42. 看病


「えっ?」
「伊之助!」

伊之助さんの身体に纏わり付いた炎に、一瞬私達は言葉を失った。
すぐに正気に戻って様子を見ると、禰豆子ちゃんが伊之助さんの身体に触れていたのだ。
それで何となく私と善逸さんは察した。


「善逸さん…禰豆子ちゃんが…」
「伊之助の、音が戻っていく」


ちらっと善逸さんの顔を見ると、心の底から安心したような表情をしていた。
それを見て私も安堵の息を漏らした。
私が怪我をした時、禰豆子ちゃんは血鬼術で止血をしてくれた。
伊之助さんにも何か治癒をしてくれたんだろう。

私達が伊之助さん達の前に着く頃には、伊之助さんらしい言葉で「なんか食わせろ!」と吠えていた。

善逸さんを横に降ろし、炭治郎さんが抱き締めている伊之助さんに近づく。
猪の頭をゆっくり脱がし、私はその下の表情を見た。


「…良かった」
「あー?」
「生きてくれて、ありがとう伊之助さん」


ふわふわの髪の毛を撫でてそう言うと、伊之助さんは珍しく何も言わなかった。
いつもなら怒る善逸さんも何も言わずに、横でグズグズ鼻を啜っている。


「名前、善逸と伊之助を頼めるか?俺は宇髄さんの所へ行ってくる!!」


炭治郎さんが私の目を見て言った。
自分だって重症なのに、自分よりも他の人の事を心配して。
私は炭治郎さんに微笑んでこくりと頷く。
禰豆子ちゃんと炭治郎さんがまた瓦礫の中を駆けて行った。

宇髄さんも毒にやられてたはず。
禰豆子ちゃんの血鬼術で治すことができるだろう。
伊之助さんの頭を膝に乗せて、善逸さんは私の肩に頭を置いて私に体重を掛けている。


「ごめん、名前ちゃん」
「気にしないで下さい。今はゆっくり休んで…」
「…あー…動けねぇ」
「皆で、帰りましょうね」


誰一人、欠ける事無く。

伊之助さんの顔の上に雫が落ちる。

「お、おい…」

それは私の頬から伝ったものだった。


「みん、なっ…よかっ、た…っ、…」


善逸さんが、優しく私の頭に触れる。
ゆっくり引き寄せて、私の頬に自らの頬をくっつけた。
涙はとどまることを知らない。
私の嗚咽と、伊之助さんの気まずそうな声がその場に響いた。



暫くして炭治郎さんが戻ってきた。
私が泣いている所を見て、少し驚いていたけど、炭治郎さんが近付いて、私と善逸さんごと優しく上から抱き締める。
私に触れる手がボロボロで、それを見てまた私は泣いた。
炭治郎さんが苦笑いをした、と思ったらそのまま崩れ落ちるように意識を失う。

「…えっ…?炭治郎さん?」

伊之助さんの上に落ちそうになるのを、禰豆子ちゃんが抱き留める。
禰豆子ちゃんの腕の中で、すぅすぅと寝息を立てるその姿に、私は一安心だ。
気が付けば、善逸さんも、伊之助さんも瞼を閉じて眠っていた。
善逸さんの背中に腕を回し、片手は伊之助さんの胸に手を置いた。


「皆、ボロボロなのに…」


誰もが自分よりも他人を守り、傷ついた。
いつもは私よりも大きい背中なのに、今だけは子どものようで。

後は私に任せてください。
皆無事に連れ帰りますよ。




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それからどれくらい時間が経っただろう。
夜空はいつの間にか陽光が差していて、見慣れた格好の人達が私たちの元へ駆けてくる。
離れたところにいる宇髄さんは独特な格好をした人(肩に蛇がいる)とお話していた。
あの人も柱なのかな?


「3人とも重症で意識を失っています。この人とこの人は怪我の出血が酷いのですが、ご自分である程度止血されています。それから、鬼の毒を受けていますので、優先的に治療して頂けると助かります」
「わかりました。運びますね」


せーの、と声を掛けて隠の人達は炭治郎さんを担架の上に乗せた。
次に伊之助さんが抱き起こされて行く。


「この人は…両足骨折しています。他にも怪我はされていると思いますが、足の方が酷いです」
「ありがとう…貴方は?」
「私は、この人のお陰で無傷です」


心配そうな隠の人の目が私を捉える。
安心させるように微笑んで、私の治療は丁重にお断りした。

善逸さんの肩を優しく掴んで、私からゆっくり離れていく。
同担架に乗せられた善逸さんの横を着いて歩く私。
驚く事に、宇髄さんは奥様3人の力を借りて、自力で歩いていた。
信じられない、あの人化け物じゃないの。


「名前、大丈夫か?」
「…後藤さん」


隠の後藤さんが声を掛けてくれた。
その瞳もやはり心配の色が濃く見えたので、目を細めながら微笑んでおく。
それを見て後藤さんはほっと声を上げた。

「アイツら、また無茶したんだな」
「全員意識不明ですからね。ホント、生きてるのが不思議でした」

先の戦いは激しかった。
皆怪我をしたけど、それでも生きていてくれた。
本当に良かった。


「名前も背負ってやろうか?」


心配そうに顔を覗き込む後藤さん。
折角の申し出だけど、私はゆっくり首を横に振った。

「私は元気ですし、それに…」

ちらりと担架の上にいる善逸さんを見る。

「傍にいます」

そう言うと後藤さんは、頭をかいて「惚気かよ」と言った。
別にいいじゃないですか!
ぷぅ、と頬を膨らませて私は善逸さんの元へ向かった。




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私が蝶屋敷へ着いた頃には、既に炭治郎さんと伊之助さんが運ばれて治療中だった。
特に伊之助さんがまずかったらしい。
胸の傷もそうだけど、解毒するまで時間があったから、身体のダメージが大きいんだとか。
炭治郎の方は毒は大した事ないけど、鎌による傷が酷い。
私は知らなかったけど、顎の下と口の中に風穴があいていたとか。
もちろん、あのボロボロの手は漏れなく骨折していた。

そして宇髄さんは、片目を失明、片手欠損の大重症。
恐らく現場にはもう出られない。

この中ではまだ善逸さんの怪我が軽いと言えるけど。



治療室から出てきた炭治郎さん、伊之助さんは沢山の管に繋がれていて、点滴と輸血がされていた。
多分、当分目覚めないって。

真っ青な顔でカナヲちゃんが炭治郎さんのお世話をしていた。
いくら峠を超えたからと言って、重症には変わりないものね。


「カナヲちゃん、炭治郎さんはお願いしていいかな?」
「任せて。名前ちゃんは休まないの…?」
「私は元気だもの。善逸さんと伊之助さんくらい、余裕だよ」

カナヲちゃんににこっと微笑んで、私は善逸さんと伊之助さんの間の空きベッドの布団を綺麗にメイキングする。
不思議そうな顔をしたカナヲちゃんが、私に問う。


「名前ちゃん、何してるの?」
「え?ここで寝ようと思って…」


いつも反応が薄いカナヲちゃんが絶句しているのが私にもわかった。



え?だめ?



私はその後、カナヲちゃんにコンコンとプチ説教を受ける事になる。



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