38. 地上へ


天井まで伸びていた帯たちが全て切り刻まれ、ゆらりゆらりと宙を舞った。
すた、と地面へ足を着いた善逸さんを見て、伊之助さんが「お前ずっと寝てた方がいいんじゃねぇか」と零した。
ほんとね、その通りだね。

皆さんの無事を確認すると私は、周りに転がっている人達をなるべく戦闘から遠ざけようと、一人一人運んでいく。
こんな時、私に腕っぷしがあれば何人でもホイホイと運べるのに。
捕まっている人たちが女性ばかりで良かった。
じゃないと、私には無理だった。

その時、今度は頭上からドゴンという爆発音が響き渡る。
戦闘していた皆さん含め私も思わず頭上に顔を上げた。
砂ぼこりが上から降ってきて、よく見えないけど、誰かが入って来たみたいだ。

鬼…?それとも、炭治郎さん?
ふわふわ舞う砂ぼこりの中を目を凝らして見つめる私。
やっと砂ぼこりが落ち着いた時、その中心にいたのは宇髄さんだった。
宇髄さんの存在に気付いた帯がすぐさま攻撃を仕掛ける。
けれど、それらを物ともせず、宇髄さんによって細切れとなる帯。

細切れになった帯が周りに落ちる中、まきをさんと須磨さんが吃驚した顔で宇髄さんを見つめる。


「天元様……」
「まきを、須磨。遅れて悪かったな」


私達には言わない、とても穏やかで優しい声だった。
まきをさんと須磨さんの前に大きな体が庇う様に立つ。


「こっからはド派手に行くぜ!!」


まきをさんと須磨さんの目に涙が見える。
そうだよね、ずっと会いたかったよね。
任務とは言え、ここに居る間寂しかったよね。
こんないいタイミングで助けに来られたら、感極まってしまうよね。
私まで宇髄さんカッコいいと思ったよ。

じろり、とその時善逸さんがこちらを見た気がした。

……いえ、何でもないです。



まきをさんと須磨さんの頭にポンポンと手を置いて、微笑む宇髄さん。


「派手にやってたようだな。流石俺の女房だ」
「うぇーん!!」


須磨さんがいち早く宇髄さんの隊服を掴み、号泣する。


「オイィィ祭りの神テメェ!!蚯蚓帯共が穴から散って逃げたぞ!!」
「うるっせええ!!捕まってた奴ら、みんな助けたんだからいいだろうが!!まずは俺を崇め讃えろ、話はそれからだ!!」


帯が逃げた事でブチ切れた伊之助さんが声を上げたけど、それよりも大きな声で宇髄さんが反論する。
何とも言えないけど、言い争いをしている場合ではないのでは…?

「天元様、早く追わないと被害が拡大しますよ」

切羽詰まった顔でまきをさんが宇髄さんに言う。


「野郎共!!追うぞ、付いて来い、さっさとしろ!!」


そう言って、誰よりも早くその場から消えてしまう宇髄さん。
早っ。

それに続いてまきをさんたちも素早く移動していく。
私達も行かないと。
来た穴へ潜ろうとして、穴を探していたら身体が急にふわっと浮き上がった。


「ひっ」


後ろから突然善逸さんが私を抱き上げたのだ。
最近こんなんばっかだ。
お姫様抱っこしてくれるのはいいんだけど、抱く前に声を掛けてくれませんかね?
いきなりは怖い。

苦々しい顔で物言いたげに見つめていたけど、善逸さんは何も言わなかった。
寝ている時ってホント、反応薄くなりますよね、この人。


「しっかり捕まってて」
「はいはい、分かりました」


善逸さんの着物をぎゅっと掴んで私たちは飛び上がった。
私達の後に続いて、伊之助さんも駆け出している。
地上にはあっという間に出る事が出来たけど、善逸さんは私を下ろすことなく、伊之助さんを先に行かせた。


「え?行かないんですか?」


伊之助さん達と逆方向に掛けていく善逸さん。
私はされるがまま、抵抗することなく善逸さんの顔を不思議そうに見つめる事しかできない。
ある程度走ったところ、店と店の間に下ろされた。
ぽかんとして善逸さんを見ると、固く閉じられら瞼は開く事なく、そのまま私を置いて背中を向けた。


「ここにいて。向こうは危険だから」


ぶっきらぼうにそれだけしか言わないけど。
その一言で、私を守るためわざと戦闘から離れた場所まで連れてきてくれた事が分かる。
胸に熱い思いが込み上げてくるのを私は感じた。

今にも走り出しそうな背中をぎゅっと抱きしめる私。


「無理しないで、と言っても無理するんでしょ」
「…うん」
「皆さんをどうか助けて下さい。皆さんも、善逸さんも無事で」
「わかってる」


優しく私の腕が解かれてしまう。
私を置いて、善逸さんは彼らの元へ駆けだして行ってしまった。

小さくなっていく背中を見つめ、私はごくりと唾を飲んだ。


私に出来る事をしないと。
戦闘が行われている範囲がいくら遠いとはいえ、いつここまで被害が出るかわからない。

私は近隣のお店や建物の扉を力の限り叩き、中の人を逃がす事にした。


「開けて下さい!!火事です!!逃げて!!」


火事、と言うと怪訝そうな顔をしていた人達、皆がぎょっとした顔で飛び出してきた。
確か遊郭は何度も大火事にあっていて、その度に店や人が沢山亡くなっていた筈だ。
火事に対しての意識は他より人一倍大きい筈。

「火元はどこなの!?」

慌てて出てきた女の人が私に尋ねる。
善逸さん達が向かった方の夜空を指さし「あちらです」と言うと、女の人もそっちに目をやる。
ここからでもわかるくらい、戦闘している場所周辺の空が奇妙な色に変色していた。
それを見て女の人も、家から出てきた人たちも顔を真っ青にする。

「早く!!行って!!」

彼女らの背中を押して、逃げるように促す。
手あたり次第、見つけた建物のの扉を叩いていく。
口で逃げろと言いながら、私は頭の中で全く別の事を考えていた。



どうか、あの人達が無事で帰ってこれますように。
皆で笑顔で、戻ってきますように。
誰一人欠けず、全員で。


善逸さん…。



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