40. 神速


建物と建物の間を抜け、息を荒くして走る私。
もう既に横目で確認出来るくらい近い。
もっと近くまで行くと私の命が一瞬で無くなる事が予想される。
建物を間に挟まないと、私の命が幾つあっても足りないだろう。
それにしても…

鬼が2人もいるなんて。
宇髄さんが相手をしている男の鬼と、善逸さんたちが相手にしている女の鬼。
女の方は花魁じゃないだろうか?
もう既に皆傷だらけで戦っている。
余裕なんて、ひとつも無い。

善逸さんと伊之助さんが炭治郎さんを庇うように、鬼との間に入る。
地下で見た帯の化け物も一緒だ。
私は、建物の壁に隠れながら、その様子を見る。


「伊之助!!善逸!!」


炭治郎さんが叫ぶ。

「作戦変更を余儀なくされてるぜ!蚯蚓女に全然近づけねぇ!!こっち3人で蟷螂鬼はオッサンに頑張ってもらうしかねえ!!」
「鎌の男よりもまだこちらの方が弱い!まずこっちの頸を斬ろう!!炭治郎、まだ動けるか!!」

伊之助さんと善逸さんが炭治郎さんをカバーしながら、攻撃を受け流す。
その間に炭治郎さんは立て直し、また刃を握った。

「動ける!ただ宇髄さんは敵の毒にやられているから、危険な状態だ!一刻も早く決着をつけなければ…」

頭から血を流してる3人よりも、宇髄さんの状況が悪いのか。
確かにこちらから確認出来るだけでも顔色は悪そうだ。
簡単な解毒薬は持ってきている。
でも、そんなのが使えるだろうか?

宇髄さんの前に出ようか迷っていると、私の前に1人の女性が屋根から飛び降りてきた。


「あなた、なんでこんな所にいるの!?早く逃げて!!」

髪の毛を高い位置でくくった、大胆な格好の女性。
なんとなくピンときて私は思い付いた名前を口にした。

「雛鶴、さん?」
「何故私の名前を…」
「私もあの人たちと一緒に潜入してたんです!」

目の前の女性は雛鶴さんであっていたらしい。
宇髄さんの奥さんは皆、無事だったんだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。

「そんなことより、ここから離れないと…!あなたも危ないわよ!!」

私の肩を掴み、冷静に訴えかけるように言う雛鶴さん。
その時、真横でまた大きな破裂音が響く。
私と雛鶴さんは頭を隠すようにその場にしゃがみ込み、砂埃が引くのを待ってから立ち上がった。

いつの間にか、伊之助さんが女の鬼の頸を斬り落としていたのだ。

「あ、頸が…」

私は思わず声を上げてしまう。
伊之助さんは斬った首を抱えて、そのまま走り出してしまった。

「あの2人の鬼の首を同時に斬らないと、死なないのよ…」

雛鶴さんが同じ方向を見ながら教えてくれた。
片方ずつ滅する事ができないなんて…だから皆がここまで追い詰められているんだ。

現に伊之助さんの手にある頸は元気に叫び、伊之助さんに攻撃を仕掛けている。


「死なねぇとはいえ、急所の頸を斬られてちゃあ弱体化するようだな、グワハハハ!!」


そう伊之助さんが叫んだ時だ。
伊之助さんの背後に突然影が見えたかと思ったら、次の瞬間には伊之助さんの胸に鎌が刺さっていた。
ふらりとそのまま伊之助さんは崩れ落ちるように倒れてしまった。


「伊之助さんっ!!」


私は雛鶴さんの手を離れ、走り出そうとした。
炭治郎さんの叫び声も聞こえる。
心臓を、伊之助さん、伊之助さん!!

瓦の上で動かない伊之助さん。
いや、いやだ…死んじゃだめだ。
伊之助さんの様子に私は血の気が引いていく。

「だめよ!!あなたも死ぬわ!!」
「死んでない、伊之助さん、伊之助さん!!」

私を必死に止める雛鶴さん。
そして、さらに爆音は続く。
真横で聞こえたそれに、私は驚愕した。
視界が見えなくなる最後、見えたのは善逸さんが炭治郎さんを庇って突き飛ばす所だった。


ガラガラと私達の真横にあった建物も崩れ、雛鶴さんが私の上に被さるようにしゃがみ込む。
だけど、雛鶴さんから私は抜け出して、砂埃と木片が舞う道へ出た。
後ろで雛鶴さんが叫ぶ声が聞こえた。
でも、止まれない。

みんな、みんなお願い、死なないで…!!



砂埃の中、目を凝らしながら誰かいないか確認する。
誰でもいい、誰か、生きて…
咳き込みながらキョロキョロと当たりを見回す。
やっと視界が開けてきた。
そこで目に入った金色に私は飛び付くように、駆け出した。


「善逸さん、善逸さん!!」


善逸さんの身体は建物の瓦礫の下にあった。
上半身は何とか外に出ているけど、下半身は大きな屋根が乗っている。
善逸さんに近づくと、ぴくりと手を動かす善逸さん。
生きてる、善逸さんは生きてる!

なんとか瓦礫を退けようと、1つの瓦礫に手を掛け、力を込める。
ぐぐ、と力を込めるも瓦礫は1ミリも動かない。
自分の腕力の無さをこんなに呪った事はない。
火事場の何とかすら、私には無いのか。


「…名前ちゃん」


下から声がした。
頭だけ下に向けると、善逸さんがモゾモゾ動いていた。
善逸さんの意識がある…!
瓦礫から離れ、善逸さんの顔の前に近づく私。

「善逸さん、ぜ、ん…」

近くで見るとよく分かる。
頭だけじゃない。あちらこちらから血を流している。
こんなに傷だらけで戦っていたんだ。
私はこの人を助ける力さえ、ないなんて。

未だ瞼を閉じたままの善逸さんが、荒い呼吸を繰り返す。
そして、私に聞こえる声量で口を開いた。


「名前ちゃん、俺の刀を…」
「…刀…?」


投げ出された手には何も無かった。
何かを掴もうとする手の先には、善逸さんの日輪刀が落ちていた。



「まだ、やれる。炭治郎が隙を作る、俺が女の方をやらないと…」



遠くを見つめる先には炭治郎さんが男の鬼と向かい合っていた。

善逸さんがぜぇはぁぜぇはぁ、と今にも失神しそうな息で。
必死に届かない刀に手を伸ばすその姿が、とても痛々しく私の目に映った。
もう、やめて欲しい、と口に出せれば良かったんだけど…。

思いに反して、私の手は善逸さんの日輪刀を掴んでいた。


「善逸さんなら、出来ます。私が保証します。だから、」


日輪刀を善逸さんの手に握らせ、その上から手を重ねる私。
いつの間にか私の手は震えていたけど、構わない。



「死なないで」



込み上げてきそうな思いにそっと蓋をする。
この人なら、きっと皆を助けてくれる。
今まで私をずっと守ってくれたこの人なら。


「…名前ちゃん、ありがとう」


ぎゅっと日輪刀を握る手に力が込められる。
優しい声で「ちょっと退いてて」と言われ、私は善逸さんから距離を取った。


距離を取っても聞こえる、聞きなれた息遣い。
昔からずっとこの音を聞いていた。
これからも聞いていたいの。
だから、あの人を死なせないで。
皆を、助けて。

祈るしか出来ない私は、瞬きもせずにその光景を眺めていた。





「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」





私の耳に落ち着いた善逸さんの声が聞こえる。





「神速」




声と同時に、善逸さんの身体は大きく跳ね上がった。



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