22. 願い
目を閉じている間に、電気が走るような音や肉が引き裂かれる音を聞いた。
鬼が善逸さんによって攻撃され、自分の身体を包んでいた肉塊が無くなると同時に、身体がが宙に浮いた事を理解した。
重力に従って私の身体が下降していく。
が、すぐに私の身体は何かに包まれ、落ちる事は無かった。
目を開けるのは怖かったが、そういう訳にもいかない。
ぎゅっと閉じていた目をゆっくり開けると、視界の先には善逸さんの顔ドアップである。
「うわっ」
吃驚しすぎて可愛くない声が出た。
そこで初めて理解したけど、私の身体はしっかり善逸さんに抱き留められていた。
私の叫び声で固く目を閉じていた善逸さんが目を開ける。
「あれ?名前ちゃん」
普通に呼ばれたので、更に驚く。
もしかして、この人、さっきまで寝てた?
善逸さんが腕を解いてくれたので、私は自分で地面に足をついた。
私達の背後には、先程まで鬼だった身体が分断された状態で転がっており、既に頸も消滅しつつあった。
消えそうな頸を前に早苗さんが近づいていく。
そして、鬼の額に刺さっていた私の短刀に手を掛け、それを引き抜いた。
短刀を持つ早苗さんの頬に涙の跡があった。
無言で振り下ろされる短刀。
鬼の顔めがけて、戸惑う事なく刃が挿入される。
「ギャッ」
小さく悲鳴を上げて鬼は完全に消滅した。
頸以外の身体もポロポロと砂になり散っていく。
「さ、早苗ちゃん…鬼をやっつけちゃったの!?」
善逸さんがわなわな震えながら早苗さんに叫ぶ。
いや違う。
倒したの善逸さんです。
ほら、早苗さんもポカンとした顔でこっちを見てるし。
状況を理解していないのは貴方だけだ。
「…善逸さん、いつから記憶がないの?」
目の前の善逸さんをしらーっとした顔で見つめる私。
いつの間に寝ていたんだろう?
恐怖で失神することは今まであったけど、今回は直前まで目を開けていたように思う。
もっと鍛錬を積めば起きて鬼を倒す事が出来るんだろうか。
「…女の鬼が現れたあたりかな」
最初っからじゃないの!!
少しは成長したと感じたが、どうやらまだまだだったらしい。
小さくため息を吐いて、善逸さんの胸板をポンポンと叩いた。
ドンマイです、善逸さん。
「何、名前ちゃん」
「いえ、鍛錬頑張りましょうね」
「うん?」
首を傾げる善逸さんに穏やかに笑いかけることにした。
そんな私を見て善逸さんは気が付いたように声を上げた。
「ちょ、名前ちゃん、その首の痕どうしたの!?」
「…あー…首絞められたやつですか?」
焦った顔を近づけて私の首に触れる善逸さん。
鏡がないから分からないけど、鬼に首を絞められた跡がついてるのだろうか?
善逸さんにつられて私も自分の首に触れる。
よくわかんないや。
「そのくらいなら、おそらく数日で消えると思いますよ」
地面にしゃがみ込んでいた早苗さんが、立ちあがってそう言う。
思ったよりも長引くなぁ。確かに結構苦しかったもんね。
「まあでも、軽傷で済んでよかった。着物も破いてないし」
ね、と善逸さんに同意を求めるように尋ねると、善逸さんがプルプルしたかと思うと唾を飛ばしながら声を上げた。
「良くないだろ!!名前ちゃんがケガしてどうするんだよ!!」
眉間に皺を寄せて、私の両肩を掴む善逸さん。
あ、結構マジで怒ってる。
久しぶりに怒った顔の善逸さんを見たなぁ。
なんて呑気に考えていたら、善逸さんが更に顔を近づけてくる。
「でもこれ以外被害はないですし…」
「それが問題なんだろ!!…これ以上心配させないでよ」
「ご、ごめんなさい…」
苦しそうな顔をした善逸さんに私は素直に謝る事にした。
心配を掛けたのは事実だし。
でもいつも重症のケガをする善逸さんに対しても、私は同じ気持ちなんですよ?
まあ、口に出すとまた怒られるから言わないけどさ。
「名前さん、こちらをお返ししますね」
早苗さんの手の上に短刀が乗っている。
私の懐に入ったままの鞘を取り出して、それに収めた。
「有難うございます、早苗さん」
「いえ、勝手に使ってしまってすみません」
その目は少し悲し気だったけど、どこかスッキリした顔をしていた。
予期せぬ残酷な話を聞いた後だけれど、私は早苗さんにとってよい結果になって良かったと心の底から思った。
大切な家族だものね。
痛いほどわかる。
善逸さんから離れて、私は早苗さんに抱き着いた。
早苗さんは驚いて「名前、さん?」と聞いてきたけど、構わず腕に力を込めた。
ゆっくり私の背中に早苗さんの手が回った。
早苗さんは声を出さないで私の腕の中で泣いた。
「素敵なご両親だったでしょう?」
「ええ、本当に」
早苗さんはこれから両親を想って生きていくだろう。
幸せになってほしい。
私はそっと願いを込めた。