35. 守る


私は伊之助さんとともに荻本屋へ行くことになった。
終始ブスっとした顔でいる伊之助さん。
そんな露骨な態度しなくてもいいじゃないか。
まあ、伊之助さんにとっては迷惑以外の何者でもないとは思うけど。

夜が更ける頃には炭治郎さんも荻本屋へ合流すると言っていた。
それまで私たちは、じっと待っていればいい。
とは言え、私は荻本屋の人間ではないので、他人が店の中にいれば不審に思われるだろう。
伊之助さんが見つけた天井裏、誰も来なさそうな部屋などを転々として、時間を待つ事にした。

窓からそっと部屋に侵入すると、軽々と近くの天井の板を剥がす伊之助さん。
そして顎でそれを指して「ほら登れ」と言うのだ。


「無理です」
「は?」
「足届かないし、伊之助さんが上げてくださいよ」


一応、ぴょんぴょんと跳ねてみた。
呆れた顔の伊之助さんが舌打ちをした。
本当にすみませんね!面倒くさくて!トロくて!

面倒臭そうに私を片手でひょいと持ち上げる伊之助さん。
そして気遣いの欠けらも無い動作で私を天井へぶん投げたのだ。

「ぎゃっ」

なんとか天井裏へ上ること出来たが、天井の梁に鼻を強打してしまった。
ぶつけた所はきっと赤くなってるだろう。
痛みがある鼻を優しく指で撫でながら、じーっと伊之助さんを睨む私。

「どんくせェ」

ふっ、と鼻で笑われてしまった。
ムカつく。
まあ、その通りなので私は黙っていた。

「おい、ねずみ共!」

私が登ったあと、伊之助さんが下から顔を出す。
そして、少し大きな声で叫んだかと思うと、暗い所から光る目が何個も見えた。
思わずぎょっとしてしまったが、よく見るとねずみだ。
しかも何故か筋肉隆々で二足歩行の。
ねずみさんの額にも宇髄さんと同じような額当てが見えたので、宇髄さんのねずみさんだろうか。
ねずみさん達は何かを準備しているようで、暫くウロウロしていたけど、遠くの方から荷物を持って私の元へやって来る。

1つは私の短刀である。
宇髄さんに預けていたものだ。
そしてもう1つは私の若葉色の羽織だ。

「あ、私の羽織…」

ねずみさんから羽織と短刀を受け取り、私は「ありがとう」とお礼を言った。
ちゅ、ちゅ、と鳴いてねずみさん達は私から離れていく。
受け取った羽織に袖を通して、近くの梁に乗っている埃を払った。


「伊之助さんもどうぞ」


下にいる伊之助さんに向かって私は手を出す。
よく考えたら、伊之助さんのいる店なのだから天井裏に来る必要はないのだけど。
私の手を見て固まる伊之助さん。

「あ、下にいます?」
「…いや、」

てっきり部屋で待つのかと思って、手を引っ込めようとした。
だけどすぐに伊之助さんが私の手を掴んで、ぴょんと飛び上がってきた。
私の手、要らなかったんじゃ…?

ドカっと適当な梁に座る伊之助さん。
ギシと板が悲鳴を上げた。
あんまりここで動くのは無理そう。

炭治郎さんを待つ間、静かに隠れていようとも考えたけど、脳裏には良くない想像ばっかり浮かんでしまう。
宇髄さんの言うように、善逸さんは…なんて。
嫌な想像を振り払いたくて、頭をぶんぶんと振った。

きっと大丈夫。
善逸さんは生きてるし、私達が助ける。
僅かに震えている指をぎゅっと握った。


「怖いのか?」


そんな私を見て不機嫌そうに伊之助さんが言う。
伊之助の大きな目が私を捉えた。


「怖いですよ。善逸さんに何かあったらって」


苦笑いで返すと、伊之助さんが小さくため息を吐いた。

「そういう意味じゃねェ。鬼の方だ」
「あ、鬼の方ですか。そっちはあんまり意識してなかったかも」
「お前おかしいだろ?」

伊之助さんに小馬鹿にされたので、私は頬を膨らませて抗議する。
頭がおかしい人に言われたくない。
今は猪の頭を被ってないけど、普段の伊之助さんはクレイジーだ。
私なんて可愛いもんだろう。


「鬼の方は、伊之助さん達が何とかしてくれるので、私は心配してませんよ」


でしょ?と頭を傾けたら、伊之助さんが意外そうな表情を見せた。
あら珍しい。


「…当たりめェだ」


まるでいたずらっ子のようにニヤリと笑う伊之助さん。
伊之助さんならそう言うと思った。
でも…


「伊之助さん」
「んだよ」
「私が死んでしまったら、善逸さんの事お願いします」


鬼の方は心配していない。
彼らはいつものように鬼の頸を落とすだろう。
でも、私は。
私が生き残れる保証はない。
足手まといになるくらいなら、死を選ぶかもしれない。
そうなった時、善逸さんを炭治郎さんと伊之助さんに任せたい。


「はっ」


私が真剣に言った言葉を、超ウザそうな顔で伊之助さんが一蹴した。

はあっ!?
人が真面目にお願いしてるのに!
なんて態度だ!

胸の中でプリプリ怒りながら「真剣に言ってるんですよ?」と言ってみた。
だけど態度を変えず伊之助さんが鼻で笑う。
きぃぃいいい!!このくそ猪ぃぃぃ!!

余計腹が立った私は、伊之助さんを見つめる目を細める。


「俺はやらねーぜ、そんなクソ面倒な事!!」
「伊之助さんよりも面倒な人はいませんよ!」
「だったら、お前がやればいいじゃねーか!」
「生きてたらそうします!!」


でも、私は死んでもおかしくないでしょ…

ポツリと呟くと、さっきまで偉そうな態度だった伊之助さんが黙った。
二人の間に微妙な空気が流れる。

こんな暗い空気を作るつもりなんて無かったのにな。
さっさと違う話題に変えてしまおう、と思って伊之助さんに向かって口を開きかけた。
私がしゃべり出す前に伊之助さんが沈黙を破った。



「アイツが居ない間は俺が守ってやる!!」



だから、死なねェ!!
と続けて叫ぶ伊之助さん。
口を開きかけたままの状態で、伊之助さんを見つめた。
きっと今の私はとても間抜けな顔をしているだろう。
数回瞼をぱちぱちしている私を見て、伊之助さんが若干戸惑う。



「お、オイ!!何とか言え!!」
「あ、はい」
「違ぇぇ!!」



すぐさま伊之助さんから鋭い突っ込みが入る。
とは言え、私自身吃驚しているんです。
まさかあの、あの伊之助さんがそんな事を言うなんて思っていなかったから。

あの伊之助さんが。

脳裏に浮かぶ数々の奇行。
常日頃から常人離れしていると感じていたのに、いつのまにこんな成長したんだ。


それが凄く嬉しく感じて、慌てる伊之助さんに私は微笑んだ。



「それはとっても心強いですね」


お願いしますよ、と言うと「おう」と短く返ってきた。



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