29. 捜索


京極屋には宇随さんのお嫁さん、雛鶴さんが潜入していたそうだ。
彼女を探す事も私たちの仕事の内だ。
とは言え、そこらにいる人に尋ねようにも、皆平次さんが言っていたように暗い雰囲気を纏っていて、聞いても微妙な回答しか得られなかった。

困ったな。

何もしないわけにもいかないので、久しぶりに雑用を任された。
旦那様の所に居た時以来だから、何だか懐かしく感じてしまった。
ルンルンで雑用を行っているのは私だけで他の人は気が重そうだったけど。
私よりも問題は善子ちゃんである。
あの人、雑用なんて出来るとは思えない。
でも耳が良い事を理由に三味線を弾かせてみたら、他の人の目に留まり、ガンガン練習させられている。
私は楽器がさっぱりだから、そういう器用な事ができるのは純粋に羨ましいけど。
善子ちゃんが居ない間に私が出来そうな事はしておこう、と雑用をする振りをしながら店の中を徘徊する。

いい加減髪の毛が鬱陶しく感じていたので、最近ハマっているサイドに髪を流してシュシュで留めた。
案外シュシュは人気のようで、禿の女の子に「それはどこで手に入れたのか」と尋ねられた。
思わず手作りだと言ってしまったので、彼女たちの視線に根負けして今度教える事になった。
まるで友達が出来たみたいで、私はこっそり喜んでいた。


雛鶴さんの話を聞かないので、表だってお店の中にはいないんだろう。
だったら、平次さんが言っていた折檻部屋なんかにもしかして投獄されていたりしないだろうか?
一度見てみる必要はあるかもしれない。
でも、あそこ凄く暗くて怖いんだよね。
善子ちゃんが戻ってきてから、行こうかな。

なんて考えながら廊下を歩いていた時、前から平次さんがやってきた。
平次さんは私に気付くと、にこりと微笑んで「名前」と声を掛けてきた。

「どうしたんだ?何か探し物かい?」
「いえ、善子ちゃんが三味線の練習中なので、お店の中を散策でもしようかなって」
「二人は本当に仲が良いな。俺が付き合おうか」

楼主の息子さんに、こんなに気軽に話しかけてよいものなのだろうか。
私はよくわからないけど、平次さんは話しやすくて誰にでも優しい人なんだと思う。
人柄の良さが顔に出ているんだよなぁ、と顔を見ながら考えていた。

平次さんの提案に私は最初、丁寧に断ったがどうしても、という平次さんに有難くお願いする事にした。
もうすぐ善子ちゃんも戻ってくるだろうし。

二人で歩きながら他愛のない会話をする。
好きな食べ物から、最近の出来事まで様々だ。
その会話の中に雛鶴さんに繋がることがあれば、と思ったけど特にそれらしいものは無かった。
あんまり出歩いていると楼主様に見つかっても面倒なので、適当な所で切り上げ、私は雑魚寝部屋へ戻る事にした。

「平次さん、連れまわしてすみませんでした」
「いや、名前は博識だな。話していてとても楽しかったよ」

平次さんが微笑む。
この人の笑みはどこか炭治郎さんに似ている。
あぁ、禰豆子ちゃんに笑いかける炭治郎さんと同じ顔なんだ。
という事は私は妹ポジションなのかな?
若干複雑である。

平次さんにお世辞を言われたけど、適当に返答して平次さんとは別れた。
うーん。何にも手掛かりがなかったなぁ。
善子ちゃんにも報告しとこ。

雑魚寝部屋に戻ると、何人かの女の子たちが鏡の前に座っていたが、私の目的の人は居なかった。
あれ、まだ帰ってないのかな?
なんて思っていたら、部屋の隅っこに体育座りで座っている善子ちゃんを発見した。

「善子ちゃん、もう練習終わったんですか?」

とたとた、と善子ちゃんに近付く私。
善子ちゃんはジロっと私を一瞥して、黙ったまま下を向く。
あぁ、人がいるから喋らないんだ。
でも何でそんな目で見られなきゃならないんだ。

「善子ちゃん…?」

善子ちゃんの横に私も同じようにして座る。
体調でも悪いのかと思って善子ちゃんのおでこに掌を当ててみたけど、熱はなさそう。

「…何…?」
「体調でも悪いのかなって。もしかして元気ない感じですか?」

小声で善子ちゃんが返事をする。
その声からは若干の不機嫌を含んでいた。
首を傾げて今度は善子ちゃんのうなじ辺りに手を突っ込んだ。


「うひゃぁっ」


善子ちゃんが驚いたのか、悲鳴を上げる。
あー…驚かせてごめんなさい。

「な、なにすんの!?」
「いえ、身体とか熱くないかなーと思いまして。熱とかね」
「触るなら触るで、何か言ってから触ってよ!」
「触りましたよ」
「遅いよ!」

少し顔を赤らめて善子ちゃんが私に詰め寄る。
そんなに吃驚しちゃったんだ、本当にごめんなさい。

はあ、と小さく息を吐いて私は善子ちゃんに尋ねた。


「雛鶴さんの話、何か分かりました?」


ブンブンと首を横に振る善子ちゃん。
困りましたね、こちらもです、と唇を尖らせて見せた。

「明日もお店の中を探してみますから、善子ちゃんは姉さん方から話を盗み聞きしててくださいな」
「…それはわかったけど、名前ちゃん、今日アイツと話した?」
「アイツ?」

善逸さんが言うアイツ、前回に引き続き平次さんの事だと理解した。
私は嘘をいう訳にはいかないので、「ええ」と答えた。

「はぁ?何で?」
「雛鶴さんのお話を聞いただけですよ」
「アイツ以外に聞いたらいいじゃん」

先程よりも更に不機嫌になる善子ちゃん。
とは言われてもねぇ。
はは、と苦笑いをして私は横にある善子ちゃんの手を握った。


「この前から思ってましたけど、少し怒ってます?」
「……怒ってる」


わりと正直に善子ちゃんは教えてくれた。
京極屋さんに潜入してから、善子ちゃんは超機嫌が悪い。
潜入時に平次さんを見て私がイケメンとか思ってしまったからだろうか。
それなら、申し訳ないな。


手の中にある善子ちゃんの手から握られる。
善子ちゃんの顔を覗き込むように見ると、不安そうな目と目が合った。


「内緒の話ですけど」
「ん?」


私が善逸さんが女の子と触れ合う度に思っている事。
今の善子ちゃんも同じ事を想ってくれているなら。
その不安な気持ちは取り除いてあげたいって思ってしまう。


「実は私、金髪の色男が好みなんですよね」


内緒ですよ、善子ちゃん。
と、善子ちゃんの顔を見ないで言うと、横で善子ちゃんが息を飲んだのが分かった。



< >

<トップページへ>