37. 寝てるけど起きてる


羽織が土で汚れてしまうけど、そんな事はどうでもいい。
伊之助さんが一回り大きく掘ってくれたお陰で、私は余裕をもって穴へ入ることが出来た。
穴を掘りながらだというのに、私よりも数倍速いスピードで先を進む伊之助さん。
真っ暗なのに伊之助さんには何が見えてるんだ。
ズリズリと少しずつでも前へ前進する私。

伊之助さんはこの穴が鬼の巣に繋がってるって言ってた。
炭治郎さんが言ったように、きっと色んなお店の中にこんな通路があったんだと思う。
善逸さんのように沢山の人が攫われたんだ。

善逸さん、そこにいるよね?

頭に土がかかっても気にしない。
伊之助さんの足だけを見つめて進む。



「ウォオオオオオ!!」


暫くして伊之助さんが何かに気づいたように声を上げた。
そして、さっきよりもスピードを上げて穴の中を進んでいく。
出口かな?
伊之助さんに続き、私も出来るだけスピードを上げる。

ほんと、着物って動きづらい!
まさか着物でほふく前進することになるとは…
帰ったらちゃんと運動しよ…。


突如、伊之助さんが出口と思われる所から勢いよく飛び出した。
仄かに光が漏れている所を見ると、外だ。
私もようやく出口の縁に手をかけ、身体を捻り出した。
頭を出した所は、天井の高い洞窟のような場所だった。
そこら中の土の壁から私達が通ってきた穴みたいなのがあいていて、これが恐らく他の店に繋がっているんだと思う。

そして、天井からまるでガーランドのように垂れ下がった大量の帯を見つけた。
その異様な光景に私は思わず息を飲んだ。

様々な柄の間に、人がいた。
1人2人ではない、大量の人。
帯の中に人が閉じ込められている?
店から攫われた人達だろうか。

下半身を穴から出そうとしたけど、最後の最後で突っかかって抜けない。
うーん、と思ってたら先に出ていた伊之助さんが、私の腰を掴んで引っ張り上げてくれた。
…ほんと申し訳御座いません。

伊之助さんに軽くお礼を言い、私は帯の様子を確認する。
片手には穴の中から何とか運んだ善逸さんの刀を持って。
ゴキゴキ肩や腕よ関節を戻しながら伊之助さんが口を開く。


「生きてるな。好きな時に出して喰うんだろ」
「みたいですね、この人たちも助けましょう…私の短刀でも切れそ…う……」


懐の短刀に触れながら帯を眺めていた時だ。
一角に見えたその人に、私は言葉を失う。
私の様子に気づいた伊之助さんも、同じ方向へ目をやる。



「善逸さん」



気がついたら走っていた。
帯の中で情けない顔で鼻ちょうちんを作っているその人に、私はそっと触れる。

生きてる、生きて…。
この目で見るまでは気が気でなかったけど、本当に安心した。

その事実を噛み締め、私は泣きそうになる。

今は泣いてる場合じゃない。
でも、良かった…生きててくれた。
帯に額を当てて私は俯いた。

後ろから呆れた声の伊之助さんが近づいてくる。


「何してんだ、コイツ」
「お前らが何をしてるんだよ」


伊之助さんの言葉の後、すぐに知らない声がした。
私と伊之助さんが慌てて振り返ると、そこには天井から垂れていた帯に目と口が出来ていた。
シュルシュルと帯を巻き取りながらも、気持ち悪い化け物となったそれは私たちに明らかな殺意を向けていた。


「他所様の食料庫に入りやがって、汚い、汚いね。汚い、臭い、糞虫が!!」


ミミズのようにぐねぐねと動く帯。
伊之助さんは私の前に背中を向け立つ。
そして刀を構えた。


「おい、名前、そこを動くなよ」
「い、伊之助さん…」
「そいつらを出せ」
「はい」


後ろを振り返らずに伊之助さんがそう言うと、そのまま帯に向かって飛び上がっていく。
そして、天井高い帯に向かって歯を振り下ろした。


「ぐねぐねぐねぐね、気持ち悪ィんだよ、蚯蚓帯!!」


伊之助さんが切った帯から人がボトボトと落ちてくる。
私も懐の短刀を取り出し、善逸さんが入っている帯に手を掛けた。
飛び出てきた善逸さんを抱き、土の上に寝かせた。

そして、短刀で近くにある帯を手当り次第切り刻んでいく。


「グワハハハハ!!動きが鈍いぜ、欲張って人間を取り込みすぎてんだ!!」


伊之助さんも大きく移動しながら帯を裂いていく。


「でっぷり肥えた蚯蚓の攻撃なんぞ伊之助様には当たりゃしねぇ!!ケツまくって出直してきな!!」


帯を振り回して攻撃されているのだろうが、伊之助さんには通用しない。
二刀の刀が華麗にそれらを切り刻み、ついでに近くの帯を斬り、そして駆け回っている。
伊之助さんが戦闘している所を始めてみたが、本当に体力馬鹿なんだな。

