27. 吉原へ


結局三人共宇随さんの手によって女装が施されることになったのだが、もう本当に酷い。
炭治郎さんはさっき見たけど、伊之助さんなんか元があんなに美形なのにどうしてこうなった?と言うほどである。
私の手であれほど可愛くなるのに、どうして宇随さんにかかるとこんなに不細工になってしまうんだろう。
先程見た美少女が忘れられなくて、私は凄く落胆する。
あまりに伊之助さんを見すぎて、怪訝そうな顔をこちらに向ける伊之助さん。

「んだよ」
「いえ、勿体ないと思いまして…」

任務とは言え、こんな酷い顔にされてしまうなんて。
はあ、とため息を吐いた。
そして残るもう一人をチラリとみる。
こちらも酷い。
頭の上部に短く結われたリボンが全然似合ってない。
むしろこちらの方が目立つんじゃないかと思うくらい酷い。
折角の金髪が台無しだよ、これ。

「何か言ってよ」
「……頑張ってください」

善逸さんが私に助けを求めるような声を出す。
申し訳ないけど、それはちょっと…。
宇随さんの見ていない所で薄化粧くらいはしてあげるから、さ。

私も藤乃さんから頂いた着物を脱ぎ、用意された着物に着替えた。
こちらの方がシンプルで地味目な色合い。
いつも可愛らしいコーデだから、少し新鮮だ。
顔も宇随さんが化粧をしようとしていたけど、めっちゃ抵抗したので、私は自分で行うことが出来た。
よかった、他三人のようにされたら女子として死んでしまう。
いつもはそんなに化粧をしないんだけど、そうもいってられない。
薄く白粉を乗せて、紅を付けるとそれなりに普通に見えた。

「……名前ちゃん、こっち向いて」

私が化粧をする様子を隣でマジマジと見ていた善逸さんが、声を掛ける。
何ですか、と私がそちらに顔を向けるとびっくりするほど真剣な顔をした善逸さんが居た。

「な、何…」

若干引きつつ、もう一度尋ねると善逸さんの眉間に皺が寄る。
人の顔を見て眉間に皺を寄せるなんて、何て失礼な人だ。
アンタの顔の方が酷いだろうに。


「もっと薄くして」
「は?」
「化粧、もっと薄くできないの?」
「できません、しません」


善逸さんの要望に私はぴしゃりと一蹴する。
私の化粧に文句は言わせない。
これでも私は女子なのだ。いくら見苦しくても我慢して欲しい。

私達の用意が出来ると宇随さんの方も用意を始めた。
これが本当にびっくりするんだけど、左目の入れ墨を隠して、髪を下ろしたらイケメンが登場した。
それを見て私が「イケメンだ…」と言うと、前回で言葉を覚えた善逸さんが舌打ちをした。
普段、そう言う恰好をすればいいのに。宇随さんも。
まあ、嫁さんが三人もいてもうモテる必要はないとは思うんだけどね。





吉原には大門があって、ここから女性禁制となる。
特別に許可を貰わないと一般の女性は入れないが、私達は売られてきた子供という設定なので、問題なく通された。
漫画や映画の世界の街並みに私は思わず感嘆の声を上げたけど、よく見ると善逸さんの方が興奮していた。
歩きながら肘鉄だけはお見舞いしておく。

色んなお店が並ぶ中、宇随さんが一件のお店の暖簾をくぐる。
私達も続いて入る事にした。

遣手と呼ばれるお店の従業員さんが、善逸さん達三人を見つめて一言。

「いやぁ、こりゃまた…不細工な子たちだね……」

ですよね、激しく同意します。
人の事そんなに言えないけど、これよりはマシと思ってしまう。
ジロジロと三人を眺めるお店の人。
どんだけ見ても変りませんよ、それ。

「後ろの子はダメなのかい?」

突然、お店の人が私に向かって指を指す。
指名されてビクリとしてしまったけど、私を隠すように宇随さんが前に出る。


「これはもう先客があってね。悪いね、奥さん」


思わずほっと胸を撫で下ろした。
お店の人も少し残念がり「そうねぇ…」と頬に手を当てて本気で悩み始めた。

「先日新しい子が入ったばかりだし、悪いけど…」

と断られる雰囲気が出た瞬間、女性の方が頬を赤らめて「一人くらいならいいけど」と言ったのだ。
この機会を逃すかと宇随さんも「じゃあ、一人頼むわ」と三人を前に押しやる。

女性はジロジロと眺めて、一つ息を吐いた。

「じゃあ、真ん中の子を貰おうかね、素直そうだし」
「一生懸命働きます!」

炭治郎さんならぬ炭子ちゃんが買われた瞬間だった。
まあ、この三人の中だったら一番いい人を選んだと思うよ。正直。
特に面倒なのは猪。




店を出て次のお店に向かう途中、宇随さんが呆れたように零した。


「ほんとにダメだな、お前らは。二束三文でしか売れねえじゃねぇか」


いや、それは宇随さんの化粧の影響が強いのではないでしょうか。
思ったけど、口には出さないで視線だけ投げかけておく。

横に居た善逸さんが深いため息とともに「俺アナタとは口利かないんで…」と呟く。
思わず私は善逸さんの肩に手を置いて「善子ちゃん」と声を掛けたけど宇随さんの耳にはバッチリ聞こえていたようだ。

