18. 土地神


「早苗さん、男性が消え始めたのは10年前ではないですよね?」


私の問いかけに対して、明らかに顔色を急変させる早苗さん。
苦し紛れに「い、いえ…」と漏らしていたけど、それは無理がある。
隣の善逸さんも早苗さんの嘘が分かったようで、真面目な顔をしていた。


「10年なんかじゃないですよね。もっと昔からでしょう?女性社会が続いているのは」


諭すように言うと早苗さんは観念したようにコクリと頷いた。
そうだろうと思った。
状況は最悪だけどね。


「高齢の女性もいらっしゃるとおっしゃいましたけど、本当は若い人だけしかいないんじゃないですか?こんな風習があるくらいですから、結構切羽詰まっているように感じますけど」
「……分かるんですね、名前さん」


諦めたような声だった。
早苗さんの膝にある手が硬く握られた。


「本当に若い人しかいないんだ…」
「それだけ村の存続が危ういってことですよね。じゃないと早苗さんみたいな可愛い人が、善逸さんなんかに夜這いしに来ないですよ」
「…あのさ、一言多くない?」


口元を歪めた善逸さんが私に言う。
そんなつもりはなかったんだけど、心の声が漏れてしまった。
ごめんなさい、本音です。

「この村は今までそうやって人口を増やしてきました。男児が生まれれば、土地神様の祠へ置いてくるのがしきたりとなっています」
「……赤ん坊まで、ですか!?」
「あー…これは面倒かもね」

善逸さんが片手で頭を抱える。
早苗さんの話に私はただ驚愕するばかりだ。
少なくともこの村の土地神とやらは鬼で間違いないと考える。
崇められる立場となれば、貢物が定期的に手に入るということ。
わざわざ人を襲わなくても、用意される状況というのは鬼にとっても都合が良い話だろう。

今までどれだけの人を喰っているのか分からないけど、決して少ない人数ではなさそうだ。
私の頭の中では最悪の状態が想像できる。
鬼の趣向は男性・男児のみ。女性を好んで食べる鬼がいるのは分かるけど、そういうタイプもいるんだな。
村の男の人を食べたら人口が増えない上に、餌もやってこないから、このようなしきたりがあるんだろう。

「土地神様は、この村の守り神です」

私達の空気に勘付いたのだろう。早苗さんが私と善逸さんに必死に訴える。
けれど、はいそうですね、と頷ける状態ではない。
少なくとも、守り神ではない。

「……早苗さん、鬼の存在はご存知でしょうか?」

目の前の戸惑う早苗さんに私は説明しなければならない。
おそらく土地神は鬼である、と。



――――――――――――


ある程度の説明を終えると、早苗さんは顔色を真っ青にして黙ってしまった。
口元に手を当てて「人を、喰う?」とぽつりと零すと、つぶらな瞳から一筋、雫が流れた。

早苗さんの話では、消えた男性と男児は崇高な神の力によって生まれ変わる、と教えられていたらしい。
人間の男は身体がとても弱く、すぐに死んでしまうためにそうするしかないと聞かされていたと。
よくよく考えれば馬鹿みたいな話なのだが、この村から出る事がない女性たちは信じていたようだ。

「でも、信じられません。土地神様は…本当に…?」
「この際信じて貰えなくてもいいよ、俺達のやる事は変わらない」
「それは、どういう…?」

低い声で善逸さんが呟いた。
早苗さんが戸惑いながらも尋ねようとするが、私はそれを制止した。


「早苗さん、明日の晩、祠まで案内していただけませんか?」


早苗さんが一瞬困った顔をする。
そして「なぜ?」と問う。
何故、と言われれば鬼退治をするからとしか答えようがない。
でも村の守り神であると信じている彼女に、それを言ったらどうなるだろう。
私と善逸さんはこの村の敵となるかもしれない。

何も言わない私に早苗さんはショックを受けた顔をした。
真っ青だった顔色が更に深くなる。
何となくは理解はしているようだ。

「善逸さん、ここから音でわかりますか?」

もし祠の場所が分からなかった時のために、一応善逸さんに確認を取る。
善逸さんは目を細めてコクリと頷く。

「近付けば、多分」

眉間に皺を寄せて険しい顔をする善逸さん。
目的のモノは簡単に見つかりそうだ。
ただ頸を落とすのは簡単ではないだろうけど。


はあ、とんでもない夜になったなぁ。


色んな意味で。


布団に入ってから今に至るまでを思い返して、深いため息を吐く私。
気付いたら善逸さんも同じようにため息を吐いていた。
もしかして、同じ事考えてる…?

「我妻さん、名前さん…」

早苗さんが震えた声で私達を呼んだ。
俯いていた顔が上げられ、すっと私達を見つめる。

「ご案内致します。私も、行きますから」

まだ信じ切れていない。
でも何かを決めた顔をした早苗さんがそこにいた。
自分で確かめるつもりなのだろう。




「……お願いします」




それ以上、私は何も言えなかった。



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