02. 旅立ち


「名前さんにはこちらを渡しておきますね」

明日にはここを出る。
大慌てで旅の準備をしていた所、しのぶさんに廊下から手招きされ、トコトコと付いていった。
しのぶさんの部屋へ通され「少し待っててください」と言われ、待つ事数分。
小刀を両手に持ったしのぶさんが戻ってきた。
私はその様子に「あれなんだろう」と呑気に考えていた。

そして小刀を私の目の前にやり、優しい声でしのぶさんが言ったのだ。

「え、頂けません、無理です」

両手を上げて降参のポーズを取りながら、首をブンブンと横に振る。
刀なんて私持った事ないんです。
そんな私に無理やりずいっと小刀を突きつけ「どうぞ」とにっこり。

「私、刀なんて所持した事ないんですけど」
「これからは必要になるでしょう?」
「で、でも私使い方とか、知らないですし」
「簡単です。鞘から抜いてグサっとするだけですから」

笑顔のまましのぶさんが「ね?」と問いかけてくる。
その圧力に負けて私は自分の手をしのぶさんに差し出した。

小刀とはいえ、金属らしい重さが掌に広がる。
本物だよね?これ。

ドキドキしながら、掌にある刀をジロジロと覗き込む。
ほっとした顔をしたしのぶさんが、口を開いた。

「それで鬼の首を斬る事は出来ませんが、無いよりましでしょう」
「頂いても宜しいんですか?」
「というより、持って頂かないと。時間があれば指導も出来たのですが、そんな余裕もなかったので、物だけお渡ししておきます」

すっと目を開きながら、私に説明するしのぶさん。
確かにここ最近、しのぶさんは屋敷に居ない事の方が多かった。
私のゴタゴタの後始末に加え、御館様のご報告から全てお任せしていたし。
きっと途轍もなく忙しかったんだろう。

「まさか善逸くん達に付いていく、なんて思ってもいませんでしたので」
「……それについては、本当に申し訳御座いません」

頬に手を当ててにこっとしのぶさんが微笑む。
その笑みにどこか黒い部分が見えてしまった私は、即座に謝罪する。

「一緒にいると決めたんです」

小刀を持った手を膝の上に置いて、しのぶさんを見据えた。


「……まあ、惚気ですか?」
「え、違っ」

困った顔をしたしのぶさんがくすりと笑う。

「本当は使う事が無い方が良いに決まっています」

ちらっと小刀を目にして、しのぶさんが続けた。

「決して安全であるという保障はないのです。自分の身は自分で守らねば、ですね」

伊之助さんと同じ事を、もっと優しい言葉で言われているようだ。
しのぶさんの言う事はもっともだ。
私自身、今までどれだけ善逸さん達に助けられたか分からない。
今回も付いていく事で迷惑が掛かるのは百も承知だ。
その中で私が少しでも戦えるようになる事が、生存確率を上げる一つの手。

「ありがとうございます、しのぶさん」
「今度この屋敷に帰ってきた時、指導しますから」

それまで死なないで下さいね、と笑顔で言われてしまい私は苦笑いをする他なかった。




―――――――――――――――



「こんな感じで如何でしょうか、善逸さん」


真新しい白を基調としたお着物。
柄に黄色いお花がポイントとして入っており、めちゃくちゃ可愛い。
これも藤乃さんの見立てである、素敵。
その上から新しくなった若葉色の羽織を纏う。

善逸さんの前でくるりと一回転して見せたが、善逸さんは口をあんぐりしたまま固まってしまった。

「あのー?」

腰を曲げて善逸さんの顔の前に手をひらひらさせてみただけど、反応は帰ってこない。
斜め後ろに居た炭治郎さんが「とても似合うよ」と声を掛けてくれた。

「本当ですか!?嬉しいなぁ」
「馬子にも衣装だな」

炭治郎さんの横にいる猪が腕を組んで言う。
最近仲良くなってきたと思ったけど、この人失礼な事はズバズバ言うよね。
ぷぅっと頬を膨らませて「わかってます!」と言うと、最後に自作のシュシュを頭に付ける。

「あ、俺の羽織…」

やっと善逸さんが戻ってきたみたいだ。
私のシュシュを見てぽつりと呟いた。

「結構可愛く出来たと思いません?」

ポニーテールの部分を自信満々で見せる私。
それを見て炭治郎さんが「ほう」と声を上げた。

「不思議な形の髪飾りだな。組紐でもなさそうだし」
「結構便利なんですよ、ぱっと纏めちゃう事ができるので」

シュシュの縁には小さい鈴なんかも付けてみた。
頭を揺らす度にシャランと鳴って可愛いでしょう。

「それに鈴があれば、善逸さんにも聞こえるかなって」

えへへ、と少し気恥ずかしく笑うと善逸さんがそっぽを向いて

「そんなの付けなくても、聞こえるよ」

と言った。




―――――――――――




「皆さんお達者で……どうかご無事にお過ごし下さい」

なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんに屋敷の門の前で最後のご挨拶。
三人と炭治郎さん、善逸さんが号泣しながらその別れを惜しんでいる。
私もつられてぐすん、ってなったけど、横にいた猪が「何泣いてんだ」と茶々を入れてきたので、涙も引っ込んでしまった。
伊之助さんには血も涙もないのか。

三人に手を振って私たちは屋敷を後にした。
最後まで善逸さんは抵抗していたけど。

「今回はどちらに向かうんですか?」
「街に出るんだってさ」
「え、街ですか!?」

善逸さんの横を歩きながら、私は心躍っていた。
街に行くのか。今まで街らしい街なんて行った事がなかった。
いろんなお店とかあるのかな。楽しみだなぁ。
私の気持ちを読んだのか、善逸さんが呆れたように「そんなにいいとこでもないよ…」と言った。

「人は多いし、人は多いし、人は多いし。歩くのが辛いだけだって」
「人が多いのには慣れてますよ。そういう所を歩くだけでも楽しいんです」

私は前を歩いている伊之助さんに「伊之助さんも初めてじゃないですか?」と尋ねた。

そこで私は気付いてしまった。

「……ちょっと待って伊之助さん。街に行くのにその恰好で行くんですか!?」
「何だよ、悪ィのかよ!」
「悪すぎます、悪目立ちします!!」

「あ、ほんとだ!」

善逸さんも私の言いたい事が分かったみたいで、二人で引き攣った顔をした。

「何とかなるんじゃないかな」

炭治郎さんだけはぽややんとした事を言っていたけど、すぐに善逸さんが「炭治郎も山育ちだから、そう思うだけだよ」と突っ込みを入れていた。



結局四人で街に到着するまでずっと、服を着るか着ないかの議論をしていた。



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