20. 煙管の鬼


早苗さんの家の裏。
街灯が無いから分かりずらいけど、背の高い草木の間に人一人くらい通れる道があった。
ここを通った先、小さな湖がある。
その隣には崖を掘って作った祠があるという。
目的地はそこだ。

先頭を早苗さん。次に私と善逸さんでついていく。
怖がらなくなった、と言うが顔色は少し悪い善逸さん。
前まで泣きながら鬼に叫んでいたのに。
顔色が悪いくらいなら、全然マシだ。

少しでも安心して欲しくて、善逸さんの羽織を掴んだ。


善逸さんの頭の上にはチュン太郎ちゃんが乗っている。
この子、昨日から全然見かけないと思ったら、何処に居たんだろう。
外に出た時には、何処からともなく飛んできていたけど。

そんな事を考えていたら、善逸さんの顔が本気で険しくなってきた。
恐怖とは違うそれに、善逸さんにしか聞こえない鬼の音がするんだろうと思った。
善逸さんと目が合うが、その目は「引き返せるよ?」と聞いているみたいだ。
取りあえず全力で首を横に振っておいたら、諦めたような顔でため息を吐かれた。
どうやら、あってたみたい。
私、エスパーになれるかもね。

「我妻さん、名前さん!」

早苗さんが振り返り、少し大きめの声で私達を呼んだ。
前を見ると、早苗さんの身体の向こうには湖が広がっていた。
小さい、と言ってもそこそこ広そうだ。贅沢に泳げるくらいはある。
月がうっすら水面に映っていた。

湖の横を抜けて歩いていくとなるほど確かに、崖を削って作ったであろう祠(洞窟みたいだ)が見えた。
入口の穴にしめ縄のようなものがぶら下げてあって、何かを祀っているのが外からでも確認できた。

「善逸さん…?」

入口の前で中の様子を確認していると、ギリ、と善逸さんが歯ぎしりしたのが分かった。
これはいよいよかもしれない。
確かに私でも気味の悪い空気を感じる。
漂うそれは息苦しくて、あとほんの少し臭う。
何が原因の臭いなのか、私は知っている。

「血の、臭い…」

乾いた血の臭いだ。
今までの任務でも幾度となく嗅いだものだ。
炭治郎さんがこの場にいたら、鼻を曲げていたのかもしれない。
この祠内に染み付いた血の臭いが入口まで臭うんだろう。



「早苗さん、どうしますか?」


早苗さんに向き直り、尋ねた。
このまま私達についてくるのか、それとも引き返すのか。
本音は引き返してほしい。
私がいるだけでも善逸さんには負担なのに、もう一人いるとなるとどうなるかわからない。
でも、彼女は引き返さないだろう。
私は分かってて聞いた。


案の定、早苗さんは「行きます」と一言。
私が早苗さんでも同じ事を言うだろうな。


私達は祠の中へと歩んでいった。



―――――――――――――――



中は外以上に暗かった。
これでは何も見えない、と思っていた所、壁に刺さっていた松明に早苗さんが火を付ける。
一定間隔で松明が置かれているようだ。
早苗さんの家では代々、この祠の整備をする役目を担ってきたらしい。




「早苗ちゃん、止まって」





ある程度進んだところで、善逸さんが早苗さんに声を掛ける。
私は早苗さんの腕を引っ張って後ろへ後退させた。
凄く嫌な感じがする。
鳥肌が止まらない。


早苗さんの肩を掴んで、キョロキョロと当たりを見回した。
石の天井、壁。それ以外は何もわからない。
でも、何かいる。



善逸さんが喋らなくなった。



一点の方向だけを向いて、態勢を整えている。
固く瞼を閉じた善逸さんが、日輪刀に手を掛けたその時だ。




「あら?鬼狩りなんて30年振りに見たわ」



洞窟に反響して良く聞こえたそれは、若い女性の声のような、どことなく人間離れしたような何かを感じさせる声だった。
早苗さんの身体がビクリと震え、口から小さな悲鳴が出る。
何とか口の中の唾を飲み込んで、私は声の方へ顔を向けた。

いた。

善逸さんが立つ場所から7メートル程先。
長い煙管を持った女の鬼が立っている。
そしてその口から煙管の煙がふう、と吐き出される。


「…男なら大歓迎なんだけどねェ」


鬼の目がすうっと細められ、私達に向けられた。
目が合った瞬間に背中に冷たい汗が流れる。


「女は邪魔よ。特に若い女なんて憎くて仕方ないわ」


殺意の籠ったセリフに私と早苗さんの身体が強張る。
早苗さんを私の身体の後ろへ隠し、胸元に手を入れた。
そのタイミングで善逸さんが大きく息を吸ったのが分かった。



「雷の呼吸」



バチバチと善逸さんの周りに発生する雷。
善逸さんの髪がそれに合わせて揺れる。

鬼は善逸さんの様子に一瞬で気づき、煙管の煙を善逸さんに向けて吹いた。
煙は大きな肉塊となり、善逸さんの身体を掠める。
一瞬の間に善逸さんが肉塊を切り裂いた。
お蔭で後ろの私たちには何の被害もない。


「面倒臭いねぇ。鬼狩りって」


チッ、と舌打ちを残す鬼。


「と、土地神さま…?」

後ろで早苗さんが呟いた。
鬼はその言葉に薄ら笑いを浮かべて反応する。



「……あぁ、アンタ。春子のガキじゃないの、母親にそっくりに育ったわね」




鬼の言葉に早苗さんがサーっと顔色を変えた。



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