33. 消失


善子ちゃんが上の階へ走って行って、数分後。
明らかに異常な物音が上の階から聞こえてきた。
私は胸の中がざわつくのを感じ、雑魚寝部屋に戻ろうとしていた足を止め、二階へダッシュする。
階段を駆け上がり、二階へ向かった時にその部屋の前には女の子の泣き声と、楼主が花魁に向かって土下座をしている最中だった。


その横を小走りで近づき、花魁と楼主が立つ部屋の前を覗いた時だ。
不自然に倒された襖の上に善子ちゃんが鼻血を出して倒れていた。

私は一気に血の気が失せ、慌てて善子ちゃんに駆け寄った。

「ぜんい…善子ちゃ…ん?」

善子ちゃんの顔に触れ、呼吸をしているか確認する。
大丈夫、気を失っているだけだ。
少し安心したけど、何故善子ちゃんがこんな事に…?
気持ち悪い汗が背中を伝う。

誰が、こんなこと出来るの?
善逸さんは、弱虫のダメな人だけど、鬼殺隊員だよ?
私はぶるぶる震える手で善子ちゃんを抱き上げようとした。


「旦那さん、顔を上げておくれ。私の方こそ、ごめんなさいね。最近ちょいと癪に障ることが多くって」


私の背後で花魁が旦那様に向かって呟く声が聞こえる。
そろりと花魁の顔を見て私は目を見開いた。



「入って来たばかりの子につらく当たりすぎたね。手当してやって頂戴」



とても綺麗な笑みだった。
花魁になるほどだ。大層綺麗な人ばかりだろうと思っていたが。
この人の笑みは、綺麗すぎる。
その笑みの奥が全く笑っていない。

体温がぐっと下がっていくのを感じる。
こわい。
純粋にこの人がこわい。
話しぶりから、この人が善子ちゃんをこんな目に合わせたと分かるけど、
それがどういう意味なのか、私には痛い程分かってしまった。


この人、人間じゃない。


いくら階級が下だとは言え、鬼殺隊を失神させる力を持つ花魁なんて存在しない。
何があったかはわからないけど、善子ちゃんはそれに気付いた筈だ。
そしてこんな目にあった。

善子ちゃんの頭を抱きしめながら、私は花魁を睨んだ。


「支度するから、さっさと片付けな」
「人を呼べ!!早く片付けろ、蕨姫花魁の気に障る事をするんじゃねぇ!!」


花魁が一瞬私を見て笑う。
そして踵を返し、めちゃくちゃにされた部屋へと戻っていく。
楼主は周囲に集まってきた人に対して、指示を出し片付けを命じた。
私は善子ちゃんの傍を離れないようにして、他の人ともに善子ちゃんを下の階へ運んだ。





一つの一室を借りて、善子ちゃんは寝かされた。
何人かの人が覗きに来たけど、私だけでいいと丁重に断り、善子ちゃんの様子を確認した。
外傷はなさそうだ、本当に鼻血だけ。
心の底から安堵の息を漏らす。
顔を綺麗に拭ってやり、私は善子ちゃんに布団を掛けてあげた。



あの花魁を見てから、震えが止まらない。
この場に居ないというのに、何故だかずっと悪寒がする。
明確な殺意、それがあの場にはあった。
そしてその視線を今も感じている。

この事実を宇随さん達に連絡しないと…。


「ちょっと、待っててくださいね。文を持ってきますから」


寝ている善子ちゃんに声を掛けて、私は雑魚寝部屋へと急いだ。




戻ってきたときには、布団はもぬけの殻だった。


「え?善逸さん…?」


布団を捲ったり、押し入れを開けたりして見たけど、どこにも善逸さんがいない。
ゆっくり布団に触れるとまだ暖かい。
善逸さんが起きた?いや、起きたとしても、勝手に何処かへ行くとは思えない。
私が近くに居る事は音でわかるだろうから、善逸さんならこの場に残っていただろう。



もしかして、連れ去られた?


氷点下まで下がる勢いで体温が低下していく。
慌てて廊下に飛び出し、その付近に居る人に「善子ちゃんを見ませんでしたか?」と尋ね回るが皆首を振った。
私が分かる範囲で捜索をしたけど、雑魚寝部屋にも花魁の部屋にも、行灯部屋にも何処にもいない。
他の人が楼主様に善子ちゃんがいない事実を伝えてくれたみたいだけど、“足抜け”した、と言われただけでその話はするなと打ち切られてしまったらしい。

それを聞いて胸の奥が熱くなる。

足抜けのわけがない。
私達は任務でここにきているのだから。
楼主はあの花魁について何か隠していると同時に、善逸さんに何が起こったか知っているんだ。
ぐっと唇を噛んで私はその場から駆け出した。




雑魚寝部屋の窓から顔を出し、キョロキョロと目的のものを探す私。

「ちゅん……チュン太郎ちゃん!!」

一匹の小さい雀がこちらに向かって飛んできた。
私の前で止まると一回、ちゅん、と可愛らしく鳴く。



「チュン太郎ちゃん!!宇髄さんを呼んで!!今すぐに!!お願い…」


なりふり構わずそれを伝えると、承知してくれたチュン太郎ちゃんが高く空へ飛んでいく。

私はそれを見つめて窓の下でぺたりと座り込む。


見つけてみせる。
死んでなんかいない。
助けてみせる。
今度は私が。


窓の桟を掴んだ手を力いっぱい握る私。
そんな時、頭上から声が響く。





「オイ、呼んだか?」




声に顔を上げると宇髄さんが窓の外に立っていた。
私は泣き出しそうになりながら「ぜん、善逸さんが…!!」とだけ伝えると状況を察した宇髄さんの顔色が変わる。


「ここじゃなんだ、行くぞ」


その言葉と同時にわたしの身体はひょい、と持ち上がり、気が付いたら宇髄さんの肩の上にあった。
あ、と思った時にはそのまま宇髄さんが窓の桟を蹴り上げて、上空を飛んでいた。



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