19. 女子会


そんな話をしていたら、朝日が昇ろうとしていた。
日が昇ったら鬼は活動しない。
取り敢えず1度仮眠しよう、ということになって再度布団の中に戻ることとなった。
自分の部屋に戻ろうとした時に善逸さんが「そっちに行くの?」と小動物のような目で見つめてきたけど、問答無用で襖を閉めた。
そんな目をしてても貴方、さっき野獣みたいになってましたから!
私は忘れてませんよ!

さっきの善逸さんの様子を思い出して、私は布団の中から顔を出せなくなった。
なんて事をしてくれたんだ、善逸さん…!
結局眠れないじゃないか!!

きっと私がモンモンとしている様子も、隣の部屋に筒抜けなんだろうけど。
あー…なんだか悔しい!



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「…おはようございます」

階段を降りた先に居た早苗さんに、挨拶をすると早苗さんも同じように返してくれた。
おはよう、と言っても既に昼過ぎである。
ちなみに善逸さんはまだ寝てる。人が眠れない間にぐーすか夢を見ているのがムカつく。

早苗さんの方も寝れなかったようだ。
若干の隈が目の下に見える。
冷静に考えると、鬼の話なんてされたら寝れる筈がないんだけど。
そりゃそうなるよね。

「眠れませんでしたか…?」

早苗さんに尋ねると、早苗さんは隈がある目を細めて弱々しく微笑んだ。

実は昼までに村の女性が代わる代わる訪ねて来ていたようだ。
この村に男がいる時は、1晩ずつ相手をする女性が変わるだとか。
数日経てば土地神様の胃袋へ収まる事になるんだけど、その話だけを聞くと男の人にとっては夢のような夜が続く訳だ。
あんな、ちゃらんぽらんな金髪でも女性が寄ってくる事が不思議で更にムカつく。
いつもなら無視されるか冷たくあしらわれるのに!

善逸さんの耳には絶対に入れないでおこう。
調子に乗るから。

「気を悪くされましたよね」
「…え?」

早苗さんが私に暖かいお茶を出し、そう言って向かいに座る。
私はちょっとよく分からなくて首を傾げた。
それを見て早苗さんは続けた。

「自分の恋人が他の女に言い寄られて、良い気はしませんもの」

早苗さんの言いたい事が分かって、私は頬に熱が籠る。
恋人、だって。
善逸さんと私、恋人なのかな。

お互い好きだと思っている。
でも好きと言われた場面だって今際の際に近かったから、後からそんなつもりじゃなかったとか言われたら死にたくなるかも。
別に付き合うとかそういう感じの事を言われた訳でもなく、ずっと一緒にいるだけになってたかもしれない。
昨晩の布団での善逸さんを見て、正直戸惑いが大きかった。
ほんの少しだけ、不安が生まれてしまった。
私は、善逸さんにとって都合の良い人なのだろうか、と。
善逸さんはそんな人じゃないって分かってる筈なのに。
つくづく思う、面倒臭い女だな、私って。

私が黙り込んだので、早苗さんがまた「本当にごめんなさい」と謝罪した。
違う、早苗さんの所為ではない。
私は慌てて否定した。

「違うんです。早苗さん……私たちって恋人に見えましたか?」
「え?」

早苗さんの瞳に戸惑いが感じられた。
そりゃそうだよね。突然何を言い出すんだってなるよね。

「恋人って何でしょうね…」

はは、と乾いた声を漏らすと早苗さんが目を細めてこちらを見る。

「私は…正直恋仲については、よくわかりません」

俯きながらぽつりと零す早苗さん。

「普通なんてわかりませんけど、私にはお二人はとても羨ましく見えるのですよ」

俯いていた顔を上げて私を見る。
早苗さんと目が合うと柔らかく微笑んでくれた。

「最初は、分かりませんでしたけど、今ならハッキリ分かります。お二人はとても自然なんです。」
「自然?」

早苗さんの言う意味が分からなくてオウム返ししてしまった。
コクリと早苗さんが頷く。

「相手の事を気遣う時って、どうしても意識して行動するものです。お二人は無意識にそれを行っているんです」
「そ、そうですかね?」
「ええ。よっぽど長く一緒にいらっしゃるんですね。お互い想いあってるからこそ、お2人のような自然な空気感になるのですよ」

ふふ、と早苗さんが私に笑いかける。
そう言われると何だか私も嬉しくなって、笑顔で「ありがとうございます」と返した。
現金だなあ、私も。


「……私の母と、父だった人の間にもそのような感情があったら、と考えてしまいます」


悲しそうに目を伏せる早苗さん。
彼女もまた、この村の風習によって生まれた人なんだと理解した。
私は早苗さんの膝にある手を握った。

「あります。だってこんな素敵な娘さんのご両親なんだから」
「名前さん…」
「きっと、早苗さんはご両親から望まれて生まれてきたんですよ。もう確かめようがないのなら、良い様に想像しましょう?その方が、自分もご両親の事を想えますよ」

ね?と言うと、一瞬ぽかんとした早苗さんだったが、ぎこちなく笑って「そうですね」と言った。


2人で笑いあってると、階段から善逸さんが現れた。
私たちを交互に見て不思議そうな顔をしてる。

「おはよ。何の話してたの?」
「女子会してたんです。秘密ですよ」
「はぁ、女子会…?」

余計分からない、といった顔で善逸さんが見てくるけど、スルーした。

寝起きから続いていた不安は、いつの間にかすっきり無くなっていた。




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太陽がすっかり隠れてしまった晩の事。
正装を身に纏った善逸さんが、日輪刀を腰に刺した。
いつもなら。
いつもならば、嫌と言うほど鬼に対して拒否反応をしていた筈だ。
そんな事も殆ど無くなってしまった善逸さんを見つめる。

私も懐に短刀を忍ばせている。
上手くできるか分からないけど、練習したんだもの。
少しくらい善逸さんの役に立ちたい。
せめて足手まといなんかで終わりたくない。

着物の上から短刀を押さえて覚悟を決めた。

私達の異様な空気に早苗さんがゴクリと唾を飲む。
彼女が一番つらいと思う。
自分が今まで信じてきたものを、自分の目で確かめるために。



「善逸さん」
「何、名前ちゃん」



鬼と対峙する前に言っておきたい事がある。
死ぬつもりは毛頭ないけど、戦闘中に頭を過るのも嫌だ。

善逸さんの隣へ移動して、こそっと耳元で囁いてみた。


「好きですよ、善逸さん」


自分でも普段言わない事を言っていると思う。
言っていて自分の顔がどんな色をしているのか分かってしまうし。
死亡フラグを自分で建築してしまったかもしれない。
でも、それでも伝えたかった。
今回の任務で女の人にモテてる善逸さんは、私にとって毒以外何物でもないから。


ちらっと善逸さんの顔を見たら、口をパクパクさせて目を見開いていた。


「はぁああ!?何、いきなり何!?」
「何となく伝えたかったんです」


鮮やかな顔色で声を張り上げる善逸さん。
にこっと微笑んでやると善逸さんの口がもごもごと動き、そして

「お、おお、お…」
「お?」


私から視線を外して「……俺も」と呟いた。


何となく私達の距離が一歩、近付いた気がした。



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