41. 瓦礫


善逸さんの身体は瓦礫から抜け出した。
目で追うのも難しいスピードで、女の鬼が喚いている屋根まで飛び上がり、帯の攻撃を一つ一つ弾き返す。
そのタイミングで炭治郎さんが男の鬼の頸を斬ろうとしていた。
善逸さんはこのタイミングを待っていたんだ。
同時に頸を落とせるタイミングを。

むしろ、今しかない。

女の鬼が驚愕した顔で善逸さんを見た。
あの瓦礫から這い出てきたとは考えられないんだろう。
慌てて鬼が帯の攻撃をさらに繰り出す。
それらに包まれる前に、善逸さんは口を開いた。



「雷の呼吸 壱ノ型」



次が最後だ。
私から見える善逸さんの身体はボロボロで、瓦礫から抜けるだけでも相当無理している事が分かる。
これで頸を落とすつもりだ。
袖の中の掌を、いつの間にか痛い程握っていた。
何があっても目を逸らさない。
ごくりと唾を飲み込み、善逸さんの日輪刀を見ていた。



「霹靂一閃 神速」



そのスピードには、女の鬼もついて来れなかった。
首に掛かる刀に引っ張られ、女の鬼の体が大きく移動した。
それでも、女の鬼の頸がたわみ、完全に斬ることが出来ていない。
あと、少し。
あと少しで、落とせる。

目を離すことが出来ない。
こんなに時間が遅いと感じたのは初めてだ。
まるでスローモーションのように目の前の光景が進んでいく。
女の鬼の首に刃が入った。
斬れた、そのまま…!!

唇を噛む。

その時、女の鬼が口を開いた。



「アンタがアタシの頸を斬るより早く、アタシがアンタを細切れにするわ!!」


さっきまでの態度から一変。
帯が再び善逸さんの身体を包み込もうとしていた。


「っ、伊之助さん!!」


反射的に声を上げていた。
声と同時に私の視界には、細切れとなり宙を舞う帯が見えた。
伊之助さんの2本の刃が、邪魔な攻撃を蹴散らしていく。



「俺の体の柔らかさを見くびるんじゃねぇ!!内蔵の位置をズラすなんてお茶の子さいさいだぜ!!」



倒れていたはずの伊之助さんがそこに居た。
血反吐を吐いきながらも刀を構える。
どくどくとまだ血が滴る身体で、最後の一撃が繰り出されようとしていた。


「険しい山で育った俺には毒も効かねえ!!」


ゴフ、と口から大量に吐血する伊之助さん。
顧みず、善逸さんと逆の方向から鬼の頸へ伊之助さんの刃が入った。
善逸さんと伊之助さんの叫び声がその場に響く。


「アアアアアアア!!」


次に聞こえたのは「お兄ちゃん!!何とかして、お兄ちゃん!!」という女の鬼の悲しい声だった。


ふわっと頸が舞う。
頸が飛んだ方向を見ると、同士に炭治郎さんが頸を落としていた。
2つの頸が同じ方向へ転がっていく。

それだけを確認したら、私は善逸さんと伊之助さんのいる屋根の真下へ駆け寄る。


「善逸さん、伊之助さんっ…」


どしゃぁ、と女の鬼の身体が倒れる。
善逸さんが炭治郎さんの方を見てすぐに、こちらを見た。
そして、




「伏せろっ!!」



善逸さんの焦った声が聞こえてすぐ。
視界が暗転した。

遅れてまるでハリケーンのような音と、無意識に出た私の悲鳴。
身体が千切れそうな感覚になりながら、何かが私を包み込んだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



目が覚めたら、そこには何も無かった。
正確には瓦礫。
建物全てが瓦礫と化して、人より高い建物は存在していなかった。

地面に背中を付けて、私は転がっていた。

自分の身に起こったことと、何故自分が生きているのか。
全然分からない。
善逸さん、伊之助さん、炭治郎さんは?

