39. 告白


「ば、化け物がぁ…!化け物が出たわっ!!」


店の人達を逃げしている最中、恐らく戦闘区域に居た人たちがこちらへ逃げてきたのだろう。
まるで恐ろしいものを見た顔で人混みへ逃げていた。
その異様な空気を感じ取り、火事だと思っていた人たちの顔色もさっと変わっていく。
化け物でも火事でも何でもいいから、ここから逃げて。
遠くの方で聞こえる戦闘の音は穏やかではない。

一刻も早くこの人達を逃がさないと、皆が存分に戦えない。


逃げ惑う人々と逆方向へ走っていく私。
もう残ってる人はいない!?

明かりが見える一つの店に飛び込んでみると、なんとそこには震える子が二人居た。
禿の子たちだろう。
身を寄せ合って部屋の隅に固まっている。
私は息を整え、怖がらせないようにゆっくりと近付いた。

「ね、お姉さんと一緒にここを出よう?」
「…ろ、ろう、しゅ様が、ここで待てって…」

拙い言葉で泣きながら私に説明する女の子。
その言葉に見た事もない楼主に怒りを覚える。
こんな小さい子達を残して楼主一人逃げたのか。
それとも稼ぎ頭である者とともに逃げたのかもしれない。
店の中は家探しでもあったかのように荒らされていた。

面倒な子共だけを残して行ったんだ。

思わず袖の中で拳を握ってしまった。


「お姉さん、ここから出て行くの怖いの。一緒に付いて来てくれないかな?」
「う、うん…」


怒りが顔に出ないよう、優しい笑みを浮かべたまま彼女たちの目線に合わせる。
彼女たちの手を優しく握り、私は立ち上がった。

両手でそれぞれ手を握り、店の外へ出ると、想像以上に戦闘が悪化していた。
すぐ近く、とはいかないけど明らかに戦闘の音が近づいている。
まずい、早くここを離れなければ。

「お姉ちゃん…」

ぎゅっと私の手が小さい手で握られる。
唇を噛んで私達は大人たちが逃げた方へ小走りで向かう。


「もう、少しだからね」


安心させるように二人に笑いかける。
ドクンドクンと心臓が鳴り響く。
私の胸の中では渦中に居る人達の事が気が気でない。
きっと炭治郎さんもあの場にいるんだろう。
皆で戦っている。それでも、あの戦闘の激しさ。
それだけ厄介な鬼という事だ。


「お姉ちゃん」
「どうしたの?」


走りながら、困った顔でこちらを見つめる女の子。
私がすぐに尋ねると自分の頬を指さしながら、続けた。


「泣いてるよ」


言われてはっとした。
必死過ぎて気付いていなかった。
自分の頬に伝う雫を。

私一人泣いている場合じゃない。

乱暴に肩で涙を拭って「砂が入ったみたい」と誤魔化した。




彼女たちを門の外へ連れてくると、その場にいた人に彼女達を託した。
そして踵を返し、来た道を走る私。
これだけ離れているというのに、音がどんどん酷くなっている。
近付いてきているという事もあるんだろうけど。

もう私が居たところでは皆逃げてしまったようだ。
元の場所まで戻ってくると人の気配はしないで、がらんとなった佇まいが残されていた。
荒い息をゆっくり整え、変色した空を見つめる。
夜明けまでまだある。


『ここに居て。向こうは危険だから』


そう言って駆けて行ったあの人は、大丈夫だろうか。
私は善逸さんが駆けた方角へゆっくり足を進めた。
約束を破ってごめんなさい。
今まで何度も破ってきたけど、善逸さんを残して一人安全な所にいるなんて出来ない。

着物の裾を軽く巻き上げ、私は走り出した。


一歩近づく度にビシビシと体中で何かを感じ取る。
頭の中には警鐘が鳴り響いていて、命の危険を知らせている。
そんなの、私だけじゃない。
きっとあの場に居るあの人達みんな、そうだ。

