21. 分かってくれる、よね?


早苗さんが息を飲む。
鬼の口振りから春子さん、とは早苗さんのお母さんの事だろうか?
目に見えて動揺し始める早苗さん。
それを見て楽しそうに口元を歪める煙管の鬼。

僅かに口から煙管の煙が出ている。

「ついこの前かと思ったけど、やっぱり外に出ないと時間感覚が無くなるのよね」

ため息と共に鬼が口を開く。
善逸さんが次の技を出そうと、前傾姿勢になった。
手を掛ける日輪刀にバチ、と電気が走る。


「それはもういいわ」


鬼が一旦瞼を閉じたと思ったら、次に開いた時目の色が白く変色していた。
嫌な予感がする、
早苗さんの前に大きく出て、腕を広げる私。
鬼の目が私を捉えたのが分かった。

「…あんた、女の臭いにしては一味違うわね。こっちにおいで」

言い終わるが先か、鬼の口から出た煙がまた肉塊となり、私に向かって飛んできた。
今度は2方向から私目掛けて一直線でやってくる。
慌てて善逸さんが、息を吐く。


「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」


声が聞こえた時には、私の目の前まで迫っていた肉塊はバラバラに崩れていた。
カチャリという音がして日輪刀が鞘に収められる。

私は現代で育ったから、この時代の人達と違う臭いがするようだ。
確かにそれまで食べてきたものや、環境が全然違うからそうなるのもわかる。
実際、食べられるために私はこの時代に呼ばれたのだから。
自分が鬼にとって珍味であることは理解している。

「あー…ほんと鬼狩りって面倒。でもね、前ばっかりじゃないのよ?」

善逸さんを一瞥してそう言う鬼。
背後から突然何かが崩れる音がして、私と早苗さんが振り返った。
地中から肉塊が生え、素早いスピードで私たちに向かってくる。
善逸さんがこちらへ向かうより早く、私は目の前の早苗さんを壁へ押し退けた。

「名前さん!」

早苗さんが私に向かって手を伸ばすが、触れないまま身体が肉塊へ取り込まれる。

「名前ちゃん!!」

私を呼ぶ善逸さんの声が聞こえる。
ぐるぐると私の体に巻き付くように肉塊が塊となっていく。
それにより、逃げようにも身体が動かない。
地面についていた足もいつの間にか宙に浮いてしまった。

首に1本の触手が巻かれ、それがゆっくりと私の首を締め上げている。
息が、できない。
頭を震って抵抗するけど、肉塊、触手ともにびくともしない。

「鬼狩りが動くとこの子は死ぬわよ?」

鬼の言葉にピタ、と善逸さんの身体が止まる。
目を閉じているのに鬼に向かって睨んでいるように見えた。
私を取り込んでいる肉塊がするすると移動し、やがて鬼の前で止まった。

「若い女は食べないんだけど、これなら、まあ…」

鬼が私の顎に触れ、舌舐めずりする。
気味の悪さを感じつつも、私は睨みつけることしか出来ない。
辛うじて肉塊の中で手は動く、か。

「土地神様、名前さんを離して下さいっ…!」
「煩いよガキ。あんたも春子みたくなりたくなければ、そこでじっとしておくのよ」

早苗さんが叫ぶが、鬼はそれを一蹴する。
その言葉で春子さんがどうなったのか、何となく察せられる。
首を締め上げていた触手はある程度の所でストップし、辛うじて私の意識は保たれている。
苦しいことには変わりはないけど。


「他人を助けようとするなんて、ほんと親子そっくり。何もしなければ40までは生きられたのに」


厭らしく笑みを見せる鬼。
鬼の言葉に早苗さんが声を上げる。

「…母は、私を産んで病気で亡くなったんじゃ…」

面白そうに鬼は早苗さんを見る。
そして歯を見せながら言った。



「うそうそ。ぜーんぶ私のお腹の中よ」



あっははは、と乾いた笑いが洞窟内に響く。
早苗さんの顔は真っ青を通り越して白い。
そして見開いた目からは大粒の涙が流れ、頬を伝っていった。
追い打ちをかけるように鬼は続ける。


「馬鹿よね、家の中に男を隠してたのよ。いつの間にかガキまでこさえてね。まあ、ガキは容赦してあげたんだけど、まさかそのガキが鬼狩りを連れてくるなんて、親の仇を討ちたいのかしら?」
「…父と、母は…あなたに…」


震える手で口元を抑える早苗さん。
そしてその場にペタンと座り込んでしまった。

善逸さんが早苗さんを庇うように前に立った。

悔しい。
自分が1番鬼の近くに居て何も出来ないのが。
早苗さんの親はこいつの所為で…。
肉塊の中で自分の手を少しずつ動かしていく。
必ず隙はあるはず。
善逸さんもタイミングを図っている。
どこかで隙を作ることができれば…

「いいじゃない?今日で親子再会となるんだから。あの世でだけど」

ふふ、と変わらず笑みを絶やさない鬼。
私は懐まで右手が到達したのを確認して、短刀を握った。
今なら、できる。

上手くいくかわからない。
きっと一撃を入れると逃げられないだろう。
でもやるしかない。
私が出来なくても、善逸さんが殺る。


無理やり首を動かして善逸さんを見た。
分かってくれる、よね?
もし私が死んでも、必ず鬼を倒してくれると信じている。

善逸さんの顔に一瞬戸惑いが感じられた。
この人は優しいから、なぁ。


ごめんね。



「ん、ぐッ…」


鬼が早苗さんに気を取られている内に。

懐に入れていた短刀をしっかり握りしめ、私は胸の前で締め付けている肉塊を裂く。
その流れで右腕が自由になると、思い切り腕を振り上げ短刀を鬼の眉間に突き刺した。



「……餌に眉間を貫かれる気持ちは、どう?」



勢いよく鬼の血が飛び散る。
鬼は刺された眉間を抑え私を睨んだ。


「…この娘、ふざけんじゃないわよ!!」


煙管を持ち替え、私に向かって肉塊を出そうとする。
死ぬ、頭の中で警鐘が鳴り響く。
命の危険が迫っている。

でも、いいや。

視界の隅で善逸さんが構えるのが見えた。



「雷の呼吸 壱ノ型」



善逸さんの声を聞いて逝けるなら、いい。
聞きなれた声に安堵しながら私は瞼を閉じた。



「霹靂一閃 六連」



声と同時に私の身体に巻き付いていた肉塊が緩まり、ふっと軽くなる。

痛みは無かった。



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