28. 京極屋


私と善逸さんは京極屋さんでお世話になる事になった。
簡単にお店の説明を受けたのち、店の中を案内してもらった。


「ここが内証だ。楼主が過ごす事務室となっているよ」


遣手さんの隣に座っていた青年はどうやら、ここの息子さんだそう。
養子ということで、跡を継ぐために現在修業中だとか。
そのイケメン息子さんが一階から丁寧に案内してくれる。
ふむふむと見ていたら、善逸さん改め善子ちゃんが物凄い形相で息子さんを睨んでいた。
華やかな場所に似合わないくらいドス黒いオーラを身に纏っている。
やめてやめて!せっかく店に入れたのに、追い出されちゃうでしょ!!

息子さんに見えないように背中の肉を摘まんでやった。
ビクンと善子ちゃんが跳ねたので、善子ちゃんに向かって微笑む私。

「二人は、仲がいいんだな」

息子さんが穏やかにそう言う。
それを聞いた善子ちゃんがまた息子さんを睨もうとしたので、私は慌てて善子ちゃんの前に出る。

「そうなんです、同郷なんですよ」
「仲がいい筈だ。羨ましいよ」

そう言ってカラカラと笑う息子さん。
善子ちゃんの憎しみ籠った視線に気付いていないようだ。
本当に良かった。
それにしても何でそんなに睨んでるの?

息子さんはスタスタと廊下を歩いていくので、私達もついていく。


「奥には女郎や禿の部屋があるよ。君たちもここで寝る事になると思う」
「雑魚寝なんですね…」


広いお部屋の前で私たちが今後過ごす事になる部屋だと教わった。
嫌な予感がして隣の善子ちゃんを見ると、目がキリっとしており、とても真面目に見える顔をしていた。
でも、口元緩んでますよ。わかってるんだから!

そんな善子ちゃんに軽く苛立ちを覚えながらも、息子さんは続ける。


「この更に奥には行灯部屋といって、普段は人が寄り付かないんだ。倉庫のようなものだよ。ただ折檻部屋にもなっているから、足抜けする女郎なんかがここに入れられる事もある」
「足抜け…」


確かに息子さんが指さす廊下の先はとても暗くて、好んで人が寄ろうとしないと思う。
思っていたよりも奥は広そうだけど、ここにいる間には世話になりたくないな。

一通りの説明を受けて、息子さんはお仕事のお話へと移行する。
その時に息子さんは教えてくれた。

「実は数日前、母が亡くなってからは皆、気が落ち込んでしまってね。調子が良くない者もいるかもしれないが、気にしないでおくれ」

「え、そうだったんですか…ご愁傷様です」

高い所から落ちて、事故で亡くなってしまったと。
家族が亡くなるのは辛いだろうに、それでもお店に立たないといけないなんて。
息子さんに同情しつつ、私は何と声を掛けてあげるべきか悩んでいた。

そんな私を察したのか、息子さんは私に笑いかける。

「息子といっても養子だから、まだ実感が湧かないんだ」
「…そうですか。でも家族が亡くなるのは悲しいですよね」

その笑顔がどこか辛そうに見えてしまうのは、私の頭に現代の家族が過っているからだろうか。
家族と別れるのは寂しい。悲しい。
それを私はよくわかっている。


「君は…優しい子だね。名前は何と言ったかな」


息子さんが私に手を伸ばして、髪を撫でようとした。
が、それは華麗に弾かれてしまった。
一瞬の事で息子さんも私もびっくりした。

隣にいた筈の善子ちゃんが私の前に立ち、息子さんの手を払ったという事に気付いたのは一寸後。


「ぜ、善子ちゃん…」

相変わらず善子ちゃんは息子さんに向かって睨んでいる。
息子さんはその様子にたじろぎながら「本当に仲がいいんだな」と苦笑いを見せる。

喋ると男だとばれてしまうから、あまり善子ちゃんは喋らない。
喋らないからこそ、その場に広がる威圧。
このままじゃまずい、と私は善子ちゃんの手を握ってフォローに入る。

「善子ちゃんたら、心配症なんだから!」

もう!と善子ちゃんに笑いかける。
頼むから、何もしないで起こさないで。
必死で目で訴えかけたら、善子ちゃんははっとしたような顔で私の後ろへ下がった。

それを見て私は心の中で安堵した。


「私は、名前といいます。こちらは善子ちゃんです」
「名前、いい名前だな。善子もよろしく」


改めて息子さんに向き直り、自己紹介をする私。
善子ちゃんに差し出された手はペチンとまたもや弾かれてしまい、私が無理やり善子ちゃんの腕を引っ張って息子さんと握手をさせる羽目になった。
何なの?今日は敵意むき出しなんですけど!?

いつまでも息子さん、と呼ぶわけにはいかないので名前を聞いた。
彼は平次さんとおっしゃるそうだ。
多分善子ちゃんは一生呼ぶことは無いと思うけど。



平次さんと別れたあと。
一先ず私たちは先ほど案内された雑魚寝部屋で、店の人から言われるまで待機となった。
今の時間帯、雑魚寝部屋には誰も居ないようで私と善子ちゃんだけだった。

その辺に転がっている布団や生活雑貨を見る限り、この部屋には結構な数の人が寝ている事が分かった。


「善子ちゃん、ここで寝れる?」

誰も居ないのは分かっているけど、善逸さんとは呼んであげない。
初っ端からやらかしてくれたんだから、これくらい意地悪してもいいでしょ?

冗談のように尋ねると善子ちゃんは唇尖らせて「仕方ないだろ」と呟いた。

「またまた…本当は嬉しいくせに」

以前、女性しかいない村に行った時も、女性からの熱視線に喜んでいたではないか。
落ちている鏡や櫛を拾いながら言う私。
善子ちゃんは部屋の隅にどかっと座り込み、私をじとっと睨みつける。


「何ですか…?」


何でそんな目で見られなきゃならないんだ。
引き攣りながら善子ちゃんに問うとすぐに善子ちゃんが答える。

「…あの男には近づかないで」
「あの男?」

善子ちゃんが言うあの男とは平次さんの事だろうか?
よっぽど嫌いなんだね。善子ちゃん。
前に善逸さんが「伊之助に近付くな」と言っていた時を思い出した。
思い出し笑いをしてしまった私を見て、さらに善子ちゃんの目が細められる。




「そんなに気にしなくても、大丈夫ですよ」




安心させるように善子ちゃんに微笑んだけど、善子ちゃんは安心するどころか、眉間に皺を寄せるだけだった。



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