走っていると段々見えてきた。
まだ彼らの姿まで見えないけれど、攻撃の余波が私にも見える。
もう近い筈だ。
叫び声も聞こえる、そこにいる。
皆、いる。

加速して走ろうとした時だ。

私の腕が何かに引っかかって、止められてしまう。
慌てて振り返ると、私の腕を掴んで止める人がいた。


「…平次、さん」
「名前、あちらは危険だ。行ってはいけない」


必死の形相で私の腕を掴む平次さん。
そりゃそうだろう。あんな所へ行くなんて、死にに行くようなものだ。
必死に止めるよね。でも私は分かってて行く。

「離してください」
「ダメだ、見ただろう。あそこは化け物がいるんだ。俺と逃げよう」

一向に離す気のない腕をジロリと見つめて、私は平次さんに向き直る。
ほっとしたような息を上げた平次さん。


「離して。あそこには善逸さんがいるの」


私の声は思っていた以上に冷め切っていた。
目の前のこの人なんかに構っている余裕なんて私にはないのだ。

平次さんは一瞬狼狽えたけども、腕の力は緩めてくれない。


「ぜん…?善子か?女の恰好をした男を探しに行くのか?」


私に言い聞かせるように平次さんは言う。
善逸さんが男だって、分かってたんだ。
まあ、そりゃそうか。
私は平次さんの目を見つめる。
コクリと頷いてもう一度「離して」と言った。


「あそこに行けば生きてはいない。名前、ここを出て俺と一緒に暮らそう」


私をあの場に行かせないように、必死で説得にかかる平次さん。
何を言われても私の心は揺るがない。
平次さんの表情が段々苦しそうに歪み始める。

「名前に死んでほしくない。頼む、ここから逃げよう」

この人は、本当に優しい人だな。
たかだか店の子にこれだけ必死に引き留めてくれるなんて。
私に対して少し手を出そうとしていたけど、でも本来この人は優しい人の筈だ。
じゃないとこの土壇場で私を引き留める筈がない。


私が口を開こうとした。


が、そのタイミングで背後から突如爆音が響き渡る。
こちらまで余波はきてはいないが、何かあった事は明白。
私はそのまま走り出そうとしたけれど、腕を掴まれていて前に進まない。


「名前!分かっただろう!?あそこは危ないんだ!」


いくら引っ張っても平次さんは離してくれない。
こんな事をしている間にもあの人たちは傷ついている。
傍に、あの人の傍に行かせて。


私はそっと空いている手を懐へ忍ばせた。



「…平次さん、私行かないといけないんです」
「だから、あそこは…!」
「善逸さんがいる場所が、私のいる場所なんです」


すっと振り返り、平次さんに近付く私。
そしてそっと平次さんの胸に手を当て、下から平次さんを見上げた。

「名前…」

平次さんが私の肩に手を置こうとした時、私は懐から短刀を取り出して平次さんの首元へ刃を当てた。



「…は、名前…?」


驚いた顔で私と短刀を交互に見る平次さん。
酷い事をしている自覚はある。
ごめんなさい。
でも、今は時間がない。



「手を離して下さい、平次さん」
「な、何で…どうして、そこまで」
「好きだから。あの人が私の全てだから」


ふ、と平次さんに微笑みかけ、私は刀を持つ手に力を入れる。
刃先が首元に食い込み、薄皮が切れた。


「……わかった」


やっと平次さんは私の腕を離してくれた。
寂しいような悲しいような顔で私を見つめる平次さん。


「心配してくれて、有難うございました」


私はさっと短刀を懐へ仕舞い、平次さんにお礼を言った。


「俺と逃げなかったこと、後悔するぞ」
「しません。絶対に」
「…そうか。…俺と暮らそうと言ったのは、思いつきなんかじゃないから」


目を細めて私から離れる平次さん。
こくりと頷く私。




「人に言われたのは初めてです、有難うございます。でも私の隣はあの人だけですから」



それだけ言い残して、私はその場を走り出した。



< >

<トップページへ>