そんな事を呑気に考えていたけど、思い出したようにはっとした。
大方の人を助け終わり、私は下に転がっている善逸さんに駆け寄った。
未だ涎を垂らし眠っているその顔に、私は戸惑う事無くビンタをお見舞いする。


「善逸、さん!起・き・て!寝たままでいいから、起きて!!」


冷静に考えると何を言っているんだと思われそうだけど。
善逸さんに関してはこれでいい。

軽くパチンパチンしているつもりだったけど、すぐに起きてくれないから少し頬が腫れてしまった。
ごめんなさい、善逸さん。あとで何でもするよ。

途中から涙目になって口をモゴモゴしていたけど、善逸さんは起きない。
この人いつもそうだよね。
半分諦めて、伊之助さんの方へ目をやった。

伊之助さんの刀が帯を断ち切ろうとした一撃。
それは決まることなく。緩やかに帯が舞い切断には至らなかった。
そして急に伊之助さんに飛び掛かるように広がる帯。




「獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭い咬み!!」



伊之助さんの攻撃が再度帯に向かっていく。


「アタシを斬ったって意味無いわよ、本体じゃないし。それよりせっかく救えた奴らが疎かだけどいいのかい?」


帯の化け物は口角を上げた。
私は慌てて、善逸さんや周りの人達の前に出た。
鋭くなった帯が突如私の方へ向かってきたのだ。


「アンタにやられた分はすぐに取り戻せるんだよ」
「名前、逃げろぉ!!」


伊之助さんが焦ったようにこちらを見て叫ぶ。
私は歯を噛みしめて両手を広げた。

逃げない。逃げるわけにいかない。
彼を傷つけさせない。
たとえ、私が死んだとしても。


もう目の前まで迫っていた帯に私は瞼を閉じた。


私の目の前で金属音が響いた。

慌てて目を開けると、迫っていた帯は土の上にあった。
全てに苦無が刺さっていた。


「蚯蚓帯とは上手い事言うもんだ!」
「ほんと気持ち悪いです、ほんとその通りです!天元様に言いつけてやります!」


大胆な恰好をした美人さん(二人)が、苦無を握りしめ私の前に立っていた。
この人たち、さっき帯から出した人だ。
ポカンとした顔で二人を見ていたら、髪を上で括った女の人が私を見て笑う。


「あたしらも加勢するから、頑張りな」


そう言ってまた帯に向かって一つ苦無を弾く女の人。
その隣にいる髪の長い女の人は、泣きそうな顔で「アタシあんまり戦えないですから!」と喚いていた。


「誰だてめぇら!!」
「宇髄の妻です!!」


ぎゃんぎゃん喚きながらも彼女らは帯を切り裂いていく。
女の人達が「須磨」「まきをさん」と言っているのを聞いて、私はようやく理解した。
宇髄さんが探していたお嫁さん達って、この人か!!

やっぱり彼女たちも生きていたんだ。
ほっと胸を撫で下ろし、私は彼らの邪魔にならないように立ち上がろうとした。
けど、先程の攻撃で膝がびびってしまったのか、震えて動かない。
無理やり立とうとして身体は後ろへそのまま傾いた。
あ、倒れる。


ぼすん、と音がして私の身体は何かに支えられていた。


あれ?


顔だけを動かして上を見ると、見慣れた髪色が目に入った。




「……起きるの遅いですよ」



まだ固く瞼は閉じられているけど。
私の小言に善逸さんは「ごめん」と返す。




「後でちゃんと起きたら、私の文句全部聞いてくださいね」



肩を優しく掴む手にそっと私は自分の手を重ねた。
言いたい事は一杯ある。
泣いてしまうくらいに。
でも、今は言えないから、後で。

善逸さんは私をゆっくり起こし、私の手から刀を受け取った。



「わかった」


こくり、と頷いて善逸さんは私に背中を向けた。




「雷の呼吸  壱ノ型」



シィィと独特の呼吸が聞こえる。
身体を低く刀に手を掛ける背中。
安心できる、人。




「霹靂一閃」




その瞬間、伊之助さんの周りにあった帯は全て細切れとなった。



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