26. メイクアップ


とんでもないスピードで藤の花の家紋の家に到着した私は、到着後すぐにぱたりと倒れてしまった。
炭治郎さんが心配そうに私の肩を持ってくれて、何とかお部屋で転ぶことが出来たくらいだ。
何を考えているんだあの大男。
か弱い女子に対してもっと優しさを学ぶべきだ。
吐き気は今の所ないが(道中で吐いた)、とりあえずゆっくりしたい。

その間にも宇随さんはお家の人に何か指示を出しており、任務の為の準備に勤しんでいた。
お家の人からおせんべいとお茶を出して貰い、私以外の三人がモグモグゴクンしていた時、宇随さんがようやく任務の概要を説明し始めた。



「遊郭に潜入したら、まず俺の嫁を探せ。俺も鬼の情報を探るから」


一瞬、私を含め全員がポカンとしてしまった。
そしていち早く気付いた善逸さんが声を上げる。

「とんでもねぇ話だ!!」

善逸さんの顔には青筋が見える。


「ああ?」
「ふざけないで頂きたい!!自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」
「はあ?何を勘違いしてやがる!!」
「いいや、言わせてもらおう」


善逸さんの発言にカチンときた宇随さんが、善逸さんに負けじと声を張り上げる。
素直にうるさい。この人達。
私と炭治郎さん、伊之助さんはお茶を啜って終わるのを待った。

「アンタみたいな奇妙奇天烈な奴はモテないでしょうとも!!だがしかし!!鬼殺隊員である俺たちをアンタ、嫁が欲しいからって…!!」
「馬ァ鹿かテメェ!!俺の嫁が遊郭に潜入して鬼の情報収集に励んでたんだよ!!定期連絡が途絶えたから、俺も行くんだっての!!」

ピタリと善逸さんがフリーズする。
炭治郎さんが善逸さんの裾を掴んでいるが意味なし。


「そういう妄想をしてらっしゃるんでしょ?」
「クソガキが!!」


宇随さんは善逸さんに大量の手紙の束を投げつけた。
どれもこれも善逸さんの頬にぶち当てられている。
汚い悲鳴を上げて善逸さんが引っ込んだ。

それにしても宇随さん本当にお嫁さんがいるんだ。
少しびっくりしちゃった。
(だってあんなに私の扱い酷かったのに)

投げつけられた束を炭治郎さんが拾い上げ、やっと口を開いた。

「随分多いですね、かなり長い期間潜入されてるんですか?」
「三人いるからな、嫁」

さらりと当然の如く言う宇随さん。
わお、一夫多妻制じゃん。
柱ともなれば妻の一人や二人養っていくのなんて余裕なんだね。
吃驚して手を思わず口元に当てた。
その発言を聞いて、伸びていた善逸さんが起きる。



「三人!?嫁…さ、三!?テメッ…テメェ!!なんで嫁、三人もいんだよ、ざっけんなよ!!」



形相が凄まじい事になっている。
何をこんなに怒っているんだろうか、この金髪は。
呆れてモノが言えない。
冷たい視線を投げつけていたら、善逸さんの発言でキレた宇随さんによってボディブローが決まった。
だろうね、馬鹿だね。ほんとね。

「何か文句あるか?」

ジロリと宇随さんに睨まれて、他三人は何も言わず目を逸らした。
気を取り直して炭治郎さんがまた口を開く。

「あの…手紙で、来る時は極力目立たぬようにと何度も念押ししてあるんですが、具体的にはどうするんですか?」
「それは私も気になってました。遊郭って確か一般の女性は特別な許可がないと入れないんじゃないですか?」

私も思い出したように宇随さんに問う。
宇随さんはコクリと頷いた。


「そりゃまあ変装よ。不本意だが、地味にな。お前らにはある事をして潜入してもらう」


ゴクリと唾を飲む私。
結構大役なんじゃないの?もしかして。

「俺の嫁は三人共優秀な女忍者、くノ一だ。花街は鬼が棲む絶好の場所だと俺は思っていたが、俺が客として潜入した時、鬼の尻尾は掴めなかった。だから客よりももっと内側に入ってもらったわけだ」

宇随さんの話によると嫁さん三人はそれぞれ三つの店に入っている。
だけどもそれぞれから連絡が途絶えたのが現状だそうだ。
私達はその三店舗に入り、嫁さんの行方及び、鬼の動向を探るということだ。
説明の最中に伊之助さんが「もう死んでるんじゃねぇ?」と言ってしまったばかりに、二人目の犠牲者が出た。

宇随さんの説明が終わったら、善逸さんが飛び起きて唾を飛ばしながら、宇随さんに食って掛かる。


「おまっ、それって名前ちゃんも店に入るってことじゃねーか!!ダメダメ絶対許さねぇ!!」
「はぁ?何だお前」


私に気を遣ってそう言ってくれる善逸さんに嬉しくなったけど、現実問題私が行くのは当たり前だろう。
だって女の子だし。貴方たち野郎だし。

「名前ちゃんは絶対店には入れさせねぇから!!それだけは絶対だから!!」
「うるせぇな…じゃぁ、お前ら三人で入れよ」
「え、あの…え?」

あっという間に私は居残りが決定してしまった。
え、うそ?
だって、貴方たち男よ?

「いいんですか、宇随さん」

心配になって言うと宇随さんは「ああ」と零した。
その時、家の人が宇随さんの指示で用意した箱を持ってきてくれた。
中を改めると様々な着物(女物)が入っている。
あ、そういうこと…。


「お前らには女装をしてもらう。俺が用意してやるから、文句言うなよ」


そう言って適当な着物を箱から取り出し、どこからか化粧道具も取り出して凄まじい速さで炭治郎さんをカスタマイズしていく。
着替えてるときは私は別室に行かせてもらったけど、化粧をするときは横に居た。

出来上がった炭治郎さんの顔を見て、驚愕だ。

これは、酷い。


「う、宇随さん…?」
「何だ」
「お化粧、やりましょうか、私が」


思わず手を上げてしまうほど、出来上がりは酷い。
元々炭治郎さんは優し気なイケメンだった筈なのに、なんでこうも酷い顔が出来上がるんだ。
私も化粧が得意な方ではないが、これより断然マシにできると信じている。
試しに横に居た伊之助さんからさせて貰う事になった。


「伊之助さん、お願いだからじっとして」
「……くすぐってぇんだよ」
「オイ、伊之助。お前名前ちゃんに何かしたら殺すからな」
「何もしねぇよボケが!!」
「……お願いだから、じっとして」


善逸さんが茶々を入れるせいで、必要以上に疲れる。
これをあと二人もするんでしょ。結構大変かも。
最後に伊之助さんの口に紅を乗せて「完成」と声を上げて、私は気付いた。


「……オイ、何か言えよ」
「ごめんなさい。やっぱり宇随さんにしてもらった方がいいかも」


キラキラ輝くような美少女がそこに居た。
地味にしなきゃいけないのに、これでは全く意味がない。
私の平凡な女子力でこれだけ変化するんだったら、プロがするとどんな事になるんだろう。

「うわ」

後ろで善逸さんが声を上げる。
ほんとごめんなさい、伊之助さん。
性別を変えてしまった。


ピキピキと苛立ちを顔に出している伊之助さんに、私は謝り倒した。



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