何が、起こったの?
一瞬身体に痛みが走ったけど、大したことは無い。
怪我のうちに入らないだろう。
それよりも身体が重い。


首だけを動かすと、ふわっとしたものが私の頬に触れる。
視界にちらりと映る金色の髪。

思わずぎょっとした。

善逸さんが私の身体の上に覆いかぶさっているんだ。


「善逸さん…?」


私の顔の横にある頭に声を掛けてみる。
反応なし。
でも息はしているようだ。背中が上下に動いている。

投げ出されていた手でゆっくり顔の前にある肩を揺らしてみる。
ビクリと一瞬動いたのを私は見逃さなかった。


「善逸さん!!大丈夫ですか?」


もう一度声を掛けてみる。
すると、今度は消えそうな声で返事があった。



「痛ってぇよぉ…名前ちゃぁぁん…」



ふにゃふにゃな声なのに、酷く安心するのは何でだろう。
善逸さんはようやく起きてくれたみたい。
肩にあった手を善逸さんの背中に持ってきて、ぽんぽんと撫でる私。

「何これぇぇ…足とかめっちゃ痛いんだけど、俺何したのぉおお…」
「めちゃくちゃ無理されてましたからね…」

脳裏に過ぎる鬼との戦闘の数々。
神速なんて特に、旦那様の御屋敷でも何度も見かけていない。
相当無理をした筈だ。

ずずず、とゆっくり善逸さんの顔がこちらに向けられる。
顔も傷だらけで、鼻水と涙で酷い有様だ。


「名前ちゃん…怪我は…?」
「善逸さんのお陰で、何ともないですよ。動けます?」
「無理そう…」


動けない身体なのに、私を庇ってくれたんですよ。
善逸さんの涙を指で掬った。
やっぱり善逸さんは優しくて凄い人だ。


びえぇ…と1つ、泣き声を上げた善逸さんは、急に顔を上げて、眉間に皺を寄せる。


「名前ちゃん、ごめんだけどさ」
「はい」
「俺を引きずってくれない?できればすぐにでも」
「炭治郎さんと伊之助さんですか?」


苦々しい顔で瓦礫の山を見つめる善逸さん。
小さい声で「伊之助だ」と呟いた。
私はそれを聞いてすぐに、善逸さんの身体から何とか抜け出した。
そして血だらけの腕を私の肩に回して、ゆっくり立ち上がる。

鬼の頸を落とす直前の伊之助さんは、決して大丈夫そうには見えなかった。
心臓の位置をズラしたとはいえ、胸を一突きされて毒まで。
どう考えても大丈夫じゃない。

「っ、ぐ…」

自分の身体より大きな善逸さんを私は全力で担ぐ。
善逸さんの足が地面に引き摺られる。

「いっつぅぅう…っ!!」

折れてるであろうそれを引きずるとそうなりますよね。
善逸さんはまた涙を瞳の縁に溜めていたけど、それでも止めてくれとは言わなかった。


「善逸!!名前!!」


少し離れた所で炭治郎さんの声がした。
声の方へ目をやると、炭治郎さんをおぶさっている禰豆子ちゃんががこちらへ駆けて来るところだった。
禰豆子ちゃん、力持ちだなぁ…。


「たぁんじろぉぉ…伊之助が、やばいよぉ…心臓の音が弱くなってるよぉぉ…」


今にも崩れ落ちそうな声で必死に炭治郎さんに知らせる善逸さん。
ふらふらと私の肩の手が動いて、瓦礫の山を指さす。

「あそこだよぉ…」
「わかった!!」

先に禰豆子ちゃんと炭治郎さんが瓦礫の山へと向かった。
2人の後をずりずりと追う私達。


先に伊之助さんの元へ到着した炭治郎さんが、伊之助さんの胸に手を当てて抱き起こしている。
焦った様子の炭治郎さんを見る限り、本当に伊之助さんの様態は悪いみたいだ。

「善逸さん、痛くても我慢してくださいね」
「大丈夫だから…。それより、伊之助が」

少し乱暴になるけど、スピードを上げて3人に近づく。
1歩進む度に善逸さんの呻く声が聞こえる。
はやく、もっと、早く。



その瞬間、伊之助さんの身体が火に包まれた。



< >

<トップページへ>