30. 鈴の音


本日も懲りずにお店の中を散策する。
善子ちゃんは今日も三味線の方で忙しいみたいだから、比較的動きやすい私がやらないと!

今日の善子ちゃんのメイクは僭越ながら、私がさせて頂いた。
(宇随さんにメイク方法を習った善逸さんのソレでは、とてもじゃないけど可哀そうだったから)
そのお陰か分からないけど、善子ちゃんの評判も前より良くなった。
まあ、全体的にナチュラルにして、ぼやかしただけなんだけども。

夜中の間に禿の子や比較的年の近い女郎の子と話してみたけど、どの子たちも雛鶴さんの行方は分からないみたい。
突然いなくなったみたいだ。
そのタイミングで楼主の奥さんが変死したので、この店はもしかしてヤバイんじゃないか、と噂が流れているらしい。
だから、皆話したがらなかったんだ。

手に入れた情報は紙に書き起こして、窓からぽいっと捨てた。
それを鴉が咥えて飛んでいったので、宇随さんの鎹鴉だと思う。
チュン太郎ちゃんは近くにいるけど、便りを運ぶほど力はないみたい。
可愛そうに、チュン太郎ちゃん。

暇な時間を見つけては、頂いたおやつをチュン太郎ちゃんに分けてあげた。





私は今の所、雑用以外の仕事を任されていない。
(とてもじゃないけど、お客の前に出れる教育を受けていない)
雑用は得意だから、全く問題ないんだけど。
そういう意味では善子ちゃんは凄い。
あっという間にお客さんの前で弾く事ができたのだから。

「私も負けてられないなぁ」

せめて何か役に立たないと。
お客さんや姉さんから情報を集めている善子ちゃんに負けないように、私は店の中を徹底的に洗い出そう。
その為には行くのを躊躇っていた折檻部屋を覗かなくてはならない。

「はぁ…」

気が重い。
あそこの空気だけは他と違う。
きっと今まで何人もの人があそこに入れられたんだろう。
嫌な想像ばかりが先行して、私の気持ちをどんどん低下させていく。


「どうしたんだい、ため息を吐いて」


気が付いたら、後ろに平次さんが立っていた。
盛大なため息を吐いていた私に気付いていたのだろう。
下手に誤魔化すのは得意でもないので「善子ちゃんばっかり色々出来て羨ましくて」と答えておく。
嘘は言っていない。
善逸さんの隣に居る私は、いつもそう思っている。
何か出来る事があるかと言われると、善逸さんの扱いが段々上手になってきたくらいか。

「名前だって誇れるものがある筈だ。誰とでも仲良くできるだろう?」

そう言って平次さんは首を傾ける。
何だか面と向かって言われると恥ずかしいかも。

「そうですか?」
「あぁ。俺も名前と話すのは楽しいと感じているし、他の皆もそうだと思うよ」

まさかのべた褒めである。
段々胸の奥がこそばゆい気持ちになってきた。
適当に話題を変えたいくらいだ。


「あ、そうだ。名前、ちょっと手伝ってくれないか」
「はい、いいですよ。何でしょう?」


丁度いい所で平次さんが思い出したように零した。
コクリと頷いて私は了承する。



「行灯部屋から、酒の席に置く骨董品を出すんだ」



本当に丁度良かった。
私は二つ返事でOKした。
こちらもそこに行きたかったんですよ。




誰も通らない廊下。
日の光も入らないそこを通ると、ひと際汚れた扉があった。
こんな華やかなお店の中でこの部屋だけが異質だ。
平次さんが、扉を開けて中へ入る。
うわ、中も薄暗いな。結構不気味だ。

少しの光を頼りに平次さんについていく。
廊下まではお店の音や人の声が聞こえていたけど、中に入ると全然聞こえない。
折檻するんだもんね、そりゃ声なんて聞こえないほうがいいよね。

足元に注意しながら、ゆっくり進む。


「あ、あった…ここだよ、名前」


平次さんが何か見つけたようだ。
その声の方へゆっくり近づいていく。

だけど足元の小物に足が引っかかってしまった。
あ、と思った時には身体が傾いていて、軌道を変えようとしたけど間に合わなかった。

「わぁっ…」

私の身体はそのまま冷たい床の上へ、とはいかなかった。
来るであろう痛みを覚悟して瞼を閉じたが、がっしりと身体を抱き留められていた。

「大丈夫かい?名前」

暗い部屋の中で少し焦ったような顔をした平次さんと目が合った。
どうやら平次さんが私の身体を支えてくれたらしい。
イケメンはやる事なす事イケメンですね。
さっさと平次さんから離れるために「すみません」と言いながら、後ろへ下がろうとした。

腕を掴まれている。

あれ?と思って平次さんを見ると、平次さんは真面目な顔で私を見ていた。


「名前の髪飾りは鈴の音がするんだね…」
「え?ま、まぁ…はい」


シュシュの事か。急に何を言い出すかよくわからないけど同意しておく。
私の顔はきっと疑問符で溢れかえっているだろう。
でも平次さんは私を離さない。


「あ、あの…?」
「その髪も素敵だけど、俺は下ろした姿も似合うと思うよ」


穏やかな口調で言うけど、シュシュに手を掛ける平次さん。
はっとして私は抵抗する。


「これは…大事なものなんです」
「そうなんだ…善子とお揃いなんだね。でも、外した方が可愛いよ」


平次さんが構わずシュシュに触れる。
振り払おうとしたけど、いつの間にか両手を片手で掴まれていて、動けない。

シュシュを触られるだけではなくて、よく見ると平次さんの顔も次第に近付いてきているのが分かった。

え?

これって…?


あ、やだ。
どうしよう、触ってほしくないし、これ以上近付いてほしくない。
一瞬の間に不快感が過る。
でも、どうしていいかわからない。

シャラン、と耳元でシュシュの鈴が鳴る。
やめて、それは本当に大切なものなの。
せめてもの抵抗に首を振ってみたけど、遅かった。
殆ど諦めて瞼をぎゅっと閉じた。


するり、とシュシュが髪の束から滑っていく。


その時だった。




「ぐぁ…っ…」


平次さんが苦しそうな声を上げた。
慌てて私も目を開けて、顔を上げる。




私のシュシュを掴んだ平次さんの手は、私の後方から伸びた手によって拘束されていた。
拘束されている手が震えている所を見ると相当強い力で握られている事が分かった。

平次さんを拘束している手の先にいたのは、善逸さんだった。


「…ぜ、善逸さん」


思わず善逸さんの姿を見てほっとしてしまった。
善逸さんは私の事は一切見ずに、平次さんだけを鋭い眼光で睨みつけ、歯を食いしばっていた。


「何してたの?」
「ぜ、ぜんこ…やめ…」
「何してたって聞いてるんだけど?」


善逸さんの冷たい声が平次さんに刺さる。
手首の痛みで平次さんは顔を歪めていた。


「名前ちゃんに、何しようとしてた?」


善逸さんの言葉で私もはっとする。
そうだ、私、さっき…
ぶるり、と僅かに身体が震える。


「な、何も…善子、離してくれ」
「…名前ちゃん、外に出て」
「善逸さん?でも…」
「いいから」


善逸さんの言葉に従い、私はゆっくり後退した。
私の手にあった平次さんの手は、いつの間にか解かれていた。

来た道を戻り、折檻部屋の外へへと飛び出した。




廊下に出る直前、中から物を倒したような音が聞こえた。



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