワしているけど、私はまだ頬を膨らましている。
どうせ私と善逸さんは恋仲に見えない仲ですよーだ。
付き合ってるかと言われるとそこは微妙だけど。

「弁明なら聞きます」

腕を組んで早苗さんを見据える私。
苦しそうな顔をして早苗さんが口を開いた。


「この村には男性がいません。村を残すためには子を育てる必要があります」
「つまり?」
「この村で子を産むために、旅の人と…その…一夜を共にするのです」
「は?」


私だけじゃなくて善逸さんも顎が外れたような顔になっている。
話しながらプルプルと震えはじめる早苗さん。
そして次第に大粒の涙を流し、顔を手で覆う。


「えーと、つまり俺は種馬にされかけたってこと?」
「……申し訳御座いません」


自分を指さしながら未だポカン顔の善逸さん。
大丈夫、私も意味わかんないから。貴方だけじゃないから。

段々弱いものイジメをしている気持ちになってきた。
はあ、と深いため息を吐いて私は早苗さんに「顔を上げて下さい」と言う。

「この村の女性は皆そうなんですか?」
「ある程度の年齢の者は…そうです」

絶句である。

昼間に善逸さんを舐めるように見ていた彼女らの意図が、何となく分かった。

「お恥ずかしい限りです」

シュン、と頭を垂れる早苗さん。
ただ早苗さんの話で分かった事がある。
早苗さんの態度からして、彼女は今夜が初めてだったのではないだろうか。
年端もいかない少女が、こんなバカな事をしないとけないくらい村の状況は悪いという事。


つまり



「早苗さん、男性が消え始めたのは10年前ではないですよね?」




私が問いかけると、早苗さんのビクリと身体が跳ねた。



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