「女装させたからキレてんのか?何でも言う事聞くって言っただろうが…」

その発言により善逸さんの顔に怒りが見えた。
多分ね宇随さん、善逸さんはそんな事で怒ってるんじゃないと思うよ。
宇随さんがイケメンで嫁三人も居る事に凄まじく怒ってるんだよ。
怒りで震える善逸さんの横で私も小さくため息を吐いた。



「オイ、何かあの辺人間がウジャコラ集まってんぞ!」


突然伊之助さんが人混みを指さした。
こちらからは人混みと大きく派手な傘しか見えないけど、何かあるんだろうか。
首を傾げて前を見ていると宇随さんが教えてくれた。


「あー、ありゃ花魁道中だな。ときと屋の鯉夏花魁だ」


花魁道中か。
話には聞いた事あるけど、あんなに豪勢で人が凄いんだ。
ドラマとかで見るそれよりもやっぱり迫力あるんだね。
私からは花魁の顔は見えないけど、善逸さんには見えたらしい。
口元が少し緩んでる。ほんと最低。


「一番位の高い遊女が客を迎えに行ってんだよ。それにしても派手だぜ、いくらかかってんだ」


人混みを覗き込みながら宇随さんが言う。
派手とか、宇随さんに言われたくないと思う。


「嫁!?もしや嫁ですか!?あの美女が嫁なの!?あんまりだよ!!三人も居るのに皆あんな美女すか!!」
「ちょ、善子ちゃん。やめて…」

泣きながら宇随さんに食って掛かる善逸さん。
私は肩を掴んで止めるけどききやしない。
案の定キレた宇随さんにパンチを貰う善逸さん。馬鹿だ。


「嫁じゃねぇよ!!こういう番付に名前が載るからわかるんだよ!!」

ぴらっとチラシのようなものを投げつける宇随さん。
なるほどねえ、有名人なんだ、花魁って。

「歩くの遅っ、山の中に居たらすぐ殺されるぜ」
「ここ山の中じゃないですからね」

伊之助さんが耳を穿りながらぽつりと呟く。
そこで気付いたが、道を歩いている人が伊之助さんを食い入るように見つめていた。
そしてその人がすぐさま宇随さんに話しかける。


「ちょいと旦那。この子うちで引き取らせて貰うよ、いいかい?」


その女性の顔を見て宇随さんが喜んだ。


「萩本屋さん!そりゃありがたい!!」


あっという間に伊之助さん改め猪子ちゃんが買われていった。
こちらを見つめる伊之助さんは状況をよく理解していないようだった。
まあ、買われただけよかった。
残りものもいるしね。

ちらりと宇随さん、私が善逸さんを見る。

「ヤダァっ」

善逸さんが自分の状況を理解して声を上げる。
そうなんです、貴方だけ売れ残ってるんです。
やっぱり私が化粧すればよかったかな。

さらに重いため息を吐き、宇随さんが歩きだした。
次のお店で最後だという。
ここで貰われなかったら、非常に困るのでなんとかして買ってもらいたいところだ。


京極屋の暖簾をくぐった時、こちらの遣手の人も沈んだ顔で善逸さんを見ていた。
まずいまずいまずい。
遣手さんの横には私より少し年上くらいの青年が座っており、私と目が合うとにこりと微笑んでくれる。
あーここにもイケメンが一人。
私は何も言ってないけど、音を聞いたであろう善逸さんが私を睨んでいる。
ごめんなさい、お願いだから少しはマシな顔してて。


「この子を買ってくれないかい?」


宇随さんが懇願するけど、遣手さんは「うーん」と表情を曇らせたまま。
本当にまずい。
そこで何かを思い立ったような顔をした遣手さん。


「この子と抱き合わせだったらいいよ」


私を指さしてうんうんと頷く。
突然の指名にまた吃驚した。
わ、わたし?
また宇随さんの後ろへ隠れようとしたけど、顎に手を当てて考える。


「宇随さん、私一緒に買われた方がいいかもしれないですね」
「はぁ!?名前ちゃん、何言って…!!」


私の提案に宇随さんは「だろうな」と頷く。
そして一人拒否する善子ちゃん。
貴方に拒否権はないですよ、あなた一人では売れないんですから。
ため息を吐いて善逸さんの肩をポンポンと叩く私。




「一緒に頑張りましょ。善子ちゃん」
「……」




最後の最後まで嫌そうな顔をした善子ちゃんと共に、私は京極屋でお世話になる事が決定